舞台「雲のむこう、約束の場所」 脚本 モトイキ シゲキさんインタビュー

 

映画「君の名は。」で、いま世界から注目を集めるアニメーション作家・監督、新海誠。彼の初長編アニメーション作品「雲のむこう、約束の場所」が初舞台化、2018年4月20日より上演される。

彼の作品は「新海ワールド」とも称される風景描写の緻密さ・美しさが、リリカルな映像表現と相まって独特の世界観を生み出している。

その繊細なガラス細工のような映像世界と世界観を生身の人間が演じる舞台化するにあたって、どういったことを考察し作品へと組み上げていったのか、同作品の脚本を手掛ける作家モトイキ シゲキさんにインタビューの機会をいただいた。

 

――今日はよろしくお願いします。早速なんですが、今回、新海誠さん原作の「雲のむこう、約束の場所」を舞台化するきっかけというのは?

モトイキ シゲキさん(以下、モトイキ):「雲のむこう、約束の場所」は、2004年に新海さんの長編第1作目として劇場で上映されたんですが、僕はその前に「彼女と彼女の猫」という短編作品を見て、面白い作品だなぁ面白い作家さんだなぁと思っていたんです。

僕も仕事柄いろんな作家さんとお付き合いがあるんですが、新海さんがどういう方かというのは全然知らなくて。たまたま彼の奥さんが役者をやられてたり、お子さんは子役をやったり、というのを少し知ってたぐらいでした。それで「雲のむこう、約束の場所」も、たまたまあるきっかけで「見たらどう?」と言われて見たんですよ。

作品を見た後に、脚本について新海さんとお話しし、もう少し脚本を詰める必要があると考えました。あの作品は、子供たちだけの世界観で描きたかった、そのための作品上の「枷」として、南北で生き別れた大人たちの話などを作り上げたんです。

ちょうどその当時、日本でもヒットしてた映画が「シュリ」と「JSA」なんですよ。韓国で大ヒットしてて、日本に入ってきた。ちょうどその時期ぐらいに僕は「パッチギ」とか「チャングムの誓い」の舞台化をやっていたのもあって、このネタ自体に興味を持って、「ああ、こういう作品を作れる作家さんがいるんだ」っていうのが彼と彼の作品への興味の元でした。

だからアニメがどうこうというよりは新海誠の作品のテイストが非常に好きになって、それから新作が出るたびに見ていたんです。

一方で僕は、富野監督や宮崎監督、鈴木プロデューサーといったアニメ界の色々な方ともお付き合いがあって、昔から話していたんですが、舞台などでエンターテイメントとして上演できるものをこれから日本の場合はやらなきゃいけないなという思いもあって、どうしても「雲のむこう、約束の場所」を舞台化したいと思ったんです。

――モトイキさんは過去に、漫画原作の舞台化として手塚治虫さん原作の3つのファウストを原作にしたミュージカル『ファウスト~愛の剣士たち~』の演出を手掛けられていましたが、漫画作品の舞台化とアニメーション作品の舞台化の手触りの違いのようなことは感じましたか?

モトイキ:手塚治虫さんとは、晩年にテレビの企画がもとで知り合ったんです。手塚さんから、いまこの作品を描いてるとか、こういうエンタメ展開は日本人はなかなかやらないけどやってみたいよねっていうような話を聞いていて、僕ができる限りの事は何らかの形で色々やっていきたいと思いますって言ってたんです。だけど、その後亡くなられて、最近まで手塚作品を実写でやったりとか舞台でやるとかできなかったんですね。でも色々な出会いやきっかけがあって、若い子が出演できるいい企画ないですかねっていう話が出たときに、こういうのだったらっていうのがあって提案したんです。

まず、手塚さんの完結してない3作品を舞台でやりたいなという思いがありました。「グリンゴ」と「ネオ・ファウスト」と「ルードウィヒ・B」です。この3つのなかで「ネオ・ファウスト」を一番わかりやすく舞台作品として作れたら良いんじゃないかなと思い舞台化しました。

これまでにも、ドラマなどで原作のある作品をやったりしてきましたが、これからどんどんどんどん世界に日本の世界観を打ち出していこうというと骨太のしっかりしたドラマをやりたいとなって原作を探したときに、小説よりも手塚治虫さんとか永井豪さんとかいろんな漫画家さんが昔から描かれてた作品があうのではないかと思ったんです。

