レックス・ピケットの原作からなる映画『サイドウェイ』は米アカデミー賞の他、世界中で大小350もの賞を受賞しただけでなく、世界中にカリフォルニアワインとピノ・ノアールの魅力を伝え、ワイン産業にまで多大な影響を与えたと言われている作品。2000年代のバディ・ロードムービーの代名詞的な作品、これを原作者自らによる戯曲で舞台化したのが本作。
日本語上演台本・演出は、独特なテンポ感とテーマでシニカルでありながら 人間味溢れる世界観を作り出す劇作家であり演出家でもある古川貴義(箱庭円舞曲)が手掛ける。また、キャストも藤重政孝はじめ個性的な面々が揃った。
しょっぱなから二日酔いで登場する主人公・マイルス。くたびれた顔にボサボサな髪、ゲロ吐き、風貌からして典型的な”ダメっぷり”。離婚したばかりで、その痛手もあり、そんな折に友人のジャックが結婚。離婚したばかりだからかどうか定かではないが、ジャックを誘ってワイナリー巡りをすることに。この二人の会話、マイルスは事あるごとにワインの薀蓄を語るが、当のジャックは、ワインに対してそこまで興味はない。
撮影:岩田えり
ワインをグラスに注げば、色を見て口に含んでテイスティング。こんな調子のマイルス、客観的にみれば「離婚されるのもわからなくもない」、かなりのオタクっぷり、その上職業はしがない脚本家。そして顔なじみのマヤはワインレストランに勤めているだけあって、フィーリングはあっている様子。しかし、ジャックは、独身最後を楽しみたい、テラと意気投合し、”え?婚約してるのに?”という行動をとる。この4人4様の行動、性格、ワインが、酒がとり持つ縁、という事だろうか。
撮影:岩田えり
会話の随所にワインの薀蓄が散りばめられているが、ワインに詳しければ、クスリと笑える会話、主人公はピノ・ノワールLOVE、メルローは絶対に飲まないらしい(笑)、そんなこんなの会話の応酬が楽しい。ちなみにピノ・ノワールは主にフランスのブルゴーニュ地方のものが有名であるが、この舞台の元になっている映画でカリフォルニアのピノ・ノワールが脚光を浴びた。ピノ・ノワールは単一種で造られることが多く、ブレンドされることは稀。淡い綺麗な色あいをしており、タンニンは優しく酸度も高めで、繊細な飲み口と香り。また栽培も難しいとされており、そんなピノ・ノワールが好きなマイルス、彼の性格がピノ・ノワールから透けて見えるようだ。
後半、ジャックはテラに結婚式が近い事が知られてしまい、”修羅場”、ここは容易に予想がつくところだが、わかっててもやはり、このジャックという男の性、しょーもないなと思いつつ観てしまう。彼はわかりやすい女好きなキャラだが、結構、友達思い。しかし、その女癖のせいで旅そのものが”楽しいはずだったのに”的な展開に。ちょっとダメダメな、しかし可愛げのある男2人の1週間のワインの旅、ラストは落ち着くところに落ち着くが、彼らにとって忘れられない旅、それはワインのように心に余韻を残す。ワインは好みにもよるが、最初に口に含んだ瞬間から口の中でなんとも言えないアロマを感じ、少しずつ口の中で複雑味を増す。そしておもむろに余韻が訪れる。この物語はそんな通好みなワインのように、じんわりと心に響く、そんなテイスト。
人生はいい事もイマイチな事もいろいろ。それらをひっくるめての時間。マイルス、ジャック、マヤ、テラ、それぞれが思い描いている夢と理想、それは簡単に手に入らないかもしれないが、無駄とも思える道草や回り道が実は人生に彩りを与えてくれる。絵に描いたようなハッピーエンドではないが、少し心が温かくなれる最終場面。俳優陣はワインオタクのマイルス役の藤重政孝、好色なジャック役の神農直隆が程よいコンビぶり。またマヤ役の壮一帆が大人の女性の色香を放ち、テラ役の富田麻帆は元気で闊達、後半の修羅場の場面はキレた女性の怖さ(笑)を見せつけた。リアルに劇場で観劇する場合はワイン片手に、というわけにはいかないが、配信で視聴するなら、できれば物語と同じワインを用意して味わいながらの観劇をオススメ。ピノ・ノワールはもちろん、シャルドネなども登場するので、主人公と一緒にテイスティングするのも一興だ。上演時間は2時間30分ほど。
