Musical『天使について〜堕落天使編〜』トーク 古谷大和(ヴァレンティノ役)×中村太郎(ルカ役)×田尾下哲(日本版台本 演出 )

韓国で大ヒットしているMusical『天使について〜堕落天使編〜』が日本人キャストによって初上演される。
天才芸術家と歴史的芸術作品の誕生と出会いに隠された秘密に迫る。作品の創作に苦しむレオナルド・ダ・ヴィンチの元に降臨した新米天使のルカと堕天使のヴァレンティノ、そしてダ・ヴィンチを支える弟子のジャコモ。2人の天使と2人の人間が絡み合い巻き起こる騒動を描く。2016年に韓国で初演、その奇抜な発想、絶妙な脚本の構造、インパクトのある楽曲で、開幕後すぐに話題になり、2018年上演、その後2021年11月2日に3度目が開幕、2022年1月30日までロングラン。
堕天使のヴァレンティノは、かつて一番神に愛された美しい天使だった。しかし、人間を愛してしまい、禁じられた恋に落ち、神の怒りをかってしまい、堕天使になってしまった。新米天使のルカは特別な才能を与えられた芸術家たちを管理する任務を務める真面目な天使。意欲に満ちているが、堕天使ヴァレンティノの邪魔に頭を抱えている。
ヴァレンティノ、ルカ、ダ・ヴィンチ、ジャコモ、この4人をたった2人の俳優が演じる。ヴァレンティノ役の古谷大和さんとルカ役の中村太郎さん、日本語台本・演出の田尾下哲さんの鼎談が実現した。

――楽曲の種類が非常に多いミュージカルですが、聴いてみた感想は?

中村:単純に「歌えるのか自分が?」というのが正直な感想でした。すごく素敵な曲調で、耳に残るものばかり。自分自身、ミュージカルらしい曲はあまり歌ったことがなくて。身近に感じる曲もあったんですけれど、やはり「ミュージカルらしさ」にプレッシャーを感じた瞬間でした。

古谷:曲数はもちろんなのですが、1曲1曲にとても歌詞のパワーを感じました。今まで何度もミュージカルには足を運びましたが、いざ自分が当事者となると、歌詞1つ1つを大切に、気持ちをこめないと伝わらないし歌えないなと思ったんです。やはり今まで観てきた方も「それ」をしてきた人ばかりなんだなと思い返しました。だから、ミュージカルの曲は1つもカットできるところがない。心情やシーンがわからなくなってしまいますし。なので、1曲を大切に聴いて稽古に挑んでいるところです。さらに歌う量も多いし、出演者が2人とたいへんな稽古が待っているなと思いますが、同時に楽しみです。

田尾下:ダ・ヴィンチということで、15世紀~16世紀のイメージがある中で「ロック」。聴いていくうちに、大きく分けると天使サイドと堕天使サイドがロック調、人間サイドがポップ調になっているんですよね。その描き方に気づいたときには「なるほど、だからか」と。作家と作曲家はもちろん別人ですから、作家の意図したことと、もしかしたら違ったのかもしれないけれども。そういうアプローチの仕方、そういうスタイルで地上の人と天上を描き分けているのは面白いなと思いました。もちろん、パフォーマーのお2人は大変だと思いますけれども、2人で自由劇場を回すってなかなかない機会だと思うので、楽しんでほしいですよね。そういう状態で送り出せるように我々も準備したいです。

――2人の演者に対して、4人の登場人物。ほぼ出ずっぱりになると思うんですけれども、その役の切り替えなど稽古をしてみての感想をお願いします。

古谷:今も、3曲やってたんですけれども、大変でしたね。

中村:やはり、僕たちは歌で役を演じ分けるという経験がなく、セリフで演じ分けてきたので、もし2役やるとか、別の役をやるということでも。なので、楽曲に助けられている部分はありますね。ロックだったのものがポップになったり、ミュージカルっぽくなったり。そこを頑張って出していかないといけないなと。さらに、思ったより芝居シーンが少なかったんです。でも、逆に少ないということは、そこに詰めれば詰めるほど、お客様の心には残ると思うから。僕だったらダ・ヴィンチとルカのような2つの役の演じ分け、人格の違いなどを出せていければ。

古谷:今まで本格的なミュージカルで、しかも2人芝居、経験がないんです。今、役を演じ分けるというよりも、その人間、天使が何をどう伝えているかを役者が表現するか自体が挑戦だと思っています。この曲と歌詞がお客様に伝わればキャラが自然と4色に感じていただけるんじゃないかなと。頭ごなしにキャラ分けすると大事なものを通り越してしまって、届かない気がしまして。その曲と世界が何を伝えたいか、を大切にして歌っていきたいなと思いましたね。そんな稽古2日目です。

