世界的な不朽の名作、ブロードウェイミュージカル「ピーターパン」、今年で39年目の上演となる。2017年から演出を手がけている藤田俊太郎さんに今年の演出プランや作品について語っていただいた。
「自分の劇体験の出会いってとても大事ですよね。この『ピーターパン』もそういう作品になりたいと思います」
――演出のオファーが来た時の感想を。
藤田:原作がとても好きだったということもありまして、初めてお話をいただいた時は「よし!きた!」、本当に嬉しいと思いました。どうやってこの世界を演出しようかという悩みではなく、とてもワクワクした気持ちでしたね。
――お客様の中には人生で初めて観るミュージカルっていう方も結構いらっしゃるのではないかと思います。また初めてではなくても2回目、3回目ぐらいの方とか、そういう方々がいっぱいいらっしゃると思います。お客様のミュージカルに対する第一印象が、この作品で決まってしまうこともあるかと。
藤田:責任重大です。
――そこで、好きになるのか、うっとおしくなるのか(笑)
藤田:これは本当に大きい分かれ目で、自分のことを考えると、いいタイミングで演劇に出会えたから演劇を続けている、続けていたいと思うんですね。子供の時に観たこの「ミュージカルピーターパン」もそうですし、10代で観た劇団四季の「ジーザス・クライスト=スーパースター」。
――あれは衝撃的な作品ですね。
藤田:大人になってからは上京してすぐ、野田秀樹さん演出の「贋作桜の森の満開の下」を観て、それから蜷川幸雄さん演出のたくさんの作品を見ました。自分の劇体験の初めの出会い、人生の変わり目での出会いはとても大事ですよね。この「ピーターパン」もそういう出会いと重なる作品になれたらなと思います。
「2017年があって2018年がある、演出に一貫性を持たせて2018年の演出を2019年に生かしたいと思ったんです。」
――初めて演出した時の手応え、お客様の反応、オープニングの時の絵本が広がってストーリーが始まるところは、印象的な出だしだったなと思います。青井陽治先生の翻訳を使っていますが、演出で難しかったところや「ここは工夫した」ところがあればお願いいたします。
藤田:1 回目と2回目で演出を変えました。青井陽治先生の台本・訳詞を大事にすることは変わっていないです。違うところを端的に言いますと、客席をたくさん使うか否か、1回目はとにかく劇場中をネヴァーランドにしたかったので、客席をたくさんの登場人物たちが通りました。
――客席の扉を開けたら、そこから全てがネヴァーランドという発想ですね。
藤田:はい。劇場全てが「ピーターパン」の世界って思っていたんですが、2回目は発想を変えて、ほぼ客席を使いませんでした。ストーリーテラーであるライザの登場と、その他は1回しか通過してないですね。
――真逆にしたんですね。
藤田:真逆にした結果、驚くことに客席を使わない方が子供の集中力が上がるんですね。
――わかる気がします。
藤田:やってみないとわからなかった。1回目、2回目どっちが良いとか悪いということではなく、今年は、2018年にやったことを引き継ぎたいと思っているんです。客席を俳優が何度も通過すればネヴァーランドや登場人物たちが自分たちの近くに来て、集中力が持続し、親近感が湧くわけではないんです。この作品が本を開いて、本の向こう側に行こうとする話であるならば、きちんとその本が舞台上にずっとあり続ける状況を作ることが、お客様や子供たちの集中力を持続させるのではないかな、と2回目で気づきました。1回目の手ごたえはありました。でも、1回目と同じことをやってもしょうがないと思ったので、2回目は全く違うアプローチに変えた時に新たな発見があった。この演出に一番合っているのは2018年のなんだなと、気づいたんです。2017年があって2018年がある、そして一貫性を持たせながら2018年の演出を2019年に生かしたいと思ったんです。
――小学校の時に子供ミュージカルを観たんですが、役者さんがそばを通ると「わあ〜♪」になって気持ちがそっちにいっちゃう(笑)。
藤田:気持ちが削がれてしまうんですね。
――もしもそれがなかったら、舞台を観ているしかない。そういうことですよね。
藤田:はい。
――子供だと役者さんがそばを通るとつい、手を伸ばしてハイタッチしたくなる(笑)。
藤田:その瞬間に劇の時間から違うものが生まれているんです。大事な要素ですが、でも要素に過ぎない。
劇とお客様の相互関係が、お客様と一緒に作っている時間からちょっと削がれてしまう、違うものが生まれる可能性がありますね。
――楽しいことは楽しいんですけどね。
藤田:楽しいけれど後に残りにくい。それが悪いわけではないのですが。
――今年は3回目で去年の演出を踏襲していくと。それから、会見時にちょっとお話が出ましたが、台本に2018年の時のお客様とのやり取りを盛り込んだということですが、その意図は?