そうやって手塚さんの作品の舞台化を手がけた経験や、新海作品への思いもあって、今回新海誠さんにお話ししてお声掛けしたんです。

当時はまだ一般の人には新海誠の認識度が高くなかった時期で、だけど多くの方が新海誠を発見したというのは、この時期なんで、その時「雲のむこう、約束の場所」をやる意味もあるなぁと思って、お話ししたんですよ。そうしたら「モトイキさんぐらいのもんですね、この作品をやりたいって言ってくるのは」と言われました。誰もこの作品をやりたいと声をかけなかったらしい。ほかの作品、「秒速5センチメートル」とか「ほしのこえ」とかはあったそうで、実際「ほしのこえ」は朗読劇風にやったりしてます。でも「雲のむこう、約束の場所」に関しては、どうしたら舞台化できるんだろうということもありますし、この作品は当時公開されたときにも言われてましたが、話として完結しているわけじゃないんです。最後、何がどうなったのかっていうのも全然わからない状況で終わっている。

――見せないままポンとラストシーンを出して終わってしまう感じですね。

モトイキ:そうですそうです。小説版もその後に書かれて、出たときに読んでみたんですが、ラストなんかは原作の意図と小説の意図が全然違う感じでしたね。新海さんは映画を作った時に、子供たちの青春期のあどけない憧れというか憧憬みたいなものとプラス映像の世界観と郷愁で作品をまとめたいという思いがあったことも、彼から聞いて知ってました。それだったら僕は、その部分のスピンオフストーリーとして大人たちの話を盛り込むことにしたんです。

――私が以前から思っているのは、新海誠さんは、作品にテーマ優先とトーン優先というものがあるとすると、トーン優先の作品を作る方だと思ってるんです。今回の「雲のむこう、約束の場所」も非常にリリカルで、思春期の香りがするような内容だと。いわゆる共感性を求める作品であってそこで理解をしてもらって「ああ、そういうことなんだ」ということとかカタルシスを求めるというよりは、、、

モトイキ:そうですね。世界観を求めるっていう形ですね。

――だから今回舞台化するにあたって、そういった部分をどれぐらい残してどのような作品に仕上げるか、というのは大変な所があったかと思うんですが?

モトイキ:そのことで言うと、今回、演出家を若い方にやってもらってます、僕が脚本をやってますから客観視できるようにしたんですよ。

――バランスをとるような感じですかね

モトイキ:どうしても作・演出でやると、自分の世界観を入れてしまったりしがちですから。でもそうすると新海さんの世界観というのと違うところに行ってしまうわけです。

新海さんの世界観は、彼と最初に話し合って、ここだけはお願いしますねってポイントもふくめて確認と整理をしました。世界観があれば、子供たちだけを描く分には全然問題ないんです。だけど、舞台だと大人たちのそういう時代背景みたいなものも描かないと生身の人間が演じるのは難しい、ということで新海さんにご相談しました。

もともと話の背景の中に、レジスタンスの岡部には生き別れの奥さんがいると書いてあったので、そこだけをチョイスして女性が北海道(エゾ)から帰ってくる、それも理由があって帰ってくるという形がいいだろうと。それから富澤を女性にしたのは、奥さんが帰ってくるとドラマ上、男同士の友達の組み合わせで、浩紀と拓也が男同士の同級生友達で、岡部と富澤が男同士で友情もあったりするから連鎖するんですよ、元々は。ところがこの奥さんが帰ってくることによって、富澤が男性だとバランスが重たくなるし、逆の視点で言うと、夫婦の話になってしまう。それよりこのお話の中でどう少年たちの物語の背景として大人たちを描くか、というためには女性のほうがいいよねというので、新海さんにご相談しました。

それと子供時代を回想風にけっこう長く描きました。そうなってくると3人の子供たちは、実写映像でやることだったら効果とかで問題なく作れるんでしょうけど、舞台で生身で転換する中で、子供時代のあの憧憬をよりよく見せるために子役を最初に使って、モノローグみたいな形で語るのがいいんじゃないかなど、新海さんご本人とも相談しました。僕も作家なので、基本的にはあまり理屈に合わないことは描きたくないんです。真景でないものをとりつくろって出すとか、そういうのは苦手というか嫌なんですよ。だから彼と、「こういうかたちでいいですか」「こういう部分だけ守っていただいたらけっこうですよ」っていうやり取りがあって、3人のシーンは特別大人が入ってこないシーンにしてるんですよ。

――ファンタジックなシーンにしてるんですね。

モトイキ:舞台の演技や背景に関しても同じようなスタイルとして、かかわる大人はいますが、大人は大人の背景で描いて、子供たちは子供たちの背景で描くことで展開していくというようなやりかたをしています。

