“ニューノーマル時代の新演出版”『夏の夜の夢』屋根裏部屋で起こる騒動、狂乱、全ては”夢”、”幻”。

新国立劇場オペラ再開公演! 英国が生んだ傑作喜劇『夏の夜の夢』を特別バージョンで!
2020年2月の『セビリアの理髪師』の後、約8カ月間、8演目の公演中止を経て、新国立劇場オペラ公演もいよいよ再開!
再開公演『夏の夜の夢』は、デイヴィッド・マクヴィカーの原演出に基づき、新型コロナウイルス感染症対策を講じた“ニューノーマル時代の新演出版”公演として、ソーシャル・ディスタンスや飛沫感染予防に配慮した形に演出を変更して上演。シェイクスピアのお馴染みの喜劇が英国の作曲家ブリテンの多彩で幻想的な音楽で展開し、ボーイ・ソプラノによる妖精たちや、 カウンターテナーの妖精の王オーベロンの音楽は特に印象的。モネ劇場で初演されたマクヴィカー演出のプロダクションは、世界的デザイナーのレイ・スミスが美術・衣裳を手がけ、巨大な屋根裏部屋を舞台に、神秘的な闇の中で次々に起こる男女の応酬を現代的なタッチで描いたもの。

始まる前の幕、これがシックでアート、これがその向こうの舞台セットを予感させる。
音楽が流れると、妖精に扮したボーイソプラノの子供達が舞台上にやってくる、動きはゆっくりと、そしてエモーショナルに、そーっと。マクヴィカー演出を熟知する演出家レア・ハウスマンの手腕が光る。月が煌々と輝き、それだけで異世界に誘われるようだ。コーラス、「僕たちはさまよう」と。メロディーがその神秘的な空気をさらに増幅させる。それから、この物語のキーになるキャラクターが登場する。パック、妖精の王オーベロン、ティターニア、妖精の世界にふさわしい幻想的な空間。妖精の王オーベロンはカウンターテナーの逸材・藤木大地、その歌声がよく響く。またパックの衣装が、遠目に見ると仙人のようにも見えて、雰囲気を盛り上げる。ティターニアはコロラトゥーラの平井香織、美しい高音。小姓をめぐって夫婦げんかのシーン、どこか微笑ましく感じる。オーベロンは惚れ薬の力でティターニアを出し抜こうと、パックに薬草を採ってくるよう命じる。その汁を瞼に塗れば、目覚めて最初に見た者に恋焦がれるという薬草、この薬草が騒動の元、そしてパックはロビン・グッドフェロー(Robin Goodfellow)とも呼ばれる、いたずら好きの妖精で、ケルト神話のプーカ(Púca)に由来するそう。そんなことに思いを馳せることができる。また、今回の舞台は、巨大な屋根裏部屋という設定。今でこそ、屋根裏部屋は少ないが、よく文学作品に登場する屋根裏部屋は子供達の遊び場だったり、親から逃れられる場所であったり、空想にふけったり、小さい窓から夜空を眺めたり。まさにそんなイメージである。

物語自体はよく知られているが、これをポップに描いている。夫婦喧嘩、二人の応酬もなんとなく共感できたり、4人の男女の恋愛模様も、今時は駆け落ちはさすがになさそうだが、ヘレナの片想いはやっぱり切ないし、モテモテのハーミア、ライサンダーとは両思いだが、ディミートリアスもまた、ハーミアが好き、彼の立場からすると”ライサンダーさえいなければ”だ。そのヘレナをかわいそうに思うオーベロンは薬草を使ってディミートリアスをヘレナに惚れさせろとパックに命じる(よくよく考えると無茶振りだが、妖精だからできる)。そして職人たち、この物語では”お笑い”部分を担う。とりわけボトムはパックによって頭がロバに!観客はわかっているのに笑ってしまう。しかも”伏線”としておもちゃのロバに小さい妖精が跨り、妖精たちがワチャワチャと登場するので、そこから口元が緩んでしまうし、しかも反則的に可愛い!

