《インタビュー》渡辺ミキ(ワタナベエンターテインメント 代表取締役) × 綿貫凜(オフィスコットーネ 代表 ・プロデューサー)  ワタナベエンターテインメント Diverse Theater『物理学者たち』 出演 草刈民代, 温水洋一 作品

ワタナベエンターテインメント ダイバースシアター『物理学者たち』が9月19日より開幕する。作はフリードリヒ・デュレンマット、戦後のスイスを代表する劇作家であり、『物理学者たち』は1961年に書かれた代表作。また今年はフリードリヒ・デュレンマットの生誕100年にあたる。『貴婦人、故郷に帰る』(56年)、『物理学者たち』(61年)で世界的劇作家に。
精神病棟に入所している3人「核物理学者」たち。そこで度重なる殺人事件が起き、事態は思わぬ方向へ・・・。「科学技術」と「核」をめぐって渦巻く人間の倫理と欲望が描かれる。この作品の上演、作品選びやキャスティングなどについてプロデューサーの渡辺ミキさん綿貫凜さんのインタビューが実現した。

――『物理学者たち』を選んだ理由は?

渡辺:このコロナ禍をそれぞれのやり方で戦っておられる観客の方々に、今ご観劇いただくべき作品はなにかと模索していました。その中で、常日頃より劇場から、「いかに生きるか」を問いかけ教えてくれる作品を創り上げ続けていらっしゃる綿貫さんと一緒にものを創りたいとお話しさせていただき、提案していただいた作品の1つが『物理学者たち』でした。

綿貫:自社(オフィスコットーネ)でもいろいろプロデュースしているんですが、作品はいつも50本くらいストックしているんですね。小説はもちろん、海外の戯曲ももちろんあって、いつか上演したいと思っていた中に『物理学者たち』もあったわけです。そして、いくつか提案させていただいた中で、ミキさんに選んでいただけました。ようやく日の目を見たな、と。私もまさかこれを選んでいただけるとは思っていませんでしたから(笑)。8年くらい前にこの台本を読んで、そのときはそこまで深くはわかっていませんでしたが、これはコメディやサスペンス、シリアス、いろんな要素があって、すごく面白いなという印象でした。
また、シーンシーンで考えさせられる部分がふんだんにあるなと思いました。その中で、この半年間で作家のことを掘り下げてみて、私としてはいちばん“科学者の責任について”というテーマに魅力を感じて、ぜひ今上演してみたかったんです。
その責任というものは2つあって、1つは科学者というものが新しいものを開発したいという欲求。それはエゴでもあり、医学とかでも当てはまると思うんですけれど、医学が発達することにより、それは果たして人間の幸福につながるのだろうかと……。新たな発見を止められない研究者はなんなのだろうかということが惹かれた理由です。
もう1つは、人間が抱える矛盾のようなもの。その部分で、この作者は他と違うなと感じたことですが、ふつうは登場人物が悩むことで表現するのですが、デュレンマットはそうではない。ある意味達観していて、誰も悩んでいないんです。そこからデュレンマットという作家に興味を持ちました。それは彼が育った国、時代に影響を受けているんだということを知ったんです。

渡辺ミキ(ワタナベエンターテインメント 代表取締役)
綿貫凜(オフィスコットーネ 代表 ・プロデューサー)

――全員が全員、自分の中に確固たるものを持っているイメージを受けました。みんなそれぞれ欲求を突き詰めていく力というものもあって。そこが、他との大きな違いですよね。通常なら悩んで脇道にそれたりして、何かを見つけていくのがパターン。いろいろなパラドックスを孕むことで現実味があるなと

綿貫:そうですね。本当に今回のダイバースシアターの企画にピッタリだったと思っています。すごく多様な要素が盛り込まれているので、お客様もいろいろな角度から感じ取れるものがあるんじゃないかと。

――それから、配役にも納得できる部分がありますね。

稽古の様子

渡辺:学者3人の配役に関しては、演劇への深い思慮と、ご本人がお持ちの人間力を役に生かしていただける方が良いなと思っておりましたが、その考えは綿貫さんとも合致していましたよね。

綿貫:そうですね。割とノゾエさんとも交えて話し合う中で、物理学者3人はすんなりと。院長の草刈さんに関しては、ミキさんからご提案していただきました。私もすごく、興味を持った方だったので、いいんじゃないかと。

渡辺:綿貫さんからは「草刈さんは院長にぴったりだ」と「意外性もあって面白そう」と両極の好感触でした。

綿貫:院長の役って、視野が狭いんだけど、草刈さんのように広く世界で活躍されている方が演じると面白いんだろうなと。世界的なバレリーナとして活躍されていた方ですからね、視考が広いですよね。

渡辺:ご本人の中にある世界観の広さというものがどう出てくるか、というところがあの好感触の理由だったんですね。

綿貫:草刈さんのインタビューなどを見ていても、すごくこの作家への理解力が高いんですね。その一方で、あっけらかんとしたところもあるというか、驚かされるところとのバランスも絶妙なので、草刈さんでよかったなと思います。
あと他の方もとても魅力的な俳優さんにいろいろなところから集まっていただきました。舞台というリングで異種格闘技戦みたいな感じで(笑)、ノゾエさんのレフェリーのもとに創れたらいいなって思っています。

