フェスティバル/トーキョー18 ナシーム・スレイマンプール×ブッシュシアター『NASSIM』台本も筋書きもない、何もない究極の舞台から対話が生まれる

フェスティバル/トーキョー18は今年で10年目、舞台芸術の魅力を多角的に提示し、国籍、国境、世代、ジャンルを超えて多様な価値が出会い、お互いうに刺激し合うことで新たな可能性を拓くことを目指している。今年のテーマは「脱ぎすて跨ぎ越せ、新しい人へ」。今年も意欲的かつ刺激的な作品が上演された。

ナシーム・スレイマンプール×ブッシュシアター『NASSIM』、これは筋書きのないドラマだ。その回ごとに俳優が違う。俳優に求められるものは、作品の内容、自分の役割について、何も知らずに本番を迎えること。45か国以上の劇場を旅してきたナシーム・スレイマンプールはイラン出身で、現在はドイツのベルリン在住。代表作は『白いウサギ、赤いウサギ』など世界中で翻訳上演されてきたが、この『NASSIM』は「母国ペルシャ語で伝えること」を主眼にしたと言う。舞台上に俳優が上がり、それから始まる。俳優は一人で作家であるナシームの指示に従って行動するのみである。観劇した日は俳優は丸尾丸一郎。紹介され、客席から拍手。舞台上にある箱から1枚の紙を取り出す。そこに指示が書いてあるが、それはごく簡単なもの。スクリーンに映し出された文字を指示通りに読み上げる。それだけ。

スクリーンには次々と文字が、これはテロップではなく、別の場所で作家が紙をめくっているので、ある意味、リアルタイムのドキュメンタリー。観客は俳優が戸惑う様を見て笑いが起きる。またスクリーンに映る言葉もウイットとユーモアに溢れ、それもなんだかおかしい。たった、これだけなのになぜか面白い。「わからない」ことが面白い。基本的な流れは作家が作っているのだが、俳優は毎回異なるので、ちょっとしたリアクションも毎回異なり、しかも稽古も何もないので、作家自身も「わからない」、流れは確かの作家自身が作っているにもかかわらず、である。わからないことは一種の「自由」だ。だから観る方もどう捉えても構わない。ものすごい感動があるわけでもなく、感涙するとかそういうものではない。ありのままを観て、ありのままを感じればそれで良い。時折笑いが起こる客席。そこには言語を超えた対話がある。スクリーンには時折(特に後半)、作家の母国語であるペルシャ語も出てくる(ちゃんと翻訳が添えられている)。終盤、希望を募って3人の観客が舞台に上がる。いずれもどこか楽しそうだ。

この作品の初演は2017年にエディンバラ・フェスティバルで行われ、この時に「エディンバラ・ファースト賞」を受賞している。この作品はイギリスにとどまらずに、イタリア、アイルランド、オランダ、フランス、スペイン、ベルギーなどのヨーロッパ各地で上演され、オーストラリア、ペルー、チリ、アメリカ、カナダ、韓国、中国などでも上演されている。

タイトルは作家の名前、これはこの作品が作家そのものであることがわかる。この作家をどう捉えるかは観客の自由。その緩やかな設定は、見方を変えれば、かなりハードルが高いかもしれない。というのは観客も俳優も『何かを理解しよう』という気持ちが働きがちになり、そこに絡めとられるかもしれない。そして対話は成立するのだろうか、という気持ちも生じてくる。しかし、終始、リラックスしたムードなので、そういった緊張は少しずつ消えていく。それは作家のアイデンティティのなせる技なのだろう。

作家はテヘラン生まれで兵役拒否のために一時、出国を禁じられた過去を持つ。しかし、自分は出られなくても、作品は外に出ることができる。稽古も台本もなくてもできる、しかもハプニングが起こってもこれもまた作品の一部なのである。

この舞台は考えられるものを排除したところから生まれている。セットもない、照明が変わるわけでもない、あるのはテーブルと椅子が端っこにあるだけ。途中で作家も舞台に出てきて、普通に拍手起こる。しかし、作家は相変わらず紙をめくり、スクリーンに文字が映され、俳優はそれを読む。

上演時間はおよそ1時間30分程度。映像、イリュージョンなど盛りに盛りまくった舞台が仮に『100』としたら、この舞台は多分『0』だろう。しかし、この『0』にこそ無限大の可能性がある。

【公演概要】
作品名:ナシーム・スレイマンプール×ブッシュシアター『NASSIM』
日程・場所:2019年11月9日〜11月11日 あうるすぽっと(池袋)
作・出演:ナシーム・スレイマンプール
出演俳優陣:塙 宣之(ナイツ)、丸尾丸一郎(劇団鹿殺し)、ドミニク・チェン、森山未來
公式HP:https://www.festival-tokyo.jp/18/program/nassim.html

Photo: David Monteith-Hodge

注:写真は海外での公演時のもの

文:Hiromi Koh