田尾下:やはり「天使」ってほとんどの人が観たことがないし、会ったこともないはずなんですよね。でも我々にはそのイメージが往々にしてある、堕天使というものも。でも台本を観ていると、人間っぽいなと思うところがいくつもあるんですね、天使も堕天使も。その一方で、超自然的なこともできるし神との交信もできる。普通の人間にはまずそれはできませんからね。でも、天使や堕天使であったとしてもそれぞれ過去があって、鏡像になっているんだなと。ヴァレンティノとジャコモは同じ人がやる2つの役で、人格ではなく、2つの役。あたかも1人の中での二面性のように見えるのがとても興味深いんです。そこを俳優が同じ時間で、同じ場所でやるというのが舞台ならではの魅力になるのではないかと。2役の関係性ももたせて作家は書いていますから、そこも伝えながら、物語としてお客様に楽しんでいただけると思っています。先ほど中村さんがおっしゃったような、歌の強さ、言葉の強さもあわせてぶつけていきたいなと思っています。

古谷大和

――キャストAがルカとダ・ヴィンチ。キャストBがヴァレンティノとジャコモ。この組み合わせが重要ですね。それぞれの役に対してどう捉えていらっしゃるでしょうか。

中村:今思っていることですが、台本を読んだ段階では(ルカは)新米で真面目なんだけれどおっちょこちょいな印象でした。でもトリプルキャストですし、演じる3人それぞれ違っています。その中で僕は、ルカで自分に寄せることができるもの、親しいところを引っ張っていけたらと思っています。できるだけ、ヴァレンティノと両極端というよりも近い存在、むしろおっちょこちょいな部分を出したほうが自分には合っている気もしますし。現段階ではあんまり真面目で若々しいイメージよりもそっち。自分にしかできないところを狙っていきたい。

古谷:今日、演出の田尾下さん含めて顔合わせをしたところでした。そこで、台本読みが終わったときに田尾下さんから「気になるセリフを2つ教えてほしい」とキャストに投げかけられたんですね。それは僕の経験上初めてだったんですよ、そういうことを言ってくださる演出家さんは。なので、とても信用できる人のもとで、いいカンパニーができそうだと思ったんです。ほかの役者陣もいろんな畑から来ていて素敵な人たちばかり。しかもこの台本ってとても想像できる余白がたくさんあるんです。いろんな可能性が詰まっている。やる人、演出する人、翻訳する人によって物語が如何様にも変わるなって。これからどういった演出が来るかわかりませんけれども、きっとそういう一人ひとりの考えたこととか意見を大切にしながらお客様にも想像していただける部分を残して届けられるんじゃないかなと思っていて。今はじまった段階で、自分はこれだ!と印象を固めるよりかはとてもたくさんの可能性を残して稽古をしたいなと思っています。とはいえ相手とは真逆のヴァレンティノにしようかな、とは考えてはいるんですけれど、実は(笑)。単純に素敵なキャラクターたちばかりだから、どのように演じても素敵な部分は変わらないと思いますし。

田尾下:演者さんと演出家の捉え方はまた違ってくるんですけれども、今(古谷)大和さんが話していたように僕も個性というのは大切にしたいです。それは物語を描くということの範囲内でのことですが。面白いのは、ヴァレンティノがルカを助ける一方でダ・ヴィンチがジャコモをそれぞれ保護する形で助けているんですよね。天使と堕天使について、一般の人がどういうイメージを描いているかというのはそれぞれでいいんですけれども。我々が提示すべきなところは、やはりお互いの関係性であったり、かつ見えているもの……ルカは、ジャコモの前に、ヴァレンティノは、ダ・ヴィンチの前にといったようにクロスした関係になっている。それが行き過ぎて途中で訳わかんなくなっちゃうこともありますけど(笑)。でも理屈じゃなくて、人間らしい、完全無欠な人がいないのは確か。過去があるから劇中で描かれる出来事が引き起こされるわけですから。表現として全面LEDを背負うことはほかのプロダクションさんではなかなかないので、それができるLDHさんならではのかっこよさを出したいなと。さらに、ルカだけが冒頭から連続で4曲いきなり歌うところ、そこもすごいですよね。ものすごいプレッシャーでもあると思いますが。実はそこにはジャコモもうろちょろしていたりして、いい意味で、2人で描くということを最大限使いたいなと。めちゃくちゃ「人間ドラマ」だと僕は思っているので、そもそも『天使について』というタイトルとは、まるきりお客様がイメージするものと違うかもしれませんし。もちろんいい意味で、ですけどね。

