《インタビュー》日本オペラ協会公演『キジムナー時を翔ける』 協会総監督 郡愛子

100%オリジナルオペラが現在、注目されている。2020年に、あの名作コミック『ガラスの仮面』に登場する『紅天女』がオペラ化され、大きな話題を呼んだ。そして今年2021年は『キジムナー時を翔ける』、キジムナーとはガジュマルの木で暮らす精霊で、沖縄県民なら誰もが知っている存在。かつてはアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』に登場し、近年はディズニー映画の『スティッチ』にも。この『キジムナー時を翔ける』、初演は1992年、作曲家である中村透の代表作。沖縄の方言を取り入れた台本に沖縄特有の楽器を編成に加え、沖縄独特の音楽話法も活かして作曲されている。このオペラの誕生の経緯や今回、この作品を上演することの意義や見どころを総監督の郡愛子さんにお伺いした。

郡:昨年は『紅天女』にたくさんの若いお客様にいらしていただきました。オペラっていいものなんだねって思ってもらえて…これでまた広がるなと思いました。

――『紅天女』は、『ガラスの仮面』作中の架空の戯曲ですが、今回は全くのオリジナル作品ですね。

郡:作曲家の中村透さんの代表作がこの『キジムナー時を翔ける』ですが、中村先生が一昨年急逝なさったんです。追悼という意味もございますが、中村先生は日本の創作オペラ、すなわち日本語での日本のオペラを作ってきた方ですし若い方たちにもそういった作品をたくさん作ってくださらないと…それを繰り返しやっていかなくては創作オペラは途絶えてしまうと考えていらっしゃったんです。日本の創作オペラをたいへん愛してらっしゃる方だったので。文化庁の日本の創作オペラを作る人材育成事業というものが立ち上がり昭和音楽大学とともにやってきました。私もそこではファシリテーターという形で参加しました。中村先生が「若い方たちのために」と、執行役としてご尽力なされていたところを……急逝されてしまったんです。中村先生は北海道出身の方ですが、沖縄の自然や人柄にほれ込んで移住なさっていて。そこで沖縄で若い方たちに対するワークショップを行っていたそうです。なので日本オペラ協会も作品を何度もやらせていただきましたし『キジムナー時を翔ける』も三回目になります。そういう関係もございまして、中村先生の代表作をということで決めたんですが、それが偶然にも『紅天女』の内容と共通点が多い。どちらも樹木の精霊がテーマで、自然を破壊してはいけないという訴えがある作品なんです。なので『紅天女』が成功を収めた今だからこそやるべくしてやる時がきたな、と。

――キジムナーは沖縄では人気がありますね。

郡:沖縄ではとてもポピュラーで、見たことがあると話す人もいるくらいなのだそうですよ。しかもすごく多いらしくて。妖精なので、いい印象を持つ人にはとても善良ですが悪いことをする人には……という存在です。結局、沖縄を都市開発していこうというときに賛成派と反対派がいたということがあって、ちょうどそこを切り取ったのが『キジムナー時を翔ける』なんです。ストーリーとしては、キジムナーの一柱のカルカリナ、これは中村先生の創作で名づけられましたが、このカルカリナが純粋な少年と交わったり、出会った賛成派の青年に時空を超えて沖縄のあるべき姿を見せたり……『紅天女』にとっても似ていますし、自然を守り、争いをなくしていこう、というのは普遍的なテーマでもありますよね。

――今は環境問題に注目が集まってもいますよね。沖縄のサンゴ礁の死骸化はじめ世界的な問題でもあります。

郡:そうですよね。これは世界規模のお話なんです。伝説ではキジムナーはガジュマルの木の下に住んでいるそうなんですが、沖縄旅行に来る若い人たちにはパワースポットと言われるそうですよ。私も『キジムナー時を翔ける』のために沖縄に足を踏み入れています。今回演出してくださっている粟國淳さんも沖縄の血を引いていらっしゃる方で。そのお父様が私の恩師でもあります。それもあってか、粟國さんは日本の創作オペラは初めてだけれど挑戦してみたいと言ってくださったんです。指揮は星出豊さん。大御所中の大御所ですし『キジムナー時を翔ける』も何度も振ってくださっているんです。今だからこそこの作品をもう一度振りたいと話してくださいました。指揮者も演出家も、超一流が揃ったというところでしょうか。皆さん、たいへんな熱の入れようです。また、今回はソプラノの砂川涼子さんに出演をお願いしていたしました。日本を代表するソプラノですから出ていただけるか不安でしたが、砂川さんは沖縄の出身だということで快く承諾してくださいました。セリフに沖縄の言葉もありますし、完璧です。そして、A組のカルカリナ役がソプラノの砂川さんなのに対してB組は配役がガラリと変わってテノールの中鉢聡さんです。全く衣裳から芝居からセリフ回しから違うものを作りますので個性的です。砂川さんはソプラノですから可愛らしい妖精のイメージ。だけれどもしっかりとした意思を、沖縄を守ろうという芯の強さがあります。中鉢さんの方はセリフでも思い切ってキャラクターを自由に作っているんですね。そしてその他の配役であっても沖縄出身の方にたくさん声をかけさせていただきました。とっても重要な役どころである「オバア」の役には森山京子さんを、石垣島出身の方ですね。この役を得意とされている方で、お稽古の時から素晴らしいんです。セリフももちろんネイティブです。歌わない役どころですが「パキュロ」というもう一柱のキジムナーには劇団ひまわりの女優さんがこれも素晴らしく沖縄ことばのセリフで演技してくださっていますよ。沖縄出身でないのに覚えるのは大変じゃないの、って思います。沖縄方言は字幕が出るようになっているので本土の人でも内容の面では問題なく観られるようにしています。