藤田:きちんと説明しますと、そこは「劇の外側」なんです。つまり、『台本の外側』、芝居が始まる前のライザの観客とのやり取り、もしくは1幕、それぞれの幕、それが終わった後のライザと観客のやり取り、があるわけです。そのやり取りは台本じゃないから前口上のようなかたちでフリーだったんですよ。
――アドリブだった。
藤田:台本はあるのですが、忠実というよりライヴで感じた久保田さんの感覚を大事にしてもらいました。毎日終演後、久保田さんの楽屋に行って、「今日、こういうことを感じました。」って話していくうちにやりながら一つの形が見えたんです。これは机上の空論や台本では成立しない、生のやり取りで初めて成立します。最近、よく講談を聞きに行くんですが、それこそ、講談師や落語家さんの公演はその日、その日で温度感がまるで違う、空間も違うし、その日のお客さんももちろん違う。空間の大きさや年齢層やどういう場所なのか東京なのか、地方なのかで、全く違うのと同じことです。「ピーターパン」2018年は、東京公演を経て、ツアー公演を上演した時に一つの形がやり取りの中で見えてきた。これは2018年の公演を経たからこそ。それが見えてきた時に、久保田さんの観客とのやり取りで見つけたもの、それが台本の形になったんですね。
――なるほど。それは面白い試みですね。2018年の時にお客様とのやり取りをやってそこから導き出したわけですね。
藤田:そのリアクションから一つの形ができた方向性、やり取りのパターンがあるわけですね。そのパターンが、最後の名古屋での公演でほぼ確立されたので、それを今年の台本にお客様のリアクションまで入れました。おそらくこうなるだろうというやり取りが台本に反映されています。
――そういう台本は他にはないと思います。見たことがないですね。
藤田:確かにそうですね。もちろん、青井先生の台本は崩していません。
――実際には見てみないとわかりませんが、そうすると、青井先生の元々の台本が逆に生きてくると思います。
藤田:おっしゃる通りです。相対化されるんです。青井先生が選んだ言葉が観客とライザとの、その日のやり取りを挟むことで、すごく際立ってくるっていうんでしょうか、青井先生の言葉が削ぎ落とされた、抽出されたものに感じてくるんですよね。
――今のお話をお伺いして、多分、そういう風になるのかな?と思いました。そうなってくると、元々の青井先生の台本、作品の意図やテーマ性が、ふっと浮かび上がってくる感じになるのではないでしょうか。
藤田:はい。明確になってきます。
――・・・・と想像しています。
藤田:まさにおっしゃる通りです。
――対比ですね。
藤田:コントラスト、まさにそうです。お客様のところに降りてきてくるところと、そうではないところと。この往復をきちんと舞台上に表現したかったんです。
「演出家は、俳優が舞台上で輝く場所を作る。正しく呼吸をする、演技者としてそこにいること、つまり、輝くことと居場所を創るだけ」
――ところで、キャストさんも前回に引き続きの方もいらして、宮澤佐江さんは1年目と今年の参加で、結構、馴染みのあるメンツもいらして。
藤田:いいカンパニーですね。1年目の方も2年目の方もいらして、みんなバラバラですね。1、3とやっている宮澤さんもいるし、一方で、1、2、3と一緒に歩んできた方もいらっしゃるし、ピーターパンの咲良さんや、入絵さん、久保田さんがいて今年初めてのEXILE NESMITHさん、座組全体、惰性にならないという状況です。いい意味で、新鮮と緊張感が保たれているのですが、その空気は今年から参加されている方が作りだしてくれていますね。この舞台を経験しているからと言っても甘えることはできないという緊張感。すごく面白いです。カンパニーはいい状態になっていると思います。
――フック船長のEXILE NESMITHさんは本格ミュージカルは初めてですよね。
藤田:はい。初めてですね。
――自分だったらめちゃ緊張します(笑)。
藤田:緊張しますよね。その緊張感が彼の清々しさになっているんですが、ご本人は気が抜けない。それは稽古の時間に感じます。
――他の共演の方にもいい影響が。
藤田:はい。やっぱり演劇の現場は、人であり、役者、俳優なんですよね。実は最近、演出って一体なんなんだろうって考えることがありまして。究極のところ、演出家は、俳優が舞台上で輝く場所を作る。正しく呼吸をする、演技者としてそこにいること、つまり、輝くことと居場所を創るだけなのだ。俳優が役と自分が考えてきたことや人生が一致する瞬間を僕がつくっていく、そういう役割が演出なんだなって思いました。今回新たにご一緒しているEXILE NESMITHさんをはじめとする皆さん、2年間で培ったその他のキャストの皆さんとの関係っていうものが今、幸せな形で花開いているなっていうのが印象です。
――ピーターパン役の吉柳咲良さんは初演の時、客席にいてもすごく緊張が伝わってくる感じだったのが、会見で一曲歌った感じでは貫禄がついた!
藤田:そうなんですよ!「どうしよう!」がなくなりましたね。自信を持って舞台に立っている、俳優としてのクオリティがある程度のラインまでいっている、15歳になったという年齢もあると思います。客観的に自分を見られるようになっているから、主観的に緊張だけしていることはなくなった。これはいい面も悪い面も両方あると思うんです。初めての時は『そのまんまの子供だった』っていうのが「ピーターパン」とも言えたんですが、年齢とともに成長し、自覚的にそれを作り上げてくる方がいい、演技者としては質が高いと思っています。
――1年目の時はご本人も13歳、中学1年生でしたね。そのまんま、ピーターパンっぽい!何もしなくてもピーターパンっぽい(笑)
藤田:そのままピーターパン!(笑)
――ある程度、年齢を重ねていくと、必然的にそのままじゃあ、「ピーターパン?」になっちゃうので、演者として「ピーターパンとして存在する」作業をしていかなければならない。
藤田:わかります。繰り返し演じて成長すると・・・・・。
――歌っているところを拝見して「ちゃんと役として演じているな」っていう印象がしました。
藤田:初めての時は年齢的に見ても「ありのまま」でよかった、それが尊かったんですよ、何も知らないことが。「大人になんかならないよ、どうして大人になんかなるんだよ」って・・・・・そのままの子供ですよね。
――1年目はそうですね。
藤田:その年齢でしか言えない言葉ですよね。
その時期はもう終わったので。
――15、16、17歳と年齢が上がっていくに従っていくとそのままだと難しくなっていくんですよね。
藤田:そうですよね。だから、この危うさがどういう形で・・・・・・今年はいいとは思いますけど、この先、どうやって向き合っていくかっていうことの課題もありますね。
――公演中も成長しますからね。
藤田:そうなんですよ。1公演、1公演全然違うので、そこは正直、面白いです。
――いろんな作品を観ていますが、一番すごいのは舞台に出た瞬間と幕切れ5分前と全然、人間が変わる人がいる。
藤田:それはピーターパンにも必要な要素なんです。「ハムレット」が登場シーンからラストシーンまでにその劇で成長していなければハムレット役者ではないとよく言いますが、それと同じことが、この「ピーターパン」にも言えています。変わらないのではなく変わり続けている。少年でい続けるっていうのは、僕らの願望ですよね。少年のまま、変わりたくないという願望を役として具現化するためには、少年から少年に舞台上で変わり続けばければならない。
――そこが難しいところですね。
藤田:難しいですが、なんか、それをやってくれそうな予感を彼女に感じますね。劇の時間に成長する何かを毎回残す不思議な魅力を持っています。
――一曲歌っただけでも、「本番に何かやってくれそう」な感じはしました。
藤田:僕も本当にそう思いましたね。表現者としての自分の形が見えてきましたね。自分が「こうなりたい」という輪郭がはっきりしましたね。
――それが歌に現れていたと思いますね。
藤田:はい。
「まるで「ピーターパンとウエンディ」という本に没頭しながら、劇場で劇の時間を体験できる、この2つを同時に味わえる瞬間の演出を僕は目指しています」
――最後に読者に向けて締めの言葉を。