撮影:岩田えり
■STORY
請負でテレビドラマや映画の脚本書きをしているマイルス(藤重政孝)は小説家として一本立ちする夢を捨てきれないまま 40代になってしまった。いつまでも離婚の痛手を引きず り神経質なところのある彼は、ワインのことになると一家言もつこだわり派。そんな彼の 古い親友で、いまは落ち目の俳優兼テレビディレクターであるジャック(神農直隆)がついに結婚することに。そこでマイルスは、結婚前最後の独身旅行を男2人で楽しもうと、 安ワインの味しか知らないジャックをカリフォルニアのワイナリー巡りの旅へと連れ出す。
バチェラー・パーティーよろしく、ハメをはずすことしか考えてないジャックに対し、必死にワインの素晴らしさを語って聞かせるマイルスだったがジャックの興味はやっぱりワインより女。 そんな二人が訪れたサンタ・イネズ・ヴァレーのワインレストランには店員として勤める女性、マヤ(壮一帆)がいる。マイルスとマヤは顔なじみで互いに興味を惹かれるがなか なか距離を縮められない。一方、マヤの友人でワイナリーのテイスティング・マネージャーをしているテラ(富田麻帆)と一目で惚れ合ってしまったジャックは、いきなり初対面で熱い夜を共に過ごす。そんな二人を横目にマイルスとマヤの関係はどこかぎこちない。 見兼ねたジャックが二人をけしかけ上手くいきかけるが、そんなタイミングでジャックが1週間後に結婚するということがバレてしまいマヤとテラは激怒。マイルスとジャックの気ままな二人旅に暗雲が立ち込める。
<キャストコメント>
▶︎藤重政孝「ついに幕が開きました。やっとここまで辿り着けましたが、これがすべての始まりなので、残りの公演を千秋楽へ向けて頑張りつつ、作品と共に我々も育っていきたいと思います。育てていただくのはお客様のパワーの部分が大きいです。出歩きにくいご時世ではありますが、感染症対策もバッチリしていますので、お芝居を楽しみに足を運んでいただけたらと思います。キャスト・スタッフ共にいい雰囲気で現場を走らせています。それが作品の空気に繋がっていくと思いますので、ぜひその空気を感じに遊びにいらしてください。マイルスでした」
▶︎神農直隆「無事にゲネプロが終えられてほっとしています。色々ありましたが、カンパニーの皆さんに助けられながら、いまこの時を迎えられて本当に嬉しいです。あとはお客様がどれだけ楽しんでいただけるかですが、ちょっと時間が長いかもしれませんが、僕らも集中して観ていただけるように頑張っていきたいと思います。破茶滅茶で下品でお下劣な言葉も出て来るんですが、友情だったり愛情だったり恋愛だったり、色々な情が出てくる物語なので、ワインを通して、見ていただけるように努めていきたいです。凄く楽しいので笑えるところがあったらどんどん笑ってください」
▶︎壮一帆「最初この作品の本をいただいて読んだ時から、幕が開くのをとても楽しみにしていました。実際に衣裳をつけて、動いて喋ってみると、舞台の上でサイドウェイの人たちが息づいていて、興奮を抑えられない気持ちでいっぱいになります。この楽しさ、胸に突き刺さるような言葉の数々が皆様の心にも届く事を願っています。まだまだ予断を許さない状況下ではありますが、ほんのひと時でも心が和らぐような時間にできたらいいなと思いますので、観終わって、家に帰って、美味しいワインを飲みながらこの舞台を想い返していただければ嬉しいです」
