新国立劇場 藤倉大新作オペラ『アルマゲドンの夢』この世界はどこに向かっているのか。

藤倉大待望の新作オペラ!ポピュリズムが世界を覆う今、すぐそこに迫る脅威をスリリングに描く衝撃作オペラ『アルマゲドンの夢』が11月15日開幕。

新時代の旗手として世界で最も旺盛に作曲活動を展開している作曲家・藤倉大の新作オペラ。 藤倉がフルオーケストラと合唱を伴うオペラを作曲するのは、今回が初めて。 世界の音楽ファン待望の藤倉大の新作オペラ、彼が選んだ題材は、 20世紀初頭のH.G.ウェルズのSF短編『アルマゲドンの夢』(邦題『世界最終戦争の夢』東京創元社より9月復刊)。
藤倉と長年協働しているハリー・ロスが台本(英語)を手がけ、 藤倉らしい大胆な発想でオペラ化。 時空を自在に行き来しながら、 忍び寄る全体主義と科学技術の発展がもたらす大量殺戮への不安を鋭くも描いた原作を脚色、 ポピュリズムが世界を覆う今日、現代を生きる我々のそばにある脅威をスリリングに描き出す。
演出は、近年ドイツを中心に欧米の観客の熱烈な支持を受け、2018年のザルツブルク音楽祭『魔笛』で一躍世界の話題の的となった女性演出家リディア・シュタイアー。 指揮は大野和士芸術監督自らがあたる。

不穏な空気感を孕んだ幕開き。紗幕の映像、主人公がベッドで苦しそうにもがいているのが、大きく映し出される。通勤電車、主人公・クーパーは夢の中で撃ち殺されたという。夢の中の未来は暗く、恐ろしい。しかし、クーパーの日常は特になんの変哲もない。新婚早々で、妻・ベラとの生活を謳歌している。愛し合う、「こうして私たちは朝を迎える」と。しかし、その幸せと日常はほんの束の間のこと。激しい音楽が響き渡る。

映像と音楽と芝居と歌、全身白いSF的な衣装の群衆、これが不気味な空気を孕んでいる。戦争が始まると歌う。男性、名はクーパー、どこにでもいそうな平凡な人物。妻のベラ、美しく聡明、この世界があらぬ方向に向かっているのをいち早く察知する。この2人を中心に物語は進んでいく。ジョンソンはいつの間にか世界を支配・独占。その姿は威圧的だが、どこか可笑し味をたたえている。若く不愉快なキャラ、フォートナム、扇動者として登場するインスペクター、冷笑者、少年、兵士、これらのキャラクター、ちょっと変わったキャラのようにも感じるが、どこかにいそうな感じ。
アルマゲドン、ハルマゲドンとも言うが、メギドの丘の意味のヘブライ語に由来するギリシャ語で終末的な戦争が行われる場所。転じて世界の命運を左右する最終戦争の意味である。「ヨハネ黙示録」16章16節では「汚れた霊どもは、ヘブライ語で『ハルマゲドン』とよばれる所に王たちを集めた」と書かれている。

藤倉大の楽曲、前衛的な舞台、映像が時折、いわゆる戦争の資料映像が流れるが、楽曲との相乗効果でにわかにドキュメンタリー性と生々しさでぐっと迫ってくる。紗幕の後ろのコロスが透けて見える時は、それが渾然一体となって一つの”絵”となり、不気味さが大きくなっていく。 奇しくも世界を震撼させた新型ウイルスの脅威の下にある今日、この先は何が起こるのだろうか、とふと現実のことが頭をよぎる。コロスが銃を構える、飛行機の音など、いわゆる”戦争の音”、幸い、今の日本人のほとんどが、リアルな戦争の音は聞いたことがないが、これを見ていると、この今の世界情勢を見ていると、何かが起きるのではないか、と思ったりもする。聡明なベラ、この危機に毅然と立ち向かおうとするが、凡庸で怖いことは嫌いなクーパーはベラをなだめ、説得する。が、意志の強いベラが応じるはずもなく、悲劇が訪れる。効果音、楽曲、歌、コーラス、これらが、大きなうねりとなって観客に迫る。この世界はどこに向かっていくのか、大きな力を持つアメリカ合衆国の大統領選挙もあったばかり、その動向は世界中が注目した。

そんな中での、この『アルマゲドンの夢』、ラストの通勤電車、通勤客が倒れている。主人公が入ってくる、ワゴンを押す少年。世界は簡単にあらぬ方向へ進んでいく。ほとんどの人々はクーパーのごとくに平凡な毎日を送っている。衝撃的な展開、ビジュアル、我々の世界はどこに向かっているのか、恐ろしさと不安、これは夢なのか、現実なのか、混沌としているようにも感じる。最後に少年のボーイソプラノが響き渡る。深淵で哲学的、ラストの言葉は「アーメン」。「まことにその通り」「たしかにそのようでありますように」という意味のヘブライ語である。世界初演『アルマゲドンの夢』、2020年だからこそ、の作品と言えるであろう。

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世界が注目、藤倉大待望の新作オペラ! ポピュリズムが世界を覆う今日、すぐそこに迫る脅威をスリリングに描く衝撃作『アルマゲドンの夢』11月15日より上演

<オペラ『アルマゲドンの夢』あらすじ>
大都市へ向かう通勤電車の中。若い税理士フォートナムは見知らぬ男クーパーに、その本は夢についての本かと問われる。訝しむフォートナム。クーパーは、夢と現実が入り混じることはないか、自分は夢の中で殺された、別の時間に生きていたのだと畳みかける。 クーパーは美しく聡明な妻ベラと新婚生活を送っていた。ダンスホールへ現れたインスペクターの扇動で、若者たちは戦争への恐怖を煽られ、ジョンソン率いる一派にあっけなく取り込まれてしまう。敢然と立ち向かおうとするベラ。なだめるクーパーを、ベラは自由を求め戦おうと必死で説得する。やがて巨大な飛行機や戦艦が近づき、興奮が渦巻く中、爆撃が始まる。ベラが撃たれ、クーパーの腕の中で息絶える。

<公演概要>
日程・会場:
2020年11月15日(日)14:00 オペラパレス
2020年11月18日(水)19:00 オペラパレス
2020年11月21日(土)14:00 オペラパレス
2020年11月23日(月・祝)14:00 オペラパレス
台本:ハリー・ロス(H.G.ウェルズの同名小説による)
作曲:藤倉大
指揮:大野和士
演出:リディア・シュタイアー
美術:バルバラ・エーネス
衣裳:ウルズラ・クドルナ
照明:オラフ・フレーゼ
映像:クリストファー・コンデク
ドラマトゥルク:マウリス・レンハルト
[出演]
クーパー・ヒードン:ピーター・タンジッツ
フォートナム・ロスコー/ジョンソン・イーヴシャム:セス・カリコ
ベラ・ロッジ:アジェシカ・アゾーディ
インスペクター:加納悦子
歌手/裏切り者:望月哲也
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

公演情報WEBサイト:https://www.nntt.jac.go.jp/opera/armageddon/

撮影:寺司正彦
提供:新国立劇場
文:高 浩美