石丸幹二 インタビュー  ミュージカル『蜘蛛女のキス』モリーナ役

ミュージカルも映画も大ヒットした作品、『蜘蛛女のキス』、アルゼンチンの作家マヌエル・プイグの小説が原作であるが、1976年に発表されて大ベストセラーとなり、のちにプイグ自身の手で1981年に戯曲化、1981年初演。それから1985年にはレナード・シュレイダーの脚色とエクトール・バベンコの監督により映画化、ルイス・モリーナ役はウィリアム・ハート、この映画でハートはアカデミー主演男優賞など各国の賞をさらい話題になった。そして1990年代にミュージカル化され、 1993年にはトニー賞ミュージカル作品賞などを多数受賞、 日本でも人気の高い作品となっている。
音楽と歌詞は、 『キャバレー』や『シカゴ』などのヒット作を生み出してきたコンビ、 ジョン・カンダーとフレッド・エブが手掛け、その名曲は、数々のミュージカル俳優によりコンサート等でも歌われてきた。 抒情的かつメロディアスな楽曲が、全編にわたり作品を彩る。
今回、演出を手掛けるのは気鋭の演出家、日澤雄介(劇団チョコレートケーキ)。そしてモリーナ役には石丸幹二。蜘蛛女とオーロラの2役に挑戦するのは安蘭けい、革命家・バレンティン役は相葉裕樹と村井良大、Wキャスト。今回、モリーナ役の石丸幹二さんのインタビューが実現した。

<合同インタビュー>

――『蜘蛛女のキス』を初めて知ったのは映画だとお伺いしていますが……。

石丸:実は、映画自体はロードショーではなく、大学生の時にレンタルビデオで観たのが初めてです。最初はモリーナの声だけ。だんだん怪しげな感じで進み、彼の居場所にカメラが向けられた時、まあ、妖艶な動きをしているわけですよね。
当時、その図にたいへんなショックを受けまして。
牢獄という密室の中の、モリーナとバレンティンのパワーゲーム。お互いに攻め合い、立場が変わっていったりと、フレームの中であらゆることが起こっている。演じている俳優がすごいなというのと同時に、同じ枠の中でプラスとマイナスを同時に入れて反応を伺うという、映画のおもしろい部分を感じました。
その後ミュージカルを観たんですよ。映画とは違う、華々しい音楽やショーがそこにあって。「これってあの『蜘蛛女のキス』だったのか……?」と思ったのが二度目の衝撃でしたね。
それから、小説。はじめの数ページで混乱してしまって。
で、モリーナの頭の中に自分も入っていこうと意識したときに、サーッと進んでいく、読んでいく快感が得られて、三種それぞれの楽しみ方をできたんじゃないかな、と。

――それでは、作品として出演したいと思ったのは?

石丸:ニューヨークでミュージカルを観たときに、作品に魅了されました。けれど、その当時はモリーナではなくバレンティンをやってみたいなと思っていたんです。私も若かったので、いろいろな障害をものともせず突き進んでいくバレンティンを演じてみたいと思っていた。けれど、年齢を重ねるにつれ、新しい役柄に望むおもしろさを感じるようになり、また、この作品については、「物語を違う視点で見るとこんなに変わるんだ」ということに面白みを感じて。かつて日本でもあらゆる名優たちが演じてきていますから、全力でモリーナという役にぶつかっていきたいですね。

――ミュージカル『蜘蛛女のキス』の魅力はどんなところにあると思いますか?

石丸:物語の素晴らしさはもちろん、ミュージカル版の特徴はやはり音楽と、劇場空間の中で繰り広げられるダンス、歌唱でしょうか。音楽がいろいろなイメージを掻き立たせてくれる。なんと言ってもラテンがベースですから。軽妙な旋律と、現実に起こっている事件とのギャップが面白い。
あと、描かれているキャラクターは数少ないですが、モリーナの頭の中では、イイ男たちがゴッソリ出てくるところとかね(笑)。観ているお客様が、モリーナを通して心をワクワクさせられると思いますよ。

――音楽の印象は?

石丸:一度耳にすると、いつまでも離れない、思わず口ずさんでしまう音楽なんですよね。それはミュージカルが成功する要素の1つでもあるんですけれど。大きな魅力ですね。
実はカッコいい曲を歌っているのはバレンティンだったり、オーロラだったり、蜘蛛女なんですよね。でもモリーナの楽曲には、別のチャーミングさが散りばめられているので。僕としてはあまり歌ったことのないジャンルではありますけれども、自分の中に着火していきたいなと。

――現時点で、どのようにモリーナという人物を造形しようと考えていますか?

石丸:モリーナは同性愛者でもありますし、世の中からはすこし逸脱したようなキャラクターでもある。実は人と違うな、という側面をいろいろな角度で見つけている段階です。
そうして、人と違うことの心地よさ、しんどさを自分の中に取り入れて「石丸幹二のモリーナ像」を作りたいと思っているんです。一辺倒に「同性愛者だからこういう悩みが抱えているんです」というよりも、いろんな角度から造形していこうかと。

――見どころは?