芝居と芝居を重ねることによって世界観を作っていくという形です。

――先ほど製本した台本を拝見させていただいて思ったんですけど、時代の流れがどうなってるかとか、何がいつ起きているとかといのがきっちり整理しなおして入れこまれていますね。この物語の中であるべき姿や流れを整理してこうなっているんだなと思ったんですが。

モトイキ:この作品に関しては新海さんご本人も言ってました、「枷」をかけているものはご都合でいろいろとありますし、時代背景も結構飛んでいたりします。映像ではこうした点をうまく表現されていますが・・・。

――その辺がアニメーションと生身でやる舞台の違いですね。

モトイキ:ナマの人間が動いて何かする以上、理屈が通っていないとお客さんがついてこられないんです。

それから、新海誠の世界観をつくるために、彼が書いた背景画とかも舞台で使わせてくれますか? っていうの含めてお願いしました。

通常、なかなかアニメの背景のために描かれたものは使わせてくれないんですけど、僕の言ってることも理解してもらって使わせてもらえることになりました。映像でそういう景色を作るのは簡単ですけど、それよりも、やっぱり実際に彼が描いた絵が背景に映されていくと、彼のファンタジーな世界観が残ったりしますしね。

――実写と実写を重ねることよりも、書割ではなくオリジナルの世界観を作った方の絵に重ねることによって、、、

モトイキ:それで、芝居をする。みたいな形にしたかったというのはあります。ただ、芝居する以上ドラマがないと、ご承知のように舞台では難しいので、役それぞれの「枷」をかけていけるようにした。

――役に「枷」をかけるようにした。たとえば富澤を女性にすることによって、1対2の緊張感をつくった、子供たちが男2女1なのを大人は女2男1の関係性の緊張感を?

モトイキ:そうです。関係性を逆にしたということですね。

――そこに緊張感を作ることによって、動きが出てくるというところはあると思いますね。

モトイキ:それで、そういう「枷」の部分のこともあるし、僕も脚本の第1稿をやったときに、色々まだまだ生煮え状態のところがあったので、色々演出家とも相談して、こうしてほしいああして欲しいっていうようなプランも組んで、整理したのが最終稿になった形ですね。それまで結構、話があっちいったり、こっちいったりするような形があったんですよ。でも、それをするとお客さんは付いていけないなと思いました。でも今回は、そこは、ディテールまできっちりして欲しいというのが彼(新海監督)からの願いでもありました。

――ディテールを積み上げることでリアリティを出して、シーンシーンと現象がぶつ切りになっても映像として成立させることはできますが、生身ではできないんで、舞台では辻褄を合わせる部分とトーンを作る部分をきっちり整理して演じてもらって、演じることで背景と合わせて現実感を作って、観客を納得させるということが大切になるわけですね。

モトイキ:そうです。いうならば、原作の内容が10あって、観客が12~3まで理解できるなら成立するわけです。その作品が新しく大きくなるようなドラマですよ。

――最後に、見に来られるお客様に一言。

モトイキ:この作品をご覧見ていただいて、自分の人生はどうだったのかとか、これからどう生きていったらいいのかなとか、ふと考えるきっかけになってくれたらいいなと思っています。ずいぶん長い間テレビ、舞台などたくさんの作品を作ってきましたが、毎回ご覧になった皆さんに何か持って帰ってほしいなと思うんです。見に来てもらってただ単に楽しかったっていうことより、このシーンはよかったよね、このシーンはまずかったよね、とかでもいいんですよ。

特に若い方々に見に来ていただいて、多少なりとも「見に来て良かったね」といっていただけると僕は幸せなので、何か一つ良いところとかいうのを感じ取れるような見方をしていただけると、ありがたいなと思いますね。

また、こうした舞台をきっかけに、将来ますます期待がもてる若い人たちが、どんどん巣立っていくのをみんなで応援していただきたいです。それは売れっ子のベテラン俳優たちもファンの皆さんも同じ気持ちだと思うので、ぜひみんなで出演者たちを応援してほしいです。

 

<モトイキ シゲキ   プロフィール>
演出家・脚本家・作家。
舞台演出・テレビドラマ脚本などを手がける。

探偵ナイトスクープ(構成作家)
NHK連続テレビ小説『カーネーション』(資料提供)
荒井修子原作・NHK土曜ドラマ『島の先生』(2013年)ノベライズ
音楽朗読劇「イキヌクキセキ-十年目の願い-」(脚本・演出)
舞台「コシノものがたり」(脚本・演出)など