中村太郎

――人間サイドである、ダ・ヴィンチとジャコモも実在する人物であり、相互の関係性も興味深いですが、こちらについてはいかがでしょうか。

古谷:ダ・ヴィンチの名前を知らない人はおそらくいないでしょうが、ジャコモのことを知っている人は少なそうです。

田尾下:おそらく、サライという別名のほうが有名かもしれません。

中村:たしかに。ただダ・ヴィンチについてもジャコモについても詳しく調べるという機会は正直今までありませんでした。今回演じるにあたって調べたのですが、台本では印象がだいぶ和らいでいるのかなと思いました。もともとのイメージはもっと厳格というか、哲学的というか。人と相容れない感じ。一方、台本ではジャコモとのやり取りなど人間味や弱い一面がありました。そういうもの込みで、自分がダ・ヴィンチと言われることも、演じられるということもすごく変な感じ。でもいいイメージをつけられたから、その部分を昇華させられたらなと思っています。

古谷:出てくる登場人物が完璧でないところに魅力を感じています。歌の中にも「天才」という詞があるし、ダ・ヴィンチってそういうイメージがあると思うので。なにかに秀でていたのは確かだけれど、じゃあその人にとって欠落していた部分は何なのか。そういうところにお客様が触れられれば身近に感じられて愛してもらえるんじゃないかと思います。さらに、ジャコモという人物が(ダ・ヴィンチにとって)どういうところが素敵で、何にぬくもりを感じていたのか。その凹凸がぜんぶハマったりハマらなかったりするところが魅力なのではないかなと感じています。今回はトリプルキャストだから、どこに凹凸が出てくるのかみたいなところは演じる人によって違うんだなと。とはいえ演じ方はそれぞれ違ってくるので、逆にその多様さが魅力だなと思うから、何よりも劇場に来て観てほしいですね。僕も自分が演じるジャコモを、どれだけ素敵に届けられるか、またはどこがだめだったのか、とか率直な感想を知りたいですね。

――今回は、キャストが複数いるので、それぞれの組み合わせによる違いを楽しむのもよさそうですね。キャラクター設定は、いわゆる“のりしろ”が多いので、キャストさんそれぞれのカラーが楽しめそうです。

中村:設定がガチッとされていないぶん、解釈に関してはいい意味でゆったりしています。

古谷:セリフではなく歌が中心なので。歌って、言葉を全部乗せたりせずに感情を表現するものだから。そこをお客様に想像していただきたいなと思いますね。

田尾下:史実の人物ではあるんですけれど。例えばジャコモはダ・ヴィンチのものを盗んだりしたこともあって。でもその盗みでさえも作家のファンタジーによって描き分けられていたりするんですね。ただ、彼自身が視力を失っていく中で、光っているものを手に出すようになったと解釈されている。作家の描く物語にはちゃんと理由があるんですね。それを転売しているとかではなくて。実は史実を調べることも大切ですけれど、それよりも演者の皆さんは調べすぎずに台本の中から拾っていくほうがいいのではないかとも思っています。それは調べてはいけないというわけではなく、作家の言葉を信じて素直にキャラクターを立ち上げていただければ、我々のプロダクションとしては答えなのかなと思っています。史実では、ジャコモって結構ひどいやつで。28年間もダ・ヴィンチと一緒にいたにも関わらず、ダ・ヴィンチが亡くなる1年前には彼をおいて出ていってしまうんです。しかもプレゼントされた名画モナ・リザを売って巨額の富を得ていたり。ただしそうしたことを入れてしまうと、ジャコモに対するイメージが一気に下がってしまう。なので、僕はこの作品にそうしたものを入れることを1ミリも考えてはいません。例えば視力が下がっていく中の盗みであったりとか、失明して最後に描かれた絵が見られないとか、そうした叙情のほうが、すなわち歴史よりも小説のほうが豊かだと思っているので、この台本を信じて思い切り作っていってほしいなと思います。

古谷:ジャコモを演じる身としてはやっぱり、田尾下さんが今言ってくださったみたいに「きっと」「実は本当は」という夢を残したいなと。僕は、もちろん実際にジャコモに会ったこともないし。「もしかしたら」というロマンをお客様の心に残したいですね。
田尾下:そうなんですよね。史実がいつだって正しい、だから合わせなくてはならないとは限らないですものね。もしかしたら史実に書かれていることも戦争がそうであったように、勝者の都合に合わせていることもある。本当はモナ・リザを売ったのも別の誰かで、都合よくジャコモに濡れ衣を着せたかもしれないというのはゼロではないし。