石丸:そうですね。ミュージカルですから、やはり非日常的なエンターテイメント性を発揮できる場でもあると思うんです。その中で、社会派の演出家である日澤さんがどんな描き方をして、舞台を作り上げていくのか。彼ならではの、エッジの効いた演出にショーアップされたものが加わることで、日澤さんの作品をよく知る人でも驚かされるものになるのではないかなと。また、出演する俳優陣は、もうミュージカルのキャリアを重ねてきた人ばかりなので、エンターテイメントの醍醐味をふんだんにお観せできるショーになれば、成功だなと思っています。さらにいえば、バレンティンはWキャスト。2人それぞれ持ち味が違うので。今から楽しみでなりません。

<単独インタビュー>

――演じられるモリーナは難しい状況に置かれた登場人物ですね。

石丸:モリーナは「No」と言えない場所にいるんですが、彼は「獄」の中で生きることでしか幸せを感じられないんじゃないかなと思いました。外に出れば、むしろすごく生きづらい。「ほぼ独房にいた」と小説に書いてあり、そこで、夢の中の世界で生きてきた。
そんな彼に、ある使命が課せられ、「受け入れざるを得ない」ではなく、牢獄の外に出なくてもすむならば「受け入れたい」のではないかと。
その中で人と触れ合うことによって、自分を知ってしまうことになるのですが。

――たしかに、モリーナは本当に自分の好きな映画のことを凄まじい膨大な量の言葉で表しています。

石丸:妄想で映画の中に入って生きることが、もはや生きがいだった。頭の中の映画の世界だとハッピーでいられるから。
にしても、映画の話がどえらい長いんですよ(笑)。彼の一番幸せなことだから、時間を割いているんだろうなと思いますね。

――種の自己実現みたいなものでしょうか。観た映画をこれだけ語れるということは相当記憶力がいいのでは?

石丸:そうですね。子供の頃、母親が映画館の仕事をしていたからこそ、映画をたくさん観られて、人格形成のベースになっている。
一生喋っていられるくらい知識が身についているから、映画監督もじゅうぶん務まりそうですよね(笑)。

――映画の話を聞いているバレンティンは、最初は鬱陶しく感じているように見えますが、知らないうちに感化されるようになっているなと感じます。

石丸:モリーナが、そう誘導しているのでしょうね。ただ、2人しかいない中で喋り続けることで居心地の良さを感じてもいる。

――モリーナにとっての映画はこの物語の重要なキーワードになっていると。

石丸:モリーナは映画の中で生きていますからね。だからこそ、バレンティンをその世界に呼び込もうとしたんです。

――バレンティンがモリーナに引き込まれていく、この瞬間は2人にとって非常に幸せだと…しかも獄房という閉鎖された空間で。

石丸:そうなんですよ。バレンティンは、はじめは拒絶しながらも、モリーナがご機嫌にしゃべるのを聴くにつれ、この場に身を置くことを受け入れるようになるんですね。モリーナは策士であると同時に獄中の環境を利用して、「食事」の要素を入れたりして、「ズルいな」と思うんですね。

――バレンティンも、自分の中で気づきを得ていると思いますね。

石丸:それでも、お互い利用して、スパイみたいなことをしてるんですけどね。僕は、バレンティンはモリーナを利用しただけでなく、きちんと情が通っていたんだと信じたい。

――モリーナは策士ですし記憶力もいい。モリーナはこの物語にある結末をはじめから望んでいたのではないかとも思えますね。

石丸:実は、小説と映画とミュージカルとで描かれ方が異なっています。乞うご期待ということで。

――ミュージカル版のエンディングは、台本を読む限り「三文オペラ」のような、陽気さもありますね。

石丸:そこは、やはりモリーナが「幸せだった」ということを描いたからこそなのでしょうね。

――それでは、最後にメッセージを。

石丸:この2021年にやる『蜘蛛女のキス』、閉塞感を感じる今だからこそ共感できる部分もあるかと思います。
劇場へ足を運んでいただけるチャンスがあれば、ぜひ、モリーナの思いと振る舞いを一緒にたどってほしいなと。ミュージカルは歌も踊りもあり、エンターテイメント性も豊かです。ぜひぜひご堪能ください。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしております。

 


<公演概要>
ミュージカル『蜘蛛女のキス』
[キャスト]
石丸幹二
安蘭けい
相葉裕樹/村井良大(Wキャスト)
鶴見辰吾
香寿たつき
小南満佑子
間宮啓行
櫻井章喜

[スタッフ]
脚本:テレンス・マクナリー(マヌエル・プイグの小説に基づく)
音楽:ジョン・カンダ―
歌詞:フレッド・エブ
演出:日澤雄介(劇団チョコレートケーキ)
翻訳:徐賀世子
訳詞:高橋亜子
音楽監督:前嶋康明
振付:黒田育世

東京公演:2021年11月26日~12月12日 東京芸術劇場プレイハウス
大阪公演:2021年12月17日~12月19日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ

公式HP: https://horipro-stage.jp/stage/spiderwoman2021
公式Twitter: https://twitter.com/@spiderwoman2021

取材:高 浩美
構成協力:佐藤たかし
撮影:斎藤純二