『吾輩は猫である』(わがはいはねこである)は、夏目漱石の長編小説であり、処女小説。1905年(明治38年)1月、『ホトトギス』に発表され、翌1906年(明治39年)8月まで継続。中学校の英語教師である珍野苦沙弥の家に飼われている猫である「吾輩」の視点から、珍野一家や、そこに集う彼の友人や門下の書生たち、「太平の逸民」(第二話、第三話)の人間模様が風刺的・戯作的に描かれている夏目漱石の代表作の一つ。この珍野苦沙弥は漱石自身がモデルで猫は漱石が37歳の時に迷い込んできた黒猫。1908年の9月13日に猫が死亡した際に親しい友人に猫の死亡通知を出し、猫の墓を立てたそうである。
この朗読劇、声優は4名で様々な役を演じる。27日、伊東健人、山崎はるか、笠間淳、中村繪里子で観劇。サブタイトルは”はじまりの漱石”、原作をベースに深作健太が構成・演出をする。時計の音、水の滴る音、時間になり、巨大な歯車の軋む音がせり上がり、舞台上が照明によって真っ赤になる。柱時計が鳴る、赤子が泣く。それから始まる。
有名な書き出し「我輩は猫である。名前はまだ、ない」、「ない」が「ニャい」に。原作の「我輩は猫である」に漱石や正岡子規などのエピソードをクロスさせているが、ここがサブタイトルの秘密。音楽と朗読と、そして照明を使って作品世界を広げていく。彼らが生きた時代、夏目漱石は1867年生まれ、ギリギリ江戸時代。日本が大きく変わっていく時代に生きていた。正岡子規も1867年生まれの同い年、結核になり、漱石がイギリス留学中に死去、34歳の若さであった。夏目漱石と正岡子規の友情と性格、二人は東大予備門の同窓生だった頃に出会っており、共通の趣味は落語。原作は落語をモチーフにした部分もあり、この朗読劇にも落語の話題が出てくる。また妻の鏡子、見合い結婚であったが、お嬢様育ちで家事ができない、寝坊する、漱石は朝食を取らずに出勤することもしばしば、それを彷彿とさせる場面も登場する。史実に基づいたリアルと小説の虚構をMIXさせ、夏目漱石、正岡子規、妻の夏目鏡子らの人間像が浮かんでくる。それを名前のない猫”我輩”の目線の言葉と語りで紡いでいく。この朗読劇も有名な書き出し「我輩は…」で始まるが、ラスト近く、「私は、両親の晩年に出来た、恥かきっ子である」と漱石が言う。これは「硝子戸の中」で「私は両親の晩年になつて出来た所謂末ツ子である。私を生んだ時、母はこんな年歯をして懐妊するのは面目ないと云つたとかいふ話が、今でも折々は繰り返されてゐる」という一節がある。名もない猫と恥かきっ子の自分、シンクロさせており、皮肉っぽいが同時に切なさも感じる。
また漱石らが生きていた明治時代、富国強兵、日清戦争に日露戦争、”我輩”が鼠を獲ろうと奮戦する下りは、この世相を彷彿とさせてくれる。そして原作のまま構成するのではなく、夏目漱石、正岡子規、夏目鏡子など実在の人物を登場させ、そこに”我輩”を絡ませているところが、この朗読劇の面白さ。声優陣の演技も相まって人物像にリアルさが増していく。また”我輩”をはじめとした猫たち。人間たちを批判しているところも面白く、原作でも猫たちは人間を批判している。ここが原作の面白さ、このシニカルで皮肉っぽい部分をしっかりと強調し、リアルさを交える。ラスト、”我輩”の顛末、原作を読めばわかることであるが、あっけなく、そして哲学的。劇中、ところどころで水の音がする、中央に透明の洗面器に入った水、その揺らめき、美しく、印象的。それから再び…。