▶︎富田麻帆「まずは初日の幕が開けられる事、この場所まで来られた事を嬉しく思います。この昨今なかなか思うように舞台が出来ない中で、ひとつづつ作品を作り上げられる喜びを改めて噛み締めています。この作品はとにかくワインを飲みたくなります。そして欠点を持った登場人物たちがたくさん出てきますが、人は誰しも何かしらの欠点を持っていて、だからこそ愛おしくて素敵なんだなと思える作品です。そんな愛おしくなる登場人物を観ながら、美味しいワインを飲んで、この作品に浸っていただけたらとても幸せです。ぜひ劇場で、そして配信でもお待ちしています」
[日本語上演台本・演出]
▶︎古川貴義「まずは、無事に初日の幕を開けられることに感謝です。
社会情勢をはじめ、色々と心配事の尽きない日々でしたが、何とか幕を開けることが出来ました。限られた時間の中で尽力してくれたキャスト、スタッフのお蔭です。そして、ご来場くださるお客様のお蔭です。皆さん、本当にありがとうございます。
奥深いようで気軽な、バカバカしいようで身につまされる、好きだけど憎たらしい、愛おしい作品になりました。これからステージを重ねるごとに、ヴィンテージワインのように日々熟成してくことと思います。ただし、飲み頃はいつも今。演劇は、いつも今。今まさに目の前で起こっていることを、お楽しみいただけますように」
■CHARACTOR
マイルス(藤重政孝) ワイン好きのしがない職業脚本家。小説家を目指して執筆しているが、出版社からは見向きもされず断られ続け落ち込みがち。
ジャック(神農直隆) ハリウッドを拠点に活動する鳴かず飛ばずの俳優。現在はテレビディレクターをしながら 食いつないでいる。無類の女好きだがふらふらとした生き方を清算して家庭を持とうと試みるが決心がつかない。
マヤ(壮一帆) サンタ・イネズ・ヴァレーのワインレストランに勤める女性。あるきっかけからワインの勉強に夢中になり、いつか自分の農場を持つことが夢。
テラ(富田麻帆) ワイナリーでテイスティング・マネージャーを務めるバツイチの女性。自由気ままで刺激的な事が大好き。マヤとは気の合う仲間。
ブラッド(江浦優大) 普段はトラックや重機の運転を仕事にしているが、副業的に葡萄園の害獣駆除も担う、胡散臭い20代後半の若者。
ビクトリア(嶋村亜華里) マイルスの元妻。知的で気品がある女性。マイルスと離婚後、証券関係の手堅い男性(マイルスとは真逆の)と再婚している。
エヴェリン(片桐はづき) マイルスの小説を出版社に売り込むための仲介役をやっているエージェント。マイルスとは⻑い付き合いで、彼の小説を気に入っているように見えるが、本音は不明。
<概要>
日程・会場:2021年3月20日〜3月25日 東京芸術劇場 シアターイースト
※配信あり。詳細はこちら(https://consept-movie.myshopify.com/)
■STAFF
原作・脚本:レックス・ピケット
翻訳:主計大輔
日本語上演台本・演出:古川貴義(箱庭円舞曲)
舞台美術:稲田美智子
照明:南香織(LICHT-ER)
衣裳:KO3UKE
音響:岡田悠(One Space)
ヘアメイク:竹節嘉恵
音楽:国広和毅
演出助手:城田美樹 舞台監督:上田光成(ニケステージワークス)
衣裳協力:WEGO、HARAJUKU CHICAGO、BIG TIME
協力: ap factory、is、キューブ、サードゲートエージェンシー、サンズエンタテインメン ト、スタジオ・サンパティック
宣伝デザイン:高橋誠己(think-small) ウェブデザイン:柚木⻯也(aboka design)
スチール撮影:安藤毅
PV 撮影:角直和(極楽映像社)
PV アニメーション:佐竹大樹
PV 製作:深沢麿央
票券:林晴美
宣伝:大林里枝
制作:横田梓水、田中理恵
制作助手:阿部楓
プロデューサー:宋元燮
製作支援:SWING
企画・製作・主催:conSept
公式HP:https://www.consept-s.com/sideways/
取材:高 浩美