2020年1月11日(土)に音楽劇『アルトゥロ・ウイの興隆』が神奈川・KAAT 神奈川芸術劇場にて開幕した。本作は、主演に草なぎ剛を迎えた同劇場の芸術監督・白井晃演出の新作舞台公演で、ギャングが暗躍するショー仕立ての音楽劇。
ドイツ演劇の巨匠ベルトルト・ブレヒトの大作となる本作品は、ヒトラーが独裁者として上り詰めていく過程をシカゴのギャングの世界に置き換えて描いた問題作で、そこにジェームス・ブラウンの楽曲を中心に構成されたファンクミュージックがオーサカ=モノレールによる生演奏で散りばめられるという斬新な演出が取り入れている。
草なぎは、白井と初めてタッグを組んだ舞台『『バリーターク』』(2018年)以来、KAATにおいて2度目の主演で、今作ではシカゴのギャング団のボスであるアルトゥロ・ウイに扮する。共演は、古谷一行、神保悟志らベテラン陣のほか、渡部豪太ら若手キャストに加え、『バリーターク』でも草なぎと共演した松尾諭、小林勝也など、舞台、TV、映画で幅広い活躍を見せる個性豊かなキャストが揃っている。
舞台が始まると、鮮烈な赤をベースとしたバンドステージに、同じく真っ赤な衣装のバンドメンバーたちと出演者たちが物静かに位置につき、オーサカ=モノレールのボーカル中田亮がギャング団にまつわる出来事を解説しつつ、主人公ウイを紹介。すると、ウイを演じる草なぎがド派手なマントをたなびかせながらワイルドに登場!
ジェームス・ブラウンの代表曲の一つ「Get Up Sex Machine」が流れる中で、マントを脱ぎ捨てた草なぎはステージ上を縦横無尽に駆け回りながらアウトローのごとくステージを我が物顔で支配するかのよに叫び踊る。そして、バンドステージに上がると熱唱し、瞬く間に劇場内は熱狂の渦に飲み込まれる。
そして物語本編がスタート。シカゴのギャング団のボスであるウイ(草なぎ)が、政治家ドッグズバロー(古谷)と野菜トラストとの不正取引に関する情報を掴み、それにつけこむことで勢力を拡大し、次第に人々が恐れる存在へとのし上がっていく様が描かれる。
ブレヒトは1933年にナチスに追われてアメリカへ渡った際に、英雄として神格化されるギャングたちの映画に興味を持ち、アル・カポネにヒトラーとの共通点を見つけ、第二次世界大戦のさなかに本戯曲の執筆に着手。
ヒトラー率いるナチスがあらゆる手段を使い独裁者として上り詰めていく過程を、シカゴのギャングの世界に置き換えるという大胆な案から生まれた本作には、ヒトラーとナチスの勢力が拡大していく様子や、ヒトラーが田舎役者から演説に関わるような朗読のコツや身振り手振りの手ほどき受けたなどの様々なエピソードを交えたヒトラー「興隆」の史劇が劇中に散りばめられており、ヒトラーのみならず、その登場を許した当時の社会環境を冷ややかな姿勢で表現している。
そのギャング団のボスであるウイを演じる草なぎはエンターテイナーとしての魅力を最大限に発揮している。人々を魅了し、周りを巻き込んでいく独裁者という役柄を、人を小ばかにしたかのようなチャーミングな表情を見せる面と、ギャング団のボスとしてのすごみと怖さのあるギャップと共に、アウトローとしてステージ上で存分に楽しんでいるかのごとく演じている。さらに、見る見るうちに勢いを増していくウイを抑えることができず、流されるままに翻弄されていく人々を古谷や神保たちが好演し、草なぎを支える。
本作は音楽劇としても、白井の「ヒトラーがリヒャルト・ワーグナーの曲を人々の気持ちを高揚させるために利用したように、今回はジェームス・ブラウンの楽曲を盛り込んでいる」という言葉どおりに、ジェームス・ブラウン・スタイルのグループとして中田を中心に結成され、30年近くシーンの第一線を走り続けてきたオーサカ=モノレールのソウルでファンキーな生演奏と、草なぎのステージングによる圧倒的な高揚感によって、稀有な魅力を輝き放っている。
難解な海外戯曲をそこに含まれるメッセージ性を維持しながら、エンターテインメント性の高いステージとして楽しませてくれる白井演出と、草なぎのエンターテイナーとしてのらしさを思う存分に楽しめる音楽劇となっている。
なお、ゲネプロ前の囲み会見には草なぎ剛と白井晃が登壇し、意気込みなどを語った。
草なぎ剛:
白井さんとは去年もKAATで一緒に仕事をさせてもらって、舞台のいろんな可能性を気づかせてくれたので、今回もまた舞台と、そして演じるということにあたって面白い扉が開くんじゃないかと思っています。昔の方が書かれた戯曲なんですけど、そんなに遠いような感情ではなくて、近いような感情がたくさんあるので、共感していただける部分もたくさんあります。スタッフと役者さんも毎日頑張ってきたので、僕らにしかできない『アルトゥロ・ウイの興隆』が届けられると思います。白井さんと私が再びタッグを組んで、本当に今までにないような“草なぎ剛”が見られると思いますし、白井さんの演出もまた楽しく、とてもしびれる感じになっていますので、ぜひともみなさんよろしくお願いいたします。
白井晃:
去年、草なぎくんに出演してもらって、すぐにもう一度やりたいと思ってこの企画を考えたので、またこうやって再会できてすごくうれしいです。世の中がちょっと危うい空気がある中で、この作品がとても時代を映す鏡として意味のある作品になっています。それを草なぎさんという稀有な才能の方にやっていただけるということは非常にうれしいですし、たくさんの方に見ていたけるのもうれしいと思っていますので、ぜひともよろしくお願いしたいと思います。
※草なぎ剛の「なぎ」は弓へんに前の旧字体、その下に刀が正式表記
【公演概要】
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『アルトゥロ・ウイの興隆』
日程・会場:2020年1月11日(土)~2月2日(日) KAAT神奈川芸術劇場<ホール>
作:ベルトルト・ブレヒト
翻訳:酒寄進一
演出:白井 晃
出演:
草彅剛
松尾諭 渡部豪太 中山祐一朗 細見大輔 粟野史浩
関秀人 有川マコト / 深沢敦 那須佐代子 春海四方
小川ゲン 古木将也 小椋毅 チョウヨンホ 林浩太郎
神保悟志 小林勝也 / 古谷一行
※敬称略
公演HP:https://www.kaat.jp/d/arturoui
取材・文:櫻井宏充