 

 

<主な登場人物>

藤沢浩紀:辰巳雄大 (ふぉ〜ゆ〜)
本作の主人公。ムキになりやすいなど、少し子供っぽい性格。親友の拓也と一緒に飛行機(ヴェラシー ラ)を作っている。憧れていた佐由理と共に飛行機でユニオンの塔まで行こうと約束する。しかし佐由理が 突然転校したショックで、飛行機作りを辞めてしまう。その後、彼は一つの決断をする。それは、かっての約 束を守ることだった。

白川拓也:高田 翔 (ジャニーズJr.)
主人公浩紀の親友。浩紀とは対照的に、物理学に才があり、理性的な性格で、女子に人気がある。主 人公の浩紀と一緒に飛行機(ヴェラシーラ)を作っていた。浩紀が東京に行った後、岡部の紹介で青森 アーミーカレッジに研究員として参加し、「ユニオンの塔」の研究をしている。

沢渡佐由理:伊藤萌々香 (フェアリーズ)
本作のヒロイン。浩紀と拓也が密かに思いを寄せている同級生。性格は明るいが、どこか儚げな少女。 ヴァイオリンが弾ける。ヴェラシーラで「ユニオンの塔」まで飛ぶことを楽しみにしていたが、中学3年の夏に突 然、2人の前から姿を消す。

岡部智之:松澤一之
蝦夷製作所の社長。工場では米軍の下請けで、ミサイル等を組み立てている。飛行機の部品代稼ぎの ために、浩紀と拓也が彼のもとでアルバイトをしている。南北分断により、妻・芳江と別れている。富澤とは 同郷で、後輩としても慕っている。しかし、かっての妻がエゾから帰ってきて、大きく人生は変わる。

富澤常子:湖月わたる
*原作キャラクターの性別を変更しております。 青森アーミーカレッジの所長。「ユニオンの塔」の研究をしている。青森の出身で、東京に研究のため移り 住んでいたが、転勤で戻ってくる。同郷出身の先輩・岡部を慕い、思いを寄せ続けていた。しかし、南北 分断によって別れた岡部の妻・芳江が現れ、戸惑ってしまう。

岡部の妻 阿知良芳江:浅野温子
世界観を深めるために、新たな人物として登場します。 エゾ出身。南北分断で岡部とは生まれ故郷の違いで、生き別れてしまった。しかしある日、岡部と一緒に 暮らしたいと願い、エゾを離れ、国境を越えて会いに来る。幸せを感じていた日々だったが、冷戦を迎えて いた戦いが間もなく始まろうとした時でもあった。

 

<あらすじ>

津軽海峡をはさみ日本が南北に分断された、もうひとつの世界――。 引き裂かれた人々、占領されたエゾ(北海道)に高くそびえる謎の塔。 対岸の国境の地、青森に住む二人の少年、浩紀と拓也は、ヴェラシーラと名付けた飛行機を自作し、二人の憧れの少女、 佐由理と共に、塔まで飛ぼうと約束する。
しかし、佐由理の突然の転校により、約束は果たされないまま時が過ぎる。 やがて海峡間の摩擦は増大、塔の秘密が暴かれるにつれ、あの時の約束が一つの鍵となって、再び三人を結びつける。 あるべき「未来」を取り戻すため、彼らの想いを乗せた飛行機は、約束の地へ飛ぶことができるのか――。

 

 

【概要】

舞台「雲のむこう、約束の場所」

<東京公演>
日程: 2018年4月20日(金)~4月24日(火)
会場:東京国際フォーラム ホールC
<大阪公演>
日程:2018年5月2日(水)
会場:大阪府NHK大阪ホール

原作: 新海 誠「雲のむこう、約束の場所」
上演台本: モトイキ シゲキ
演出: 内藤裕子(演劇集団・円)
音楽: 鎌田雅人

出演:
辰巳雄大(ふぉ~ゆ~)
高田 翔(ジャニーズJr.)
伊藤萌々香(フェアリーズ)
松澤一之
湖月わたる
浅野温子 ほか

主催・企画・製作:
舞台「雲のむこう、約束の場所」製作実行委員会
(エイベックス・エンタテインメント/プロデュースNOTE/サンライズプロモーション東京)
協力: コミックス・ウェーブ・フィルム
制作協力: オレガ

公式WEB:http://www.kumonomukou-stage.com

 

文:菖蒲剛智