――後世に伝わっているものも実は嘘じゃないか、ということもありますよね。日本では明智光秀についてとか……。話を盛っていることもあります。

古谷:実在した人物を取り上げるというところから、そういったことを知る意味はあるかもしれませんね。

田尾下:対して、この作品を書いた韓国の作家が感じたことに嘘はないんです。「彼が思ったこと」に関しては100%事実。

――ダ・ヴィンチについては、多くの人が完璧超人みたいに捉えているけれども、この台本では頭がいいけど変わり者、という感じ。観る側の想像力を掻き立てるものがあります。たくさん話したいところですが、時間が来てしまいました。最後に読者へのメッセージを。

中村:まだまだはじまったばかりなので「頑張る」としか。個人的には、自分にとって挑戦になると思うし、今までの役者人生ではしっかり味わえなかった達成感があると思うんですよ。この作品を無事完走すること。そこをがんばっていきたいのと、作品としては、自分のできる限りのことをするのはもちろん、僕もいろいろ大変だけれど楽しんでやれているのと、トリプルキャストなのでいろいろな人と一緒に演じられたらいいなと思っています。

古谷:ここまで本格的なミュージカルに出させていただいたことはないので、それを心の底から楽しめるように稽古をしたいですし、このご時世としても演劇を自由にやれるところは少なくなっている中で素敵な作品、素敵なカンパニーに出会えてお芝居ができる事は恵まれているなと思います。その幸福を噛み締めて、歌って、お客様とも同じような空間や愛を、大切に届けていけたらと思っています。ぜひ劇場で体感していただければうれしいです。

田尾下:今の時期、LDHさんの大きな稽古場でできることに、本当に感謝しているんです。ほかの場所では多少狭かったり、一般の方も利用されていたりするから、密になってしまったり少しリスクを伴うんですよね。どんなに気をつけていたとしても、オミクロン株が出てきて猛威をふるっていますし。これがなかったらやれる自信がなかったです。環境という意味では恵まれているなと。また、韓国のミュージカルを翻訳してはいるものの、感覚としてはほぼ新作なんですよね。すなわち我々だけのものを作れるという意味ではすごく幸せです。カンパニーとしても幸福ではありますが、お客様にも「こういう作品が韓国で作られていたんだ」と思っていただけますし。2人でやるというのは当然チャレンジではありますけれども、これが何年後にも再演されたり、いろいろな人に演じてもらえるラインナップモデルになれれば、その一発目としてこの6人で成功できればと考えています。ぜひ劇場に足を運んでいただけたら。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしています。

<物語>
神の栄光をたたえるべく特別な才能を与えられた芸術家たちがスランプに陥らないよう管理する任務をつとめる新米天使のルカ。
ある日、レオナルド・ダ・ヴィンチの絶望に満ちた祈りの声を聞きつけたルカは、事ある毎に邪魔してくる堕天使のヴァレンティノを避けて密かに地上へ降りてくる。
ルカは今度こそ任務を成功させると意気込むが、そそっかしい性格のせいでダ・ヴィンチ本人ではなく、弟子ジャコモの前に姿を現してしまう。
天使界の掟では、天使はただ一人の人間にしか姿を現すことができないのだ。
これでルカはダ・ヴィンチと会うことができなくなってしまった・・・。
一方、ルカを追いかけて地上へ降りてきたヴァレンティノは、ルカがミスを犯したおかげで容易くダ・ヴィンチに出会うのだが……。果たして彼らはそれぞれが抱いた目標と願いを叶えられるだろうか。

<概要>
公演タイトル : Musical『天使について〜堕落天使編〜』
日程・会場 : 2022年2月24日(木)〜3月6日(日) 自由劇場 18回公演
作/作詞:イ・ヒジュン
作曲:イ・アラム
[キャスト(登場人物)]
※二人芝居/トリプルキャスト編成
【堕落天使 : ヴァレンティノ役】
・RIKU (THE RAMPAGE from EXILE TRIBE)
・古谷大和
・鈴木勝吾
【天使 : ルカ役】
・鍵本 輝 (Lead)
・中村太郎
・石井一彰
[スタッフ]
日本版台本/演出:田尾下 哲
日本語翻訳 / 訳詞:安田佑子
音楽監督:宮﨑 誠
振付:石岡貢二郎(K-Dance Nexus)
歌唱指導 : 今泉りえ
アシスタントプロデューサー : 津幡未来
プロデューサー:石津美奈
エグゼクティブプロデューサー : 家村昌典
主催/企画/制作 : LDH JAPAN
公式HP:http://musical-tenshi.jp

取材:高浩美
構成協力:佐藤たかし