「老後の資金がありません」は、2015年に刊行された垣谷美雨による小説。老後の資金をめぐり主人公が様々な問題に直面する物語は読者の共感を呼び、34万部突破の大ベストセラーとなった。今回は『喜劇 有頂天団地』で演出を手掛け、コメディに定評のあるマギーの脚色・演出のもと、初の舞台化。また、2019年には、“老後資金2000万円”問題が起こり、物議を醸し出した。この作品は“老後の資金”という誰もが避けることのできない身近な問題を題材にしながらも、大いに笑って泣いて共感できる喜劇。
主演をつとめるのは、渡辺えりさんと高畑淳子さん。同い年の演劇人の2人、意外にも舞台は初共演!!渡辺は主婦の後藤篤子を、高畑は夫とベーカリーを営む神田サツキを演じる。W主演を務めるお二人のトークが実現した。
――『喜劇 老後の資金がありません』、興味深いタイトルですよね。少し前に日本でも老後の資金については話題になりましたが……。
渡辺:そうですね、2000万という金額が話題になりましたけど、実際2000万も持っている演劇人って誰もいなかったんですよ。だからみんな焦っちゃって。「どうするんだ!」って。当時はコロナ禍の前でしたから飲み会でもよく話していたのを覚えています。本当に2000万も一般の方々が貯金できているのか、ということに驚くばかりでした、一般の人はすごいなぁって。とはいえ調べもしないでそんな金額出てくるわけでもないでしょうし。さらに、その後に別の方面から「2000万で老後は無理だ」という意見もありましたよね。じゃあ、どういう計算でどうしていけばいいのか、と悩んだんですよ。しかも、いま感染症の問題が起きている。どんどん稼ぎはマイナスになっていて……そんなときに『喜劇 老後の資金がありません』という作品を演じることに重い責任を感じております(笑)。なので、資金がなくても暮らせるような。そんな方向に、アイディアを持っていこうかなと私自身考えていますね。
高畑:私、すごく用心深いタイプなので。貯め込まないと気がすまないので……ここで貯金額の発表はしないですけど(笑)。ただお金がいくらあっても、満たされない心の状態だと、死を迎えたりとか病気になったりとか、なかなか耐えられないですよね。人間誰しも死ぬことは決まっているのに、そのためにお金をある一定以上貯めなくてはならないとか、実は結構恐ろしいことを突き付けられているなと思ったんです。
渡辺:私、マンションに住んでいるんですけど、管理費だけでも何万も取られるんですよ。つまり、マイホームを買いさえすれば大丈夫というわけにはいかないんです。家を買ったのに結局、維持費とか消費するだけ。だから、住んでいる、生きているだけでもお金を得る何か……働いていないとマイナスになるんですよね。年取ってくるともちろん働けなくなるし、介護施設って月15万以上かかるのが当たり前。毎月それだけ払っていかないといけないのに、年金はそれ以下なこともあるし。この戯曲では“お金持ちの人の年金は高い”という部分がありますけれど……。
高畑:私たちのような職業だと、国民年金なので安いんですよね。でも、会社でお給料もらっていた人の年金は意外と高いんですって。例えば……(具体的な金額例を言う)
渡辺:だったらもう全然心配いらないじゃない!(笑)私ったらずっとこの世界で生きているから、そんなのも知らなくて……。あと、今はインターネットがないと生きていけないしね。それにもお金がかかる。老後のお金に関しては恐怖ばかり感じていますよ。
――たしかに、お金については永遠の課題といっても良さそうです。それでは、老後の暮らしというものについてはどうお考えでしょうか。
渡辺:私には“幸せな老後”は一生訪れることはないな、と思っています(笑)。例えば、老人一人を囲んで孫たちとともに宴会するとか。海外では300人以上に囲まれることもあるんですって!しかも全員が仲睦まじいの。でも私はきっと野垂れ死にじゃないけど、一人なんだろうなって。あだ名は演劇おばさん(笑)。毎日なけなしのお金で芝居を見て、小劇場の客席で亡くなっているのよ。渡辺が死んでいるぞって。そのとき面白いお芝居ならいいけど、全然面白くなかったら嫌だなぁって。だってそれで記事書かれるわけだし……(笑)。そういえば一般的には退職したあとが老後らしいですけど、我々の仕事ってどうなのかしら。森光子さんは90代過ぎても座長やっていたくらいだし、杉村春子さんは老後ってあったの(笑)?そう思うと老後って自分に来るのかしら(笑)。
高畑:私はね、すごく老いを痛感しているところ。おばあさんになったなぁって。
渡辺:本当に!?どんなとき!?
高畑:写真とか、TVのOAとかを観たときに。撮った時はもうちょっとキレイだと思っていたりしますけれど(笑)。実際に見ると、老いたんだなって。でも、それはいいことだと思っているんです。今、66歳ですけれど、お芝居ができて稽古場にも呼んでいただける。そんな幸せなことが自分にあるとは昔は思っていなかったんