加藤健一事務所 vol.106「パパ、I LOVE YOU!」、まさかのパパ騒動が勃発、嘘と口からデマカセでどうにかしたい主人公、さあ、どうする???

今や、日本でも人気を誇るレイ・クーニーの「It Runs in the Family」、これを日本で最初に上演したのは加藤健一事務所(1994 年 下北沢・ 本多劇場)、邦題「パパ、I LOVE YOU!」も加藤健一がつけたもので、このタイトルで日本で頻繁に上演されており、また、加藤健一はこの作品及び「審判」の演技に対して、第 29 回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞している。それだけ思い入れの深い作品、そして今年、2019年、実に10年ぶりの上演となる。
 幕開きの音楽はクリスマスソング、クリスマス直前、この物語の主人公であるデーヴィッド(加藤健一)はこの日に行われる講演の準備に追われていた。スピーチの原稿の暗記に余念がない。医師である彼にとっては大事な講演、出世コースに返り咲きたい、自分をアピールする絶好のチャンス。静かに集中したいのに・・・・・・同僚のマイク・コノリー(藤波瞬平)がクリスマスのミンスパイを持ってやってくる、テンション高く、デーヴィッドにとっては単なる邪魔者でしかない。そこへ今度は着飾った妻ローズマリー(日下由美)がやってくる。夫の晴れ姿を見なければ!とばかりにめかしこんでいる。そこへ同僚のヒューバート (清水明彦)もやってくる。ちっとも準備ができないデーヴィッド。看護婦長(頼経明子)も大量のクリスマスプレゼントを持ってやってきて・・・・・・クリスマス、誰もがウキウキ気分、病院でもクリスマスのイベントが計画されているとあって、テンションが高い同僚たち。サー・ウィロビー・ドレーク(田代隆秀)もやってきて・・・・・デーヴィッドにプレッシャーをかけてくる。そんなこんな”事件”の前触れらしく、ワチャワチャと個性的なキャラクターが登場し・・・・きわめつけは元ナースのジェーン(加藤忍)、実は主人公とはかつて『秘密』な関係(察しの良い観客はすぐにわかる)にあったのだが、久々の再会、いや、それだけでなく、彼女はとんでもないことを主人公に知らせにきたのだった・・・・・まさに青天の霹靂、焦りまくるデーヴィッド、こんな大事な時に!よりによって!どうしてこうなるの???と思う間もなく、人生最大の危機が勃発、この状況をどう切り抜けるのか????がだいたいのストーリーだ。

 レイ・クーニーの作品のほとんどの主人公は残念な人。デーヴィッドも期待を裏切らない残念ぶりを発揮する。口からデマカセを連発。その場しのぎの苦しい嘘と言い訳、時計の針は無情にもきちんと時を刻み、講演の時間は刻一刻と迫ってくる。そして必ず、この残念な主人公に巻き込まれて貧乏くじを引くキャラクターが同僚のヒューバートだ。途中で主人公からことの真相を聞かされ、無理やり『共犯者』にさせられてしまう。巻き込まれ型の可哀相な立場で、その瞬間、その場を主人公とともに取り繕う。様々なキャラクターが出たり入ったり、鉢合わせしたり。観客は舞台上のキャラクターが大真面目に必死になればなるほど大笑い。昨今の巻き込まれ型の芝居と違って『高見の見物』ができるからだ。最後には・・・・・・・それなりの『オチ』が用意されているが、自然に各キャラクターが落ち着くところに落ち着くのが、このレイ・クーニーの作品の特徴、しかも愛情のあるラスト、それがわかっていても、「この作品は前にも観た」という状況でも単純明快に面白い。観客は舞台上で繰り広げられる馬鹿馬鹿しい展開とキャラクターの愛すべきお馬鹿ぶりがたまらなく面白おかしく、そして愛おしいのだ。極悪人はもちろんいないし、幕末などの物語に登場する立派な人も出ない。『小市民』な人々のドタバタ、しかし、芝居自体は緻密な計算が施されている。出たり入ったり、セリフの間、身振り手振り、全てがきっちりと決まっている。だから面白い、だから笑える。

 主演の加藤健一は安定の残念な主人公を熱演、そして可哀相なヒューバートは清水明彦、キャラクターに似合っており、観客から拍手が起こるほどの”ショーストッパー”ぶり。加藤忍はそこはかとなくお色気を振りまき、主人公と『秘密』な関係になったのも無理からぬこと(笑)、な雰囲気、クリスマスイベントのことで頭がいっぱいのマイク・コノリー、終始テンションアゲアゲで空気を全く読まない風変わりな医者を藤波瞬平が熱演、婦長も巻き込まれ型なキャラクター、頼経明子がその存在感で作品のアクセントに。そしてコノリーよりも空気を読まない患者のビル(石坂史朗)、唐突に現れてはかなりひどい目に遭うも、なぜかめげず、周囲をさらに混乱させる変な人を石坂史朗が車椅子で疾走するし、この物語の重要な鍵を握る奇抜なパンクファッションのレズリーを演じる久留飛雄己、加藤健一演じるデーヴィッドに凄んで見せるシーンはかなりのインパクト(ここから物事があらぬ方向に)、ヒューバートの母親を演じるかんのひとみのほのぼのお母さん、この役は二度目だそう、ストーリーに直接絡まないが、ラスト近くで登場、おっとりとした雰囲気で緊迫した空気を一気に和ませ、笑いを誘う。そしてこんな時に警察官(辻親八)、彼の登場がドタバタ状況をさらに悪化させるのだが、こういったコメディによく出てくる無骨な警官をがっしりと演じ(そして彼の苗字が・・・・・)、またストーリーに絡まず、出番が少ないながらも看護婦を演じる橘杏、しっかりと爪痕を残す。そしてこちらも出番は少ないが、サー・ウィロビー・ドレークを演じる田代隆秀、主人公に圧をかけるが、要所要所で登場し、場を引き締める。

 ただただ笑えればOKな芝居ではあるが、芸達者な俳優陣、しかも適材適所な配役で成り立つもの。そして作者の人間に対する愛情溢れる目線、レイ・クーニーの戯曲が世界各地で上演されるのも頷ける。
<ストーリー>
クリスマス直前の英国、とある病院の医師談話室。デーヴィッド(加藤健一)は講演に向けて準備中だが、同僚ヒューバート (清水明彦)が邪魔をしてきて、全く集中できない。さらにそこに、かつて秘密の関係を持った元ナースのジェーン(加藤忍)が、 とんでもないことを知らせに来たものだから、もう天地がひっくり返りそう! 妻ローズマリー(日下由美)にこのことがばれないよう、“口からの出まかせ”でどうにか逃げ切るしかない!
<出演>
加藤健一 清水明彦(文学座)
田代隆秀 辻親八 石坂史朗 藤波瞬平 久留飛雄己(青年座)
加藤 忍 日下由美 頼経明子(文学座) かんのひとみ(道学先生) 橘杏

【公演概要】
加藤健一事務所 vol.106「パパ、I LOVE YOU!」(原題:「It Runs in the Family」)
日程・場所:2019年10月11日〜10月20日 下北沢・本多劇場
作:レイ・クーニー
訳:小田島雄志 小田島恒志
演出:加藤健一
公式HP:http://katoken.la.coocan.jp/
文:Hiromi Koh