ワタナベエンターテインメント ダイバースシアター『物理学者たち』が上演中だ。
『物理学者たち』は、戦後のスイスを代表する劇作家・フリードリヒ・デュレンマットが1961年に書いた代表作。また今年はフリードリヒ・デュレンマットの生誕100年にあたる。『貴婦人、故郷に帰る』(56年)、『物理学者たち』(61年)で世界的劇作家に。
精神病棟に入所している3人「核物理学者」たち。そこで度重なる殺人事件が起き、事態は思わぬ方向へ・・・。「科学技術」と「核」をめぐって渦巻く人間の倫理と欲望が描かれている。
幕開き、サナトリウムで殺人事件、現場検証をする警察、中央に看護婦長、実はこの殺人事件が起こる前も殺人事件があった、たった3か月のうちに…。加害者はサナトリウムに入っている物理学者、しかもアインシュタインと名乗っている。いぶかしく思う警部。その他、自分をニュートンと名乗る男にソロモン王が見えるという男、この3人に共通していること、それは物理学者。そして1幕の終盤、さらなる殺人事件が起こる…2幕は、思わぬことが明らかになっていく。
登場人物全てが”どこか変”な人々、細かいやりとりがシニカル、客席からは頻繁に笑いが起こる。挙動もいちいち可笑しく、芸達者な俳優陣が秀逸な演技で観客をどこか狂った空間へ誘う。物理学者3人、温水洋一、入江雅人、中山祐一朗、キャラ立ちしており、出てきただけでクスクスと笑いが起こる。
しかし、挙動がおかしいだけでなく、その可笑しみの中に隠された何かがそこはかとなく透けて見える。そこから2幕で驚くべき3人の”実態”が明らかになる。草刈民代演じる院長、足が悪いのか杖をつき、猫背で品の良い初老の婦人、院長という立場らしく、物腰柔らかく、警部らに接触するが、2幕では…その落差、ここは見所となる。
誰が狂気なのか、物理学者たちなのか、それとも彼らを取り巻く人々なのか、また、3人の物理学者たちの思惑、2幕では口角泡を飛ばして激論する。科学者の責任、立場、力のこもった議論を交わす。15年もの間、サナトリウムで暮らしていたメービウス、ニュートンと名乗る男とアインシュタインと名乗る男の目的、怒涛のような展開、そして正義や狂気、正気が混沌としてくる。また、シニカルなセリフ、科学の発達が人類にもたらしたもの、それは繁栄なのか破滅なのか、この作品に答えはなく、観客がそれぞれ考える。この作品が書かれた時代は1960年初頭、この時代は第二次世界大戦が終わり、広島と長崎に原種爆弾が落ちた。それから冷戦の時代、大量生産社会、そして核や原子力がものを言う時代、とりわけ、1958年〜1962年は危機の時代と言われ、、核兵器開発と宇宙開発競争、また軍備拡張、そういった時期、こういった時代背景を掴んでおくと、この戯曲の意味や意義、セリフの裏に隠されたものが見えてくる。そしてニュートンと名乗る男、アインシュタインと名乗る男、なぜ、この有名な学者の名前を語るのか、ニュートンは万有引力の法則で有名だが、そのほかにも古典力学(ニュートン力学)を創始、そして『自然哲学の数学的諸原理』を刊行したのち、精神的に疲れてしまったのか、被害妄想に悩み、引きこもりにもなったという。アインシュタインは言わずと知れた特殊相対性理論や有名な式E=mc²を発表(劇中にも登場)、そして1939年、フランクリン・ルーズベルト大統領宛ての、原子力とその軍事利用の可能性に触れた手紙に署名している。また、「原爆の父」として知られた物理学者ロバート・オッペンハイマーは1943年ロスアラモス国立研究所の初代所長に任命され、原爆製造研究チームを主導、後に、この新兵器の破壊力を目の当たりにして、「科学者(物理学者)は罪を知った」との言葉を残している。戦後、アインシュタインらを擁するプリンストン高等研究所所長に任命されたものの、原子力委員会のアドバイザーとしてロビー活動を行い、ソ連との核兵器競争を防ぐため働き、共産党の集会などに参加したことがわかり、公職を追放され、生涯、FBIの監視下に置かれたという。
そのような時代背景、翻って現代、コロナウイルス感染症が世界中で蔓延、また地球温暖化、科学や技術の発達は本当に人類に幸福をもたらしているのか、そんなことを考えさせられる戯曲、1960年代に書かれたものだが、極めて現代的。シニカル、かつ皮肉めいた寓話である。
■あらすじ:
物語の舞台は、サナトリウム「桜の園」の精神病棟。そこに入所している3人の患者-自分をアインシュタインだと名乗る男、自分をニュートンだと名乗る男、そして「ソロモン王が自分のところに現れた」と言って15年間サナトリウムで暮らすメービウスと名乗る男-。3人は「物理学者」であった。そのサナトリウムで、ある日看護婦が絞殺された。犯人は通称“アインシュタイン”を名乗る患者であり、院長は放射性物質が彼らの脳を変質させた結果、常軌を逸した行動を起こさせたのではないかと疑っていた。しかしさらなる殺人事件が起き、事態は思わぬ方向へ・・・。
<公演概要>
ワタナベエンターテインメントDiverse Theater『物理学者たち』
■日程・会場:2021年9月19日~26日 本多劇場
■作:フリードリヒ・デュレンマット
■翻訳:山本佳樹
■上演台本・演出:ノゾエ征爾
■キャスト:
草刈民代、温水洋一、入江雅人、中山祐一朗、坪倉由幸(我が家)、吉本菜穂子、瀬戸さおり、川上友里、竹口龍茶、花戸祐介、鈴木真之介、ノゾエ征爾
■プロデューサー:渡辺ミキ・綿貫 凜
■後援:在日スイス大使館 ドイツ連邦共和国大使館
■主催・企画・製作:ワタナベエンターテインメント
■「Diverse Theater」とは?
Diverseとは「多様さ」、ワタナベエンターテインメントが新たに立ち上げた様々なクリエイター、プロデューサーとのコラボレーションにより、演劇の可能性を拡げる実験的な新プロジェクト。
■公式サイト:https://physicists.westage.jp/
■ワタナベ演劇公式ツイッター:@watanabe_engeki
■ワタナベ演劇 スタッフ公式インスタグラム @watanabe_engeki_staff
撮影:遠山高広