ーー「きっと幸せになるわ」そして「神よ、許し給え!」ーー
リアリズムの巨匠の一人と言われているトルストイの長編小説「アンナ・カレーニナ」、英国の劇作家ジョー・クリフォードが 2 時間 30 分に凝縮し戯曲化したテキストを用いての本邦初演。
舞台は極めてシンプルで特にセットや小道具というものはない。汽車が走る音、汽笛が鳴る。ステパン・オヴロンスキーが登場し「すべてはこうして始まった」と語る。一転して、夫婦喧嘩のシーン、妻ダリヤは切れまくり、夫は逃げ回るが、原因は夫の浮気。義理の姉ダリヤをなだめるためにモスクワにやってきたアンナ、それが、アンナの人生の転機となることを誰が想像できただろうか。モスクワでアンナは若い貴族の将校であるヴロンスキーと出会う、というよりも“出会ってしまった”、それは予測不可能なこと。アンナは恋に落ちてしまうが、アンナには立派な夫がいる、地位も名誉も申し分ない伯爵であり将校でもあるアレクセイ。それまでアンナは何不自由なく暮らしていた。そんな当たり前だった状況が、“出会ってしまった”ことによって大きく変わっていく。
いわゆる不倫であるが、その側面だけでこの物語を語ることは出来ない。時代は1870年代のロシア、1861年に農奴解放令が発せられ、様々な価値観が大きく変わってきた頃でもある。時折、冒頭に汽車の走る音、汽車の出現によって時代は急速に近代化していくが、この音は象徴的に使われる。今では想像しづらい世相と価値観の変化、そんな状況で自分らしく生きるというのはどういうことなのだろうか。
自分の心に忠実に生きようとするアンナ、ヴロンスキーもまたアンナとの愛を貫こうとする。しかし、この戯曲はそれだけを描いているのではなく、周囲の人々の生き様をもきっちり描く。ダリヤの妹のカテリーナはヴロンスキーを想っていたが、失恋、しかし、地方貴族で実直なコンスタンチン・リョーヴィンに求婚され、次第に考え方が変わっていく。自分という存在とその意義、登場人物達は、無意識的にそれを模索している。
また、原作にはないが、アンナの養女が登場するくだりがある。引っ込み思案で地味な少女、「おうちに帰りたい」を連発する。そんな彼女をなだめるアンナの表情は迷いと苦悩が見え隠れする。そして物語はクライマックスへと進んでいく。苦しみを吐露するアンナの叫びとカテリーナの声、それは出産する時の声だ。この重なり具合、真逆な“生”が同時進行する。
結末は原作通り、アンナは内面が引き裂かれ、悲しい結末を迎える。確かにハッピーとは言い難いが、果たして、心に忠実に生きようとせずに平穏無事に生きることが幸せなのか?彼女を取り巻く人々もまた、変化する。そして時代は刻々と変わっていくが、それは現代とて同じこと。時代は常に動き、価値観も変わっていく。その中で人はどう生きるのか、何が幸せなのか、それはその人の中にある。
「С」(エス)チームで観劇、アンナ役は曽世海司、女性として生きるを超越した、人として生きることを追求した役創り、コンスタンチン・リョーヴィン演じるは山本芳樹、ちょっとした仕草がコミカル、それが田舎貴族っぽい実直さを見せる。スティーヴァとダリア夫婦のやり取り、しょっぱなの夫婦喧嘩のシーンは客席からクスクスと笑いが起こる。こういったシーンが幾つかあり、重くなりすぎず、共感できるところも随所にあり、『トルストイ=難しい、厄介』というネガティブな印象を払拭、見やすい舞台に仕上がった。
<物語>
1870 年代の帝政ロシア。政府高官カレーニンの妻であるアンナ・カレーニナは、兄のスティーヴァに自分の浮気で怒り狂っている義姉ダリヤをなだめるように頼まれ、モスクワを訪れる。 そこでアンナは若い貴族の将校ヴロンスキーと出逢い、恋に落ちる。 地位ある夫と華やかで恵まれた生活を送っていたアンナだが、そこに愛を感られず、急速にヴロンスキー との距離が縮まってゆく。夫とヴロンスキーとのはざまで揺らぐアンナの心。 様々な人生模様を刻みながら、次第にアンナは選択を迫られてゆく…。
【公演概要】
日程・場所:
2018年5月26日〜6月10日
あうるすぽっと
原作:レフ・トルストイ
脚本:ジョー・クリフォード
翻訳:阿部のぞみ
演出:倉田 淳
<キャスト>
※「И」(イー)チームと「С」(エス)チームのダブルキャスト公演。
※出演者は「И」チームと「С」チームの両方に出演となりますが、関戸博一のみ「И」チームにのみへの出演。
アンナ・カレーニナ(カレーニン夫人) :岩﨑 大 (Иチーム) 曽世海司(Сチーム)
アレクセイ・カレーニン(アンナの夫):船戸慎士
ステパン・オヴロンスキー(アンナの実兄 愛称スティーヴァ):楢原秀佳
ダリヤ・オヴロンスカヤ(アンナの兄嫁 愛称ドリー):石飛幸治
カテリーナ・シチェルバツカヤ(ダリヤの実妹 愛称キティ):関戸博一(Иチーム) 久保優二(Сチーム)
コンスタンチン・リョーヴィン(アンナの実兄の友人):仲原裕之(Иチーム) 山本芳樹(Сチーム)
アレクセイ・ヴロンスキー(アンナの恋人):笠原浩夫
公式サイト: http://www.studio-life.com/stage/anna-karenina2018/
文:Hiromi Koh