東京文化会館オペラBOX『アマールと夜の訪問者』今日的なオペラ、少年に奇跡が起こる

東京文化会館オペラBOX『アマールと夜の訪問者』が8月30日に行われた。上野中央通り商店会と東京文化会館が主催して毎年開いているオペラ公演で、今回で17年目となる。出演者は,東京文化会館主催の『東京音楽コンクール』で優秀な成績を収めた若手演奏家が中心。また、児童合唱・演技・ダンスは公募で集まった小中高生が参加し、また小学生に舞台で使用される小道具を作成してもらう。つまり、将来を担う子供達になんらかの形でオペラに参加してもらい、舞台制作を体験。夏休み期間の催し物としてはうってつけだ。会場ロビーには子供達が作成した小道具が展示されている。

劇中で出てくる村人たちが手にするランプ、それから幕。緞帳は子供達が布におもいおもいの絵を描き、それをパッチワークのように縫い合わせたもので、星や木など、様々な絵が皆、可愛らしい。ランプはなかなかのアート志向で、出来栄えがおしゃれ。

一部はトーク。メノッティの『アマールと夜の訪問者』の上演にちなんでバーバーとメノッティについて。バーバーの方が1歳年上でカーティス音楽院在学中に知り合い、この二人は長らくパートナーであった。バーバーのオペラ『ヴァネッサ』の台本はメノッティである。
休憩を挟んでから『アマールと夜の訪問者』(Amahl and the Night Visitors)。1951年12月24日、ニューヨークのNBCスタジオにて行われた初演が、そのままテレビ放送された。テレビ向けオペラとしてアメリカで最初に作られた作品で、現在は、クリスマスものオペラの定番となっている。
舞台上は子供達が作成した幕、手作りの温かみが、これから始まる物語を予感させる。時は紀元前1世紀。場所はベツレヘム近郊。この物語の主人公・脚の不自由な少年アマールは、いわゆる障害者、貧しい母子家庭。幕から顔を出すアマール(盛田麻央)、優しい子供であるが、作り話が大好き。母親(山下牧子)に「嘘をつくんじゃない」「もう寝なさい」と叱られる。夜空には満天の星、そこへ・・・・・・3人の王様が”宝物”を持ってやってくる。

ここまできたら、作品をよく知らなくても勘が働く観客はどんな物語か想像がつくであろう。聖書のマタイによる福音書に書かれている東方の三博士の下り、名前はバルタザール(久保田真澄)、メルヒオール(高橋洋介)、カスパール(小堀勇介)、この3人に従者(龍進一郎)が付き従う。驚くアマール、急いで母を呼ぶも、なかなか信じない。ようやく家の外に出た母親はびっくり。彼らはある子供を探しているといい「しばらく休ませてくれないか」と頼む。母は羊飼いたちや村人を集めて食べ物を出し、歌や踊りを披露する。それが終わり、夜更けになり、母は貧しさのあまり、彼らが持っている黄金に手を出すも従者に見つかってしまう。

母をかばうアマール、ところがメルヒオール王は母親に「とっておきなさい」という。母は貧乏ゆえに聖なる子供に何一つあげるものはないと嘆く。アマールは「僕の杖をあげるよ」と差し出したところ、アマールの脚が!踊れる!走れる!奇跡が起こり、アマールの脚は癒えた。アマールは救い主に会うために三人の王とともに旅立つ、というのがだいたいのストーリーだ。
1時間ほどの1幕もので、テンポよく展開。アマールと母親のやり取りはコミカルであるが、親子の温かみが感じられる。ピアノとチェロとクラリネット、楽器編成は実にコンパクト、アマールが笛を吹く場面、クラリネットのソロが聴かせる。アマールと母親のやり取り、アマールはソプラノ、母親はメゾソプラノ、この二重唱は聴かせどころで、三人の王様もカスパール王はテノール、メルヒオール王はバリトン、バルタザールはバスバリトン。彼らのアンサンブルやソロは注目ポイント。芝居も面白楽しく、舞台ならでは。そして、子供たちの練習の成果!村人・羊飼いたちの歌とダンスの場面。客席から舞台に上がる演出、時節柄、今はマスク着用だが、村人・羊飼いたちはネックゲイターのように見えるマスクを使用(顎の下があいているので呼吸が楽)。これなら「してます」という風に見えず、衣装の一部のように見えるので違和感がない(他のキャストはフェイスシールド)。

ダンスシーンでは可愛らしくもレベルの高いものを披露、今風な動きも取り入れており、一生懸命!揃いのバルーンパンツも!イケてる!また、アマールは好奇心旺盛で三人の王が持ってきた宝物をしげしげと見入ったり。また、この三人の王のデコボコ感も笑える(耳が遠い、とか大柄、とか)。
ラスト、アマールに奇跡が!普通ならハグする、握手をするところを、握手せずに指と指を合わせて・・・・・・ここは監督・製作はスティーヴン・スピルバーグの「E.T.」風(ポスターが有名。ちなみに映画本編では出てこない)。


この作品、時代的には1950年代の古き良きアメリカの時代であるが、アマールと母親の設定、母子家庭で障害者、また、この時代はアメリカでテレビが普及し始めた時代。1949年にはアメリカでは放送局107局、受信機台数1050万台、白黒テレビは急速に普及。テレビ向けの1幕もののオペラが創られたのも納得できる。また1951年CBSが世界初のカラー放送を始め、54年に本格放送開始。。またアメリカでは、当時テレビは神様からのクリスマス・プレゼントと大真面目に思っていたそうで、人々を啓蒙し、偏見をなくし、人類の平和のために役立てなければ、と考えていたらしい。そう考えると、この設定も”なるほど”と思えてくる。翻って現代、まだまだ偏見や貧困、格差はなくならない。実に今日的なオペラ、そして子供たちの参加、この企画、末長く続いて欲しいと思う。

<概要>
日程・場所:2020年8月30日(日)15:00開演(14:20開場) 東京文化会館 小ホール
台本・作曲:ジャン=カルロ・メノッティ
指揮:園田隆一郎
演出:岩田達宗

[第1部]
オープニングトーク&セッション
【出演】
お話:園田隆一郎、岩田達宗
ナビゲーター:朝岡聡
メゾソプラノ:富岡明子 *第1回東京音楽コンクール声楽部門第3位
バリトン:寺田功治 *第6回声楽部門第2位
ピアノ:高橋裕子
【曲目】
メノッティ:オペラ『泥棒とオールドミス』より「Bob’s Bedroom Aria」
バーバー:オペラ『ヴァネッサ』より「Must the winter come so soon」
メノッティ:『遥かなる歌』より「ペガサスは眠る」
バーバー:「聖母の子守唄」

[第2部]
オペラ『アマールと夜の訪問者』
アマール:盛田麻央 *第12回声楽部門第2位
母親:山下牧子 *第1回声楽部門第1位
カスパール王:小堀勇介 *第16回声楽部門第2位
メルヒオール王:高橋洋介 *第9回声楽部門第2位及び聴衆賞
バルタザール王:久保田真澄
従者:龍進一郎 *第5回声楽部門入選
羊飼いたち・村人(合唱):
コーロ・パストーレ
リトルシェパーズ(児童合唱&ダンス/ワークショップ参加児童)
ピアノ:高橋裕子
チェロ:水野優也*第13回弦楽部門1位及び聴衆賞
※当初発表していた出演者から、変更となりました。
クラリネット:須東裕基

[スタッフ]
美術:松生紘子
照明:大島祐夫〔株式会社アート・ステージライティング・グループ〕
衣裳:増田恵美〔モマ ワークショップ〕
振付:鷲田実土里
舞台監督:伊藤潤(ザ・スタッフ)
コレペティトール:高橋裕子
児童合唱指導:田中美佳
演出助手:橋詰陽子
ヘア&メイク:株式会社丸善
主催:上野中央通り商店会/公益財団法人東京都歴史文化財団 東京文化会館
協力:株式会社ヤマハミュージックジャパン
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会
東京文化会館オフィシャル・プラチナパートナー:上野精養軒
企画制作:東京文化会館 事業係

東京文化会館HP:https://www.t-bunka.jp/stage/5032/

文:高 浩美
舞台写真撮影:飯田耕治
舞台写真提供:東京文化会館