今、日本は、いや世界が新型コロナウイルスの蔓延により、マスクの着用、手洗い、消毒が必須となっているが、漱石が生きた時代は、ペスト、コレラ、結核などが蔓延、抗生物質などもなく、治療法も現代のようなレベルにはまだまだ、程遠い。ノスタルジックな雰囲気で語られることもある明治時代であるが、漱石の小説から透けて見えるのは、いろんな意味において生きにくい時代であったことは想像に難くない。それを直球で表現するのではなく”猫”が語る。これが当時の人々に受け入れられた、共感を得たということ。そして小説の普遍性、そんなことを想像しながら観る、聴く朗読劇。4人で猫になったり人間になったりと八面六臂の活躍、様々なアニメ作品で多様なキャラクターを演じ分けている声優陣の芸達者ぶりも堪能できる贅沢な1時間40分強。いろんな組み合わせで上演するので、そのコンビネーションも楽しみだ。
また、今後も様々な朗読劇が予定されている。声で紡ぐ物語に豪華な装置は要らない。
[今後の公演]
<朗読劇 流離う魂-小泉八雲の世界->
日程・会場:2020年12月22日〜27日 紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA
作・演出:藤井清美
<朗読で描くミステリーシリーズ シャーロック・ホームズ〜特別なあのひと〜>
日程・会場:2021年1月5日〜11日
上演台本・演出:土城温美
<音楽朗読劇 モンテ・クリスト伯>
日程・会場:
2021年1月23、24日 神奈川県立青少年センター 紅葉坂ホール
2021年2月20、21日 大阪・新歌舞伎座
<概要>
タイトル:声のプロフェッショナルが奏でる日本文学 「吾輩は猫である-はじまりの漱石-」
作:夏目漱石
構成・演出:深作健太
期間:2020年10月27日(火)~11月1日(日) 全9公演
会場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
出演:各公演4名ずつ出演(回替わり)
【10月 27日(火)19:00】
夏目金之助、主人 ほか:伊東健人 猫 ほか:山崎はるか
正岡子規、迷亭 ほか:笠間淳 奥さん、寒月 ほか:中村繪里子
【10月 28日(水)13:00】
夏目金之助、主人 ほか:狩野翔 猫 ほか:吉岡茉祐
正岡子規、迷亭 ほか:三宅健太 奥さん、寒月 ほか:工藤晴香
【10月 29日(木)13:00】
夏目金之助、主人 ほか:関俊彦 猫 ほか:安野希世乃
正岡子規、迷亭 ほか:汐谷文康 奥さん、寒月 ほか:青山吉能
【10月 29日(木)19:00】
夏目金之助、主人 ほか:関俊彦 猫 ほか:安野希世乃
正岡子規、迷亭 ほか:西山宏太朗 奥さん、寒月 ほか:大坪由佳
【10月 30日(金)19:00】
夏目金之助、主人 ほか:高塚智人 猫 ほか:安済知佳
正岡子規、迷亭 ほか:神尾晋一郎 奥さん、寒月 ほか:茅原実里
【10月 31日(土)13:00】
夏目金之助、主人 ほか:中島ヨシキ 猫 ほか:加藤英美里
正岡子規、迷亭 ほか:逢坂良太 奥さん、寒月 ほか:徳井青空
【10月 31日(土)19:00】
夏目金之助、主人 ほか:駒田航 猫 ほか:加藤英美里
正岡子規、迷亭 ほか:逢坂良太 奥さん、寒月 ほか:徳井青空
【11月 1日(日)12:30】
夏目金之助、主人 ほか:緑川光 猫 ほか:田中美海
正岡子規、迷亭 ほか:神尾晋一郎 奥さん、寒月 ほか:井澤詩織
【11月 1日(日)18:00】
夏目金之助、主人 ほか:神尾晋一郎 猫 ほか:田中美海
正岡子規、迷亭 ほか:石谷春貴 奥さん、寒月 ほか:井澤詩織
料金:【前売り】全席指定 7,000 円(税込)
主催・企画・制作:ぴあ株式会社/株式会社 MA パブリッシング/株式会社ステラキャスティング
公式 HP:https://waganeko.rodokugeki.jp/
公式 Twitter:@voice_reading
撮影:阿部章仁
取材・文:高 浩美