藤田:この作品を3年間考察してみて、原作のジェームズ・マシュー・バリーの原作である「ピーターパンとウエンディ」そしてブロードウェイミュージカルの「ピーターパン」、考えれば考えるほどテーマが深いと思います。でも何もかも盛り込むことはできません。まず、本の世界であるということ、原作の魅力を大事にしました。「ピーターパンとウエンディ」という本に没頭しながら、同時に劇場で劇の時間を体験できる、この2つを同時に味わえる瞬間の演出を僕は目指しています。この作品の原作で気になったシーンが2つあります。ウエンディがネヴァーランドに行って、迷子たちに本を読みきかせるその本がこの作品そのものであるピーターパンの本であること。2つ目のシーンは、ピーターパンがティンカーベルを助けて欲しいとお願いするところ、毒薬を飲んでしまったティンカーベルはピーターパンに言います、「助けて!」って。突然、ピーターパンは観客席に向かって「ティンクを助けて!だからみんな手を叩いて、叩いた熱が、愛が、ティンクを蘇らせることができる!」と・・・・・・ブロードウェイ版でも有名なシーンは原作の中にもあるんです。読者に向かってピーターパンが突然本から飛び出してくる瞬間なんですね。ここで、読者にはもちろん、世界中の少年少女たちに向かってメッセージを発するんですが、この瞬間は大人も子供もないと思うんです。この2つのシーンをジェームズ・マシュー・バリーが作った結果、このような演出になりました。この枠組みがあるからこそ!「ピーターパン」が、また新たな目線で見えてくるのと、翻訳・訳詞の、青井先生の言葉が際立ってくるんじゃないかと。さらに労働者階級であるライザが今のお客様と同じ目線で話す、ストーリーテラーがいることによって本編の中が、見え方が変わってくるのと同じように本という枠組みを作った時に登場人物がより生き生きと輝くのではないかなと思って上演します。ぜひ、劇場で!体験していただければ!本を読みながら舞台を見る、両方の世界を行き来しながら、この「ピーターパン」の世界を体験していただきたいと思っています。
<キャスト>
吉柳咲良:ピーターパン
EXILE NESMITH:フック船長/ダーリング氏
河西智美:ウェンディ
宮澤佐江:タイガー・リリー
入絵加奈子:ダーリング夫人
久保田磨希:ライザ
萬谷法英:スミー
笠原竜司:ヌードラー
森山大輔:チェッコ
髙橋英希:マリンズ
西村 聡:スターキー
安田カナ:トゥートゥルズ
田畑亜弥:双子
庄司ゆらの:スライトリー
出口稚子:カーリー/ジェイン
川村海乃:ニブス
小山圭太:ジョージ・スコーリー
長嶋拓也:アルフ・メーリン
松本城太郎:チャールズ・ターリー
石上龍成:フォジェティ
三浦莉奈:ナナ/ワニ
持田唯颯:ジョン
山田こはな:マイケル(Wキャスト)
遠藤希子:マイケル(Wキャスト)
【公演概要】
タイトル:青山メインランドファンタジースぺシャル ブロードウェイミュージカル「ピーターパン」
日程・場所:2019年7月21日(日)〜7月28日(日) 彩の国さいたま芸術劇場大ホール
2019年8月2日(金)〜8月5日(月) カルッツかわさき(川崎市スポーツ・文化総合センター)ホール
原作:ジェームズ・M・バリ
作詞:キャロリン・リー
作曲:ムース・チャーラップ
翻訳/訳詞:青井陽治
演出:藤田俊太郎
音楽監督/作・編曲:宮川彬良
振付:新海絵理子
美術:原田 愛
照明:日下靖順
音響:鹿野英之
衣裳:前田文子
ヘアメイク:宮内宏明
フライング:松藤和広
擬闘:栗原直樹
映像:横山 翼
声楽指導:林アキラ
音楽監督補/稽古ピアノ:近藤麻由
演出補:伴・眞里子
舞台監督:土門眞哉
エグゼクティブプロデューサー:堀威夫
公式HP:https://horipro-stage.jp/stage/peterpan/
取材・文:Hiromi Koh