稽古の様子

――それでは、演出のノゾエさんについてはいかがでしょうか。

渡辺:やっぱり、ノゾエさんに演出を受けて頂けてよかったなと思っています。現代のお客様にも面白いものにして渡していくのが演出家の役割だと思うのですが、すごくセンスもいいし、悩まず反省しない登場たちを(笑)今、演出家自身が客観的に見てお客様へお届けするということを、とても意識して創られていると思います。思った以上に笑いの多い舞台になるんじゃないかな。

綿貫:やっぱり、登場人物全員が滑稽だし、こんなに混乱している今の日本にあって大いに笑ってもらうことで、笑っているのか、はたまた笑われているのは自分なのか、アレッと思うひっかかりとしても捉えてくれればいいですね。

稽古の様子

――これは、コメディとは一言に言えない作品にも感じられます。

綿貫:起こっている背景自体は悲惨だったりするんですけれど。それなのに突き抜けすぎて笑ってしまうというか。

渡辺:ノゾエさんの演出によって、その域に到達できそうな予感がしています(笑)。

――それでは、稽古の状況としてはいかがでしょうか。

綿貫:手探りで感触をひとつひとつ確認しながら歩いているような感じでしょうか。

渡辺:そうですね。豊かな創意工夫を重ねる俳優さんたちの集まりで、正しく追求を続けるメンバーによる気持ちの良い稽古だと感じています。そういう意味では王道ともいえる、一流の俳優さんたちかなって。正解のところにすぐ行こうとはしない、すなわち結果を急がないし、交流しながら積み上げていこうということを全員が模索されています。まとめようと思えばいつでもまとめられる実力の持ち主ばかりですから、なるべく今は豊かに回り道していくべき、ということでお互いのコミュニケーションも深めているようですね。

――どんな作品が仕上がるのか、楽しみです。それでは、最後にメッセージを。

綿貫:先程お話したことと重なってしまうんですけれど。今の状況がつらいところではありますが、劇場にまずは来ていただいて、体感して、大いに笑って下さい。ちょっとでも心に爪痕が残ればいいなと思って創っているところなので。対策については私達も万全を講じていますので、ぜひぜひ、劇場にいらしていただけたらと思っています。

渡辺:今は、コロナ禍もそうですが、地球温暖化とか、資本主義が正義だと思って進んできたこの数十年間のツケと一気に対峙させられていると感じます。その中で、常識だと思っていたことが違っていたのではないか…と考えさせられる岐路に立っています。現代の問題をそのままのストーリーで提示する作品もありますが、「物理学者たち」という60年前に書かれたユニークな問題作戯曲を通して、現在人類がおかれている状況も観客の視点で見れば笑ってしまえる日々ではないか、と自らを客観視できる観劇になると思います。色々な視点を与えてくれるのも演劇やあらゆる文化の役割のうちのひとつだとも思いますが、『物理学者たち』はまさしくそういう戯曲。
「自分たちもこんなもんだよな」と、生き抜くヒントをもらえるような、そんな舞台です。ぜひお待ちしています。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしています。

■あらすじ:
物語の舞台は、サナトリウム「桜の園」の精神病棟。そこに入所している3人の患者-自分をアインシュタインだと名乗る男、自分をニュートンだと名乗る男、そして「ソロモン王が自分のところに現れた」と言って15年間サナトリウムで暮らすメービウスと名乗る男-。3人は「物理学者」であった。そのサナトリウムで、ある日看護婦が絞殺された。犯人は通称“アインシュタイン”を名乗る患者であり、院長は放射性物質が彼らの脳を変質させた結果、常軌を逸した行動を起こさせたのではないかと疑っていた。しかしさらなる殺人事件が起き、事態は思わぬ方向へ・・・。

<公演概要>
ワタナベエンターテインメントDiverse Theater『物理学者たち』
■日程・会場:2021年9月19日(日)~26日(日) 本多劇場
■作:フリードリヒ・デュレンマット
■翻訳:山本佳樹
■上演台本・演出:ノゾエ征爾
■キャスト:
草刈民代、温水洋一、入江雅人、中山祐一朗、坪倉由幸(我が家)、吉本菜穂子、瀬戸さおり、川上友里、竹口龍茶、花戸祐介、鈴木真之介、ノゾエ征爾
■プロデューサー:渡辺ミキ・綿貫 凜
■後援:在日スイス大使館 ドイツ連邦共和国大使館
■主催・企画・製作:ワタナベエンターテインメント
■「Diverse Theater」とは?
Diverseとは「多様さ」、ワタナベエンターテインメントが新たに立ち上げた様々なクリエイター、プロデューサーとのコラボレーションにより、演劇の可能性を拡げる実験的な新プロジェクトです。
■公式サイト:https://physicists.westage.jp/
■ワタナベ演劇公式ツイッター:@watanabe_engeki
■ワタナベ演劇 スタッフ公式インスタグラム @watanabe_engeki_staff
取材:高 浩美
構成協力:佐藤たかし