カルメンと言えば、ビゼー作曲のオペラ「カルメン」が有名であるが、原作は意外なほど知られてはいない。このミュージカル「ロマーレ」はカルメンの、あの物語であるには違いないが、原作を丹念に読み解き、そこにオリジナルな解釈を加えた、ある意味、新しいカルメンの物語である。
荒野を吹きすさぶ風の音、ギターとヴォーカル、風の音はだんだんと大きくなり、これから始まるストーリーを予感させるような不穏な旋律、そして幕開き、ロマと思われる一群が舞台を横切る、駆ける、太鼓の音が鳴り響く、それからロマの説明が入る、1人の男が語る、モノローグ、「ロマとして生き、ロマとして死ぬ……敬意を込めてロマと呼ぶ」と。副題は“ロマを生き抜いた女カルメン”、ここに注目。
舞台中央に現れたのは妖艶な女性、そう、この物語の主人公・カルメン(花總まり)、フラメンコを踊る、太鼓の音が鳴り響く、激しくもメランコリックな旋律、ここで観客は「ロマーレ」の世界に入っていく。ロマとしての誇りを高らかに歌い上げる。
場面は変わり、先程の1人の男がある老人(団 時朗)を呼び止める。「待ってくれ、尋ねたいことがあるんだ」と。彼の名はジャン(福井晶一)、フランスから来た人類学者だと言う。およそ50年前のことを調べているといい、さらに「カルメンの話が聞きたい」と。さらに「ロマだからふしだらだと、それをどうにかしたい」と言う。ミュージカルナンバーに乗せて、その想いを歌う、老人は「やめとけ」と言いつつも、「50年も前の事だ」と言う……。
舞台は50年前と50年後をいったりきたり、の構成。ホセはある日、暴漢に襲われる。戦い、思いがけずその暴漢を殺してしまったホセ。動揺しながら歌う「こんなつもりじゃなかった」と。いわゆる“正当防衛”だが、現代のような法律はなく、ホセは逃亡するしかなかった。真面目な性格のホセは人生のリセットをするべく軍隊に入り、生真面目に勤務。それなりの信頼を勝ち得て、順調に見えた“リセット人生”、ところが、ある女性に魅了され、そこからホセの“転落人生”の幕が切って落とされる。
ストーリーのアウトラインは、確かに、あの有名な「カルメン」には違いないのだが、オリジナルな設定、解釈でカルメンやホセ、彼らを取り巻く時代や考え方、差別的な発想等がクローズアップされる。カルメンは魅力的な女性、そんな彼女に心奪われるのは、無論ホセだけではない。ホセの軍隊仲間はカルメンが勤める工場の前に集まり、カルメンが出て来るや否や、彼女を取り囲む。カルメンはさながらアイドルだが、気前のいい顔はしない。男たちは「ロマのくせに」と捨て台詞。カルメンはホセに近づき、彼の十字架を見て「その首飾りをあたいにちょうだい!」「これは俺の信仰の証だ!」ホセは敬虔なクリスチャン、ロマであるカルメンとは相容れない。そして工場内で喧嘩、カルメンはスニーガ(伊礼彼方)に捕まり、ホセによって牢屋に連行されるが……。
ここからホセの本格的な転落が始まる。彼の身に起こることが全てマイナスに作用する。カルメンを愛するあまり、独占欲も強くなっていく。しかし、カルメンには夫がいた。その名はガルシア(KENTARO)、その風貌だけでも強そうでロマの仲間達を統率する。あらゆる手段を使って生き抜こうとするガルシア達。ロマ故に差別されてきたが、それでも生き抜いてきた、そんな強さと誇りを感じる人々だ。その中ではホセは異質な存在、それでもカルメンのそばに居られればいいと思うが、その幸せは泡沫の夢にすぎない。イギリス貴族のローレンス(太田基裕)は上品で富と名声がある人物、カルメンは彼に近づく、金の為に。ハイソなローレンスにとってカルメンのような女性は新鮮、心惹かれてしまう。言ってしまえばカルメンは「モテまくり」状態、そんな状況をホセは当然快く思っているはずもなく、惨劇は起こるべくして起こる。