物語はお決まりのハッピーエンド、しかし、この『夏の夜の夢』、構造が凝っている。3幕の職人たちが披露する「ピラマスとシスビー」、これはギリシア神話およびローマ神話の「ピューラモスとティスベー」、『ロミオとジュリエット』のモチーフにもなっている。早い話が相思相愛の若い男女、しかし親同士の折り合いが悪い、だが、思いを遂げたい、そういう物語だ。まさにハーミアとライサンダーの状況に近い設定、それをここで披露する。ここはよく考えると二重に面白い、『夏の夜の夢』が傑作と言われるのも無理からぬことだ。

そして、新型コロナウイルス感染症対策を講じた“ニューノーマル時代の新演出版”ということだが、何気にソーシャル・ディスタンス。オーベロンとティターニアの夫婦喧嘩、距離が!ソーシャル・ディスタンス!コロナ前なら顔と顔を近づけて口角泡を飛ばす演出もありそうだ。またパックのせいでライサンダーとディミートリアスがヘレナを愛するようになるところ、混乱するヘレナに近づこうとしたライサンダーとディミートリアスに対してヘレナが両手を広げる瞬間、ソーシャル・ディスタンス(両手を広げて手と手が接触しない距離)!これらが不自然になることはなく、必然に見えるのは新しい発見。また、セットが観客のイマジネーションをかきたてられる。大きな月、古びた、それでいて品のよい家具、ミステリアスなドア、シャンデリアと思いきや、降りてきて…ベッドだったり。これだけ見ても飽きない。


人騒がせな妖精たち、恋に翻弄される若い男女、陽気な職人達、この3つのグループが奏でる三重奏、それを親しみやすいメロディーのブリテンの楽曲が彩る。物語自体はライトなので、オペラ初心者でも楽しめる。オペラの魅力を堪能したい。

<「夏の夜の夢」あらすじ>
【第1幕】妖精の王オーベロンとティターニアは小姓をめぐって夫婦げんか中。オーベロンは惚れ薬の力でティターニアを出し抜こうと、パックに薬草を採ってくるよう命じる。その汁を瞼に塗れば、目覚めて最初に見た者に恋焦がれるという薬草だ。舞台にはアテネの若者ライサンダーとハーミアが登場。ハーミアはディミートリアスとの結婚を命じられ、駆け落ちしようとしているのだ。ディミートリアスがヘレナに追い回されている光景も目にして、オーベロンは恋人たちをまとめようと思いつき、薬草を使ってディミートリアスをヘレナに惚れさせろとパックに命じる。アテネの職人たちは、シーシアス公の御前で演じる芝居の準備をしている。パックが誤ってライサンダーの目に薬を垂らしたので、目覚めたライサンダーは通りがかりのヘレナに恋してしま う。一方オーベロンはティターニアの瞼に薬を垂らす。
【第2幕】職人たちは芝居の稽古中。ボトムが稽古の輪を離れると、パックがボトムの頭をロバの頭に変えてしまう。職人たちは怪物に驚き、逃げ回 る。傍らで目を覚ましたティターニアは、ロバ頭のボトムに夢中になる。ライサンダーに捨てられたハーミア、恋敵のライサンダーとディミートリアス、突 如2人から求愛され怒るヘレナ、4人の若者たちはけんかになり、パックは事態を収拾しようと、4人を眠りにつかせる。
【第3幕】朝、目覚めた若者たちは、ライサンダーとハーミア、ディミートリアスとヘレナという2組のカップルに落ち着き、シーシアス公に結婚の許しを請う。ボトムも元の姿に戻り、職人たちはシーシアスとヒポリタの結婚式で「ピラマスとシスビー」の芝居を上演する。オーベロンとティターニアも恋人たちを祝福する。

<公演概要>
新国立劇場 2020/2021シーズン 令和2年度(第75回)文化庁芸術祭主催公演
夏の夜の夢
新制作・ニューノーマル時代の新演出版 Benjamin BRITTEN / A Midsummer Night’s Dream New Production in the time of ‘A New Normal’
全3幕<英語上演/日本語及び英語字幕付〉
【公演日程】 2020年10月4日(日)14:00/6日(火)14:00/8日(木)18:30/10日(土)14:00/12日(月)14:00
【会場】新国立劇場 オペラパレス
※指揮を予定していたマーティン・ブラビンスは降板の申し出があったため、代わって飯森範親が指揮をいたします。
公演情報WEBサイト:https://www.nntt.jac.go.jp/opera/a-midsummer-nights-dream/
*新国立劇場における新型コロナウイルス感染拡大予防への取り組みと主催公演ご来場の皆様へのお願い
https://www.nntt.jac.go.jp/release/detail/23_017576.html
撮影:寺司正彦
提供:新国立劇場
文:高 浩美