映画「スリー・ビルボード」の脚本・監督としても話題を集めた劇作家・マーティン・マクドナーによる最新戯曲。英国では、2016年ローレンス・オリヴィエ賞「BEST PLAY(最優秀作品賞)」に輝いた超話題作の日本初演。翻訳は小川絵梨子、演出は長塚圭史。
幕開きの舞台は独房。パイプベッドにテーブルと椅子。「無実だ!」と叫ぶ囚人。パイプベッドにしがみつき、必死の抵抗。「お前を死刑にするのは法廷だ!」「お前を呪ってやる!」「せめてピアポイントを呼べ!」その言葉に刺激される死刑執行人のハリー、刑は執行される。天井から吊るされたロープ、首をかけられる囚人。あっという間の出来事だ。
それから2年後の1965年、決して大きくないパブ。常連客、ビール片手に盛り上がっている。常連には警部もおり、妻のアリスと切り盛りしている。ハリーの店はいつもと同じ賑わいを見せていた。この日は死刑執行が廃止になった記念すべき日。また地方新聞の記者であるクレッグがコメントをもらうために来店。「俺はハングマンとして、この国の僕だった」というハリー。そう、自分で決めてそうしているのではない。あくまでも刑を執行するのみ、そして仕事に誇りを持っていた、そんなプライドも垣間見える。そんなこんなのところに見たことのない若い男がやってきた。名前はムーニー、ちょっと訳ありな空気感で、明らかに他の客とは異なる。
幕開き前の楽曲がポップ、ところどころ、意表を突いた演出、台詞、やりとり。事件が起こりそうな不穏さと、日常な雰囲気が混ざり合う感覚、娘のシャーリーは自分に自信が持てない、地味な風情。そんな彼女にムーニーが近づく。
インタビューの回想シーン、中央に得意満面の表情のモノクロのハリーの写真が映し出される。そしてハリーと記者のやり取り、そして新聞記事、大きくハリーの顔写真が見える。職務は終わったが、そこに誇りを持っていたことは容易に想像できる。
ブラックな笑い、常連たちはちょっとお気楽、いつも呑んだくれている。文化は違えど、どこか共感できるやり取り。2幕の冒頭、カフェでのムーニーとシドの会話、雷鳴が轟く。そして意表を突く結末に全てが向かっていく。
ハリー演じる田中哲司の存在感、大東駿介の怪しげなムーニー、スーツを着こなし、明らかに土地の人間ではない、といった風情、言葉使いやトーンで、只者ではない空気感。ヘネシー事件の真犯人?かもしれないという疑惑、彼は一体、何者だったのかを考えるのは野暮かもしれない。彼の存在が田舎町のこじんまりしたパブで波乱を起こす。宮崎吐夢のシド、小柄でちょっと飄々としたところがなんとも言えないアクセントに。富田望生演じるシャーリー、これが初舞台だそうだが、前半は何事にも自信がなく、蚊の鳴くような声で背中を丸めてしゃべる。的確な役作りで好感が持てる。芸達者が揃ってしっかりと舞台を構築する。
骨の髄までハングマンが染み込んでいるハリー、ちょっと不遜な態度も見えるが、そこに彼の生き様や性格が垣間見える。死刑執行人という仕事は因果なものだ。ドキドキと笑い、残酷さに狂気、どういう展開になるのだろうかと推理しながら観る芝居、ラストは「おお〜、そうきたか」と思えるエンディングだ。
なお、ゲネプロ前に囲み会見があった。登壇したのは 田中哲司、秋山菜津子、大東駿介、長塚圭史 、富田望生、羽場裕一。フォトセッションでは、すでに埼玉公演を終えているので、キャストの息もピッタリな様子が伺える。
田中哲司は「稽古を重ねて最高のものができました」と自信をのぞかせる。大東駿介は「ホンが面白くって。日本で初めての上演です」とコメント。羽場裕一は「いいアンサンブルができた」と満足そうであったが、パブの常連たちのシーンは本当に楽しそう。富田望生は「皆さんに観ていただきたい」と語る。秋山菜津子は「とても完成されたホン」とコメント。演出の長塚圭史は「マクドナーの戯曲の中でも一番激しい、毒々しい・・・・・・ストーリーが面白い。凄まじい展開をしていくので・・・・・・・」と語ったが、どういう風に凄まじいかは劇場で。埼玉公演では客席から「笑っちゃいけないところで笑う」とコメントし、「笑いを取るということは考えもしなかった」と語るが、自然に笑いが出る芝居、展開がブラック、どこが面白いかはある意味、観客に委ねられるところ。しかも「全然違う文化なので、ハードルがありました」とコメント。ここは翻訳や演出の手腕の見せ所。セリフについては羽場裕一が「ピー音が」と笑わせた。田中哲司は「楽しい稽古場でした」と語る。田中の娘役である富田望生は「優しいお父さん」とコメント。田中哲司は「娘からすごいショッキングなセリフを言われ、劇とはいえ、ショックです。溺愛していますから」と苦笑い。
最後に座長でもある田中哲司は「とてもいい作品に仕上がっています!是非、劇場へ!」と締めて会見は終了した。
<STORY>
「俺だって腕はいい!ピアポイントと同じくらいに!!」
1963年。イングランドの刑務所。絞首刑執行人=ハリーは、連続婦女殺人犯ヘネシーの刑を執行しようとしていた。しかし、ヘネシーは冤罪を訴えベッドにしがみつき叫ぶ。「せめてピアポイントを呼べ!」。ピアポイントに次いで「二番目に有名」なハングマンであることを刺激され、乱暴に刑を執行するのだった。
2年後。1965年。イングランド北西部の町・オールダムにある小さなパブ。死刑制度が廃止になった日、ハングマン・ハリーの店では常連客がいつものようにビールを飲んでいた。 最後のハングマンであるハリーが何か語ることに期待しながら。そこに、見慣れない若いロンドン訛りの男 ムーニーが入ってくる。不穏な空気を纏い、不思議な存在感を放ちながら。
翌朝、ムーニーは再びパブに現れる。ハリーの娘シャーリーに近づいて一緒に出かける約束をとりつけるが、その後消えるムーニーと、夜になっても帰って来ないシャーリー。。そんな中ハリーのかつての助手シドが店を訪れ、「ロンドン訛りのあやしい男が『ヘネシー事件』の真犯人であることを匂わせて、オールダムに向かった」と告げる。娘と男が接触していたことを知ったハリーは……!謎の男ムーニーと消えたシャーリーを巡り、事態はスリリングに加速する。
【公演概要】
「ハングマン HANGMEN」
日程・会場:
<埼玉公演>
2018年5月12日(土)〜5月13日(日)
彩の国さいたま芸術劇場
<東京公演>
2018年5月16日(水)〜5月27日(日)
世田谷パブリックシアター
※6月に、豊橋、京都、北九州にても公演
作 :マーティン・マクドナー
翻訳 :小川絵梨子
演出 :長塚圭史
出演 : 田中哲司 秋山菜津子 大東駿介 宮崎吐夢 大森博史 長塚圭史 市川しんぺー 谷川昭一朗 村上航 富田望生 三上市朗 羽場裕一
企画製作: 株式会社パルコ
公式サイト: http://www.parco-play.com/
文:Hiromi Koh