破滅的で狂気的なホセの愛、ロマとしての誇りを持ち、自由なカルメン、その2つの魂はぶつかり合い、すれ違い、大きな溝が生まれていく。ホセのバックボーンは孤独で、しかも勤勉な性格、原作ではバスク人でスペインでは少数民族である。カルメンは言う迄も無くロマ、スペインにとっては異邦人だ。また学者のジャンは原作でもフランス人、こういった設定が物語に奥行きを与え、民族、文化、宗教等の問題を提示する。
カルメンとホセ、ガルシアやローレンスがどうなったのかは野暮というもの。しかし、ラスト近く、衝撃の事実が明かされるが、愛を感じることが出来て心憎い。
花總まりは宝塚在籍時代、謝珠栄の「激情」(1999年)で奔放なカルメンを演じていたが、年月を重ねた分、キャラクターを深く掘り下げた役作り、単なる妖艶で男を惑わす女性にとどまらず、1人の人間としての生き様も表現する。ホセ役の松下優也は生真面目故に負のスパイラルに陥るキャラクターを創り、観客の涙を誘う。伊礼彼方は下品で性格の悪そうなスニーガを好演、KENTARO演じるガルシアは、もう見た目がヤバそう。ローレンス演じる太田基裕は品が良い裕福な、それでいて“上から目線”的な貴族を演じ、アクセントに。団時朗の謎だらけの老人にフランス人らしい洗練された雰囲気の福井晶一演じるジャン、こういった“キャラ立ち”した人物設定は、ストーリーやテーマをわかりやすくする“装置”。
民族的な旋律を幾重にも工夫し、場面を盛り上げる。スキルの高いアンサンブル陣のダンス、フラメンコの本格的な振付、シンプルなセット、凝った照明、流石のスタッフ陣。演出・振付の謝 珠栄は「激情」(1999年)、「Calli〜炎の女カルメン」 (2008年)とメリメ原作の「カルメン」を基にした作品を過去2度発表しており、これが3作目。脚本・作詞に高橋知伽江を迎え、こういった重いテーマを更に言葉に深みを加えて見応えのある、充実したものに。オペラ「カルメン」は派手な闘牛士・エスカミーリョとホセの許嫁・ミカエラを登場させて恋愛軸を強調させ、キャッチーな音楽で世界を魅了させたが、こちらの方は人類が、世界が抱えている問題を際立たせて、陰影のある作品に。いずれにしても“コンテンツ”の底力があれば何百年経っても生き残れる。
【公演データ】
ミュージカル『Romale(ロマーレ)~ロマを生き抜いた女 カルメン~』
演出・振付:謝 珠栄
台本・作詞:高橋知伽江
原作:小手伸也
音楽監督・作曲:玉麻尚一
作曲:斉藤恒芳
出演:
花總まり/松下優也/伊礼彼方/KENTARO/太田基裕/福井晶一/団時朗
一洸/神谷直樹/千田真司/中塚皓平/宮垣祐也
<東京公演>
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
日程:2018/3/23(金)~2018/4/8(日)
アフタートークショー
・3月29日(木))13:30公演終了後 登壇者/花總まり 松下優也
・3月30日(金)13:30公演終了後 登壇者/松下優也 伊礼彼方 KENTARO 太田基裕
<大阪公演>
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
日時:2018/4/11(水)~2018/4/21(土)
アフタートークショー
・4月12日(木)13:00公演終了後 登壇者/松下優也 伊礼彼方 KENTARO 太田基裕
・4月13日(金)13:00公演終了後 登壇者/花總まり 松下優也
公式サイト:http://www.umegei.com/schedule/666
文:Hiromi Koh