新型コロナウイルス感染症の蔓延で、演劇は無論、すべてのエンタメ、そしてすべての業種が大きなダメージを受けた。そして最大限「NO!!3密」を意識した上で、「キャスト・スタッフらに活動の場を作りたい!」「舞台に立つキャストの姿をお客様に観てもらいたい!」という想いから実現した、講談社とOffice ENDLESSの共同プロジェクト、「ひとりしばい」。稽古はオンラインミーティングアプリ「Zoom」なども活用し、観劇は配信課金システム「ファン⇄キャス」、会場は池袋に誕生したLIVEエンターテインメントの複合施設ビル「Mixalive TOKYO」(ミクサライブ東京)の「Hall Mixa」を使用。Office ENDLESS代表で様々なヒット作をプロデュースしてきた下浦貴敬さんに、コロナ禍のこと、演劇への思いを語っていただいた。
「役者として演じていることをお客様に観てほしかった」
――この状況(新型コロナウィルス関連の動き)になったのはだいたい2月くらいからでしたよね。いろんなイベントや舞台、コンサートが続々と中止になったことに対してどうお考えでしょうか。
下浦:みんなそうだと思うんですけど、はじめは「大変なことだな」と思いつつも、ここまでの状況になることを想像してなかったはずで、僕ももちろんそうでした。僕自身はちょうど最終稽古の最中だったんですがその公演の中止が決まって、「ああ、僕らはたまたま運が悪かったんだな。」と、それくらいの受け止め方で。それが1ヶ月過ぎて、2ヶ月過ぎて、やっぱり「今まで対面したことのない大変な状況なのかもしれない」というのが時間とともに感じられてきました。僕は大学から20年演劇に関わってきていますが、その中では勿論こんな経験はないですし、そもそも「演劇」と呼ばれる娯楽が生まれてからず〜っと続いてきて、戦時中でも上演されていたと聞くと、今の事態は本当に大変なことだな、と。でもそういうときだからこそ生まれてくるいろいろな意見や考えもあると思うんです。僕自身もいろいろ考えましたし、中にはホームページを作って参加者も募った上で、中止にした企画もありました。それくらい状況の変化が激しかったんですが、それでも何か役者やスタッフ、お客様のために僕らに何かできないか、と今も考え続けていますし、他の会社の皆さんもきっとそういう想いで、これからの演劇のために前向きに中止を選択されたのではないかと思います。
この「ひとりしばい」は講談社さんと共同で立ち上げた企画になります。こちらのMixalive TOKYOのグランドオープンが今年の3月19日で、この状況下のため予定していた公演全てが中止になってしまいました。オープンしてから一度もお客様が座っていない座席だけが存在する中で、こちらを活かした形でなにかできないかと考えた結果、この企画が生まれたんです。企画を立ち上げたころ、YoutubeだったりZoomだったり様々なプラットフォームで少しずつ役者が活動を再開し始めていましたが、僕はやっぱり舞台上で明かりを浴びて、音楽がかる中、メイクもして衣装も着て、役者が演じる姿をお客様に観てほしかった。画面の向こうのスタジオや自宅での姿もうれしいのかもしれませんが、役者は舞台に立ってこそ本職だという想いがありましたから。無観客で、でもステージの上で本格的にお芝居をやる。数日間ではあるもののスタッフとしての仕事にもなりますし、すべてが合致するのがこの企画「ひとりしばい」だなと考えたんです。企画が決まってからの動きはかなり駆け足だったのを覚えています。ちょうど第一回公演が終わった後は反響もよくいいスタートを切れたのではないかと思っています。
「今でしか描かれない世界というのもやっぱりあるんですよね」
――第一回を観させていただきました。いわゆるリモート演劇だと人数分で画面が区切られているのですが、それぞれいるところが自宅っぽい。それはそれでリアルさもあるし、面白いですが。今回の「ひとりしばい」は舞台を使っていてあらゆる角度のカメラから、長回しではあるのですがいろいろなカット割りで観られるところが「演劇と映画とドキュメンタリーの融合」のような、新しい表現がひょうたんからコマのようで面白いなと思いました。一種の没入感もあって不思議な感覚になります。
下浦:演劇って生で観てもらうものであり、ある意味ストレスを感じてもらうものなのかな、みたいに考えてて、限られた時間、限られた空間で、しかも「携帯電話切ってください」「飲食ご遠慮ください」と“制限”が多いんです。でもそのストレスを共有することにより、それが没入感につながっていくんだと思っています。携帯なりPCなり画面越しというのはその条件とは違うところだろうけど、劇場にいたときの感覚を思い出してほしいなということで、映像表現含めて「この表現であればどのように作るのか」ということを各演出家とこだわって話を進めて生まれたのが「ひとりしばい」なんです。もともとはここまで大変なカメラワークでやるつもりは正直なかったんです(笑)。演出家との作業の中で、講談社さんとも色々と話して「作り手が作りたいものを。