――沖縄の言葉って独特ですよね。また、空気感も時間の流れもゆったりとしてしますし……。

郡:中村透先生も、そうした沖縄に癒されたいという気持ちがあったのかもしれませんね。沖縄の民族音楽も。今回は沖縄の楽器は三線のみなんですが、その他にも楽器はいろいろありますしそこに中村先生もほれ込んだそうです。

――沖縄の音階やメロディーは確かに独特ですね。

郡:『紅天女』でも沖縄音楽を取り入れていたと思います。やっぱりそういう独特の世界観が沖縄という土地にはあるのでしょうね。

――それでは、読者に最後にメッセージを。

郡:今、一番大事にしている「自然を守ろう」「争いはやめよう」というテーマ。『紅天女』で描いたそれが今回の「キジムナー」が教えてくれる。しかも今は世界中でコロナウィルス感染症が大変なことになっています。もちろん対策は万全にしての公演を心がけています。日本の、日本人のためのオペラを作っていきたいと我々も心血を注いでいますので、楽しく美しいオペラをぜひ皆様に楽しんでいただきたいと思います。

――ありがとうございます。公演を楽しみにしています。

<イントロダクション>
オペラ「キジムナー時を翔ける」は、北海道出身でありながら沖縄に魅了され、生涯のほとんどを沖縄に捧げた偉大な作曲家である中村透の台本・作曲作。

1990年度文化庁舞台創作奨励特別賞(グランプリ)受賞。
2019年2月に急逝された中村透氏を偲び、2001年以来の公演で、三回忌ともなる2021年、追悼公演として新演出で上演。
リゾート開発による自然破壊に揺れる現代の沖縄を舞台に、沖縄伝説のガジュマルの木に宿る妖精“キジムナー”を通じて過去と未来にタイムトラベルし、今日的テーマである「人と自然のあり方」「伝統の尊さ」を現代に生きる我々に優しく問い掛けるファンタジックオペラです。現代感覚の親しみやすい音楽の中に、沖縄固有の旋律や方言などで沖縄の風土色を感じさせるこの作品は、これまでに「琉球楽器が見事に調和した多彩なオーケストレーション」「沖縄旋律の広がる終幕に熱い感動」等、新聞評で絶賛され、台本を手掛けた作曲家の手腕も称賛されました。
今回、キジムナー“カルカリナ”に、沖縄出身で美しい舞台姿と確かな歌唱力で人気を得ている日本を代表するソプラノの砂川涼子と、日本オペラのベテランでありどんな役をも歌いこなすテノールの中鉢聡が同役を担い、声種の異なる二人がそれぞれどのような妖精を演じるのかに注目。沖縄のオバアを演じるのは、その存在感で高い評価を得ているメッゾ・ソプラノ、沖縄出身の森山京子と松原広美、その他人気と実力を兼ね備えたキャスティング。指揮は初演以来度々この作品を成功に導いてきた日本が誇る巨匠・星出豊、演出は沖縄出身の演出家・故粟國安彦を父に持ち、今や日本を代表するオペラ演出家である粟國淳。

<公演概要>

日程・会場:2021年2月20日(土)、21日(日)(両日ともに14:00開演。13:00開場)新宿文化センター大ホール
台本・作曲:中村 透
総監督:郡 愛子
指揮: 星出 豊
演出:粟國 淳
出演:
カルカリナ 砂川涼子(20日) 中鉢 聡(21日)
オバア 森山京子(20日) 松原広美(21日)
ミキ 長島由佳(20日) 西本真子(21日)
フミオ 芝野遥香(20日) 中桐かなえ(21日)
マサキ 海道弘昭(20日) 所谷直生(21日)
本多 押川浩士(20日) 田村洋貴(21日)
区長 泉 良平(20日) 田中大揮(21日)
マチー 金城理沙子(20日) 知念利津子(21日)
ジラー 照屋篤紀(20日) 琉子健太郎(21日)
合唱:日本オペラ協会合唱団 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
主催:公益財団法人日本オペラ振興会/公益社団法人日本演奏連盟
都民芸術フェスティバル2021参加公演
日本オペラ振興会公式HP:https://www.jof.or.jp
取材:高 浩美
構成協力:佐藤たかし