プロデュース側はその手助けをします。」という考えで全員が一致したんです。参加してくれているスタッフは「お金云々」というより「面白いものを作りたい」ということに対して貪欲な人たちが集まっているので、「じゃあどのように作ろうか」とみんなで考えながらやっていったらこの形ができあがったんです。稽古だったりゲネプロだったりを観ていると本当に演劇、映画、ドキュメンタリーの要素が全部絡まってるぞと改めて感じましたし、出来上がったら本当にすごいものになるぞ、と確信が持てました。新しいジャンルといってもどのように名付ければいいのかわからないけれど、それこそ昔の生で撮影していたころのテレビドラマ撮影に近いよね、と。結局僕らが演劇にこだわっているという部分も、生の空間で、時間を共有するということはこの形でもできる。その分スタッフに苦労をかけてしまっていますが(笑)。だからカメラワークやスイッチングの部分もこだわってます。劇場入ってから「ここはこう撮りたい!」というのがスタッフからもすごく出てきて。それを計算しながら場当たりをするというのが普通の演劇ではありえないことですよね。新しい経験をさせていただいているな、と。
――昔、テレビ放送の創生期は、ドラマは生放送で収録ではない。セットも安上がりの施工で、時にはセットがその場で壊れることもあったり……当時テレビを見ている人にとってはそういうハプニングが面白かったようですね。この「ひとりしばい」も視聴者はリアルタイムで撮影している映像を視聴している。劇場にはいないけれど客席にいる気分を味わいつつドキュメンタリー映像を見ている感じです。
下浦:僕たちはリアルタイムで経験していないですが、そんな時代があったことは聞いています。それと同じようなものを今体験して、こんな興奮度だったのかなと。
――続けていくうちにカット割りも洗練されていくと思います。
下浦:今は(公演が)終わった直後だから高揚感もあるし、どこまでこだわって突き詰められるか、次の題材は何にしようかと考えたり……。このタイミングで作れたものでもあるので、今でしか描かれない世界というのもやっぱりあるんですよね。そういう偶然もたくさん詰まっていたと思います。そもそも客席で芝居をするとか、お客様が入ったらもうできないですから。この場所、この想いというのが各々あってできあがった作品です。それぞれの演出家さんが役者とともに、この状況をどう乗り越えてどう過ごしてきたのかとヒアリングしながら作り上げてきました。「舞台に賭ける」という作家としての思いだったり、それにシンパシーを得た役者だったりお客様だったり、なにか共通している想いが乗っているから、没入感につながっていったのだと思います。
「これを突き詰めていくという道筋も面白いなと思っています」
――それぞれの作品がオリジナルであり、作家さんの趣味趣向というか哲学のような、そういうものを感じます。作家一人ひとりが今の時代に対する捉え方が違うので、それぞれの作家さんが考えていることとか、それに呼応して俳優さんが演じることについて、そのリアルさも面白くて。改良点はあると思いますがこれも一つのジャンルのように思いました。
下浦:ある種、なかなか真似はできないだろうな、と。同じ演劇をやってきた人ならたいへんなことも理解していただけると思いますし。作り上げたのがこの形だったので、これを突き詰めていくという道筋も面白いなと思っています。徐々にお客さんがこの劇場の客席に座れるようになったら……久々に観る「演劇」はどのように映るのか……この大変な時を過ごしているからこそ、そこから上がっていく気持ちにつながっていくことは、僕らにしかできないので、どう描いていくのか、続けていくのかと思っていて。ラストシーンを観ながらそういう期待も(公演を)やりながら馳せていました。小澤さんは演出の中でライブ配信の特徴を活かして、お客様からのチャットを意図的に演技の中に取り入れました。それで劇の中盤ですが、小澤さんの自宅からの配信中だと思っていたら突然自宅の壁が崩壊して、実はそこがステージで“ここが僕の居場所だ!”と歌うシーンがあります。小澤さんはステージはあるのに客席に誰もいなくて“なにかがおかしい……いつものみんながいないじゃないか”と絶望するんです。物語はそのあとポジティブな内容に動いていくんですが、舞台上の小澤さんが絶望したその時、演出ではなくて、本当に自発的にお客様からのチャットで“ここにいるよ!”“客席にはいないけど魂は客席にある!”という内容のものが大量に投稿されたんです。劇場にいなくても時間と想いを共有してくれていたんです。チャットがタイムラインに大量に流れたときには本当に心が動かされました。芝居で心が動かされることは勿論あるんですけれど、まさか芝居の最中でお客様からのチャットの反応に感動するなんて……。客席にお客様が揃ってこその演劇だって僕らはそういう文化で育ってきましたが、この状況下でお客様を入れられないことにいろいろ思っていたんですけれど、違う発見もあるのかな、と思いました。
――演劇って本来は同じ場所で同じ時間を共有して、そこで生み出されるものに対してお客様が同時に喜怒哀楽を感じるというところが所以だったんですが、今回のようにその場にいなくてもリアルタイムで共有しているというところは、今までやってきたことと重なるのかもしれません。唯一はここに集まっていないということだけ。
下浦:これを引き続きやっていくということが道となるのかな、と思います。
――お客様からの感想コメントでも“舞台を観ている感覚になれた”と書いてありますね。個人的な意見としてはお客様が入った状態の舞台も観てみたいと思います。VRにしろARにしろ3Dにしろ、「これから」という技術がたくさん出てきていますし、新しいジャンルは伸び代がありそうです。そういったものを使った新しい方向もありなのではないかと……。
下浦:そうですね。何年か先の未来の企画も話が来ています。東京オリンピックはいったん延期という話になってしまいましたけれどインバウンドなどの企画もあるし、日本のエンターテインメントの底力を見せる場を先々作っていければいいなというところはあります。役者もみんな冬の期間がかなりありましたし……。
――荒牧さんや小澤さん、北村さんなど「ひとりしばい」に出演されている俳優さんたちも久しぶりに舞台に立ててテンションが違うなって感じました。
下浦:いつもと違いますよね。全然違うなって(笑)。役者にとっては、自分がどう見えているかが分からないですよね。そこの緊張感が良い方向に向かっている。俳優それぞれがいい意味で演出家に自分を委ねているようです。最初は「ひとりしばい」って出演者一人だから各々思うところはあったはず。一人で何でも背負わなくてはなりませんし。でも十人十色というか、それぞれの答え方で背負ってくれたなと。改めてスタッフに感謝とか、そういうところを普段以上に感じる部分もあったと思います。次の演目へバトンを渡すという意味では力がよりこもっていたように。それがお客様にも伝播しているんだろうなと。そういう意味でもやってよかったなと思いました。
――今回の「ひとりしばい」手応えのある芝居だったと思います。
下浦:未来の「ひとりしばい」もだし、今なかなか(芝居やイベントを)できないからということで、ふさわしい企画をもって役者やスタッフを助けられたらなって思っています。ネガティブになりがちな今だからこそ、一つ一つの部分で、ポジティブな方向でできるのが理想ですね。
――お話、ありがとうございます。もっと面白い企画を期待しています。
『ひとりしばい』荒牧慶彦・小澤廉・北村諒 Blu-ray 10月16日 発売決定! アフタートーク完全収録! ダイジェストMOVIE到着!
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<下浦貴教:プロフィール>
株式会社Office ENDLESS 代表取締役社長。
1996年、西田大輔を中心に結成されたAND ENDLESSの制作・企画部門としてOffice ENDLESSを設立。
公演の制作・企画の他に、役者の派遣、戯曲の出版、マンガやアニメの原作など、エンタテインメントに関する様々なプロデュースを行い、現在は自らがプロデュースを務める主催興行に加え、「ダイヤのA」TheLIVE、「幽☆遊☆白書」、「機動戦士ガンダム00 -破壊による覚醒-Re:(in)novation」「ニンジャバットマン ザ・ショー」など、コミック・アニメ原作作品のプロデュース、外部公演の制作業務も積極的に行っている。
<「ひとりしばい」概要>
タイトル:ひとりしばい vol.1 荒牧慶彦「断-DAN-」
公演日程:2020年6月27日(土)17:00~
出演:荒牧慶彦
作・演出:岡本貴也
タイトル:ひとりしばい vol.2 小澤 廉 「好きな場所」
公演日程:2020年6月28日(日)17:00~
出演:小澤廉
作・演出:川本 成
タイトル:ひとりしばい vol.3 北村 諒 「ひとりシャドウストライカー、またはセカンドトップ、 または、ラインブレイカー」
公演日:2020年7月4日(土)17:00~
出演:北村 諒
作・演出:西田大輔
タイトル:ひとりしばい vol.4 橋本翔平 「いまさらキスシーン」
公演日:2020年7月26日
出演:橋本翔平
作・演出:中屋敷法仁
タイトル:ひとりしばい vol.5 糸川耀士郎 「LA・LA・LA・LIBRARY」
公演日:2020年8月1日
出演:糸川耀士郎
作・演出:松崎史也
<もうすぐ公演!>
タイトル:ひとりしばい vol.6 大平峻也「 夏休みダヨ!『地球さんショー』」
公演日:2020年8月30日
出演:大平峻也
作・演出:川本 成
会場:Zoom
主催:舞台「ひとりしばい」製作委員会
企画・制作:講談社/Office ENDLESS
公式HP:http://officeendless.com/sp/hitorishibai
公式ツイッター: @hitoshiba2020 ハッシュタグ「#ひとしば」
(C)舞台「ひとりしばい」製作委員会
取材・文:高 浩美
構成協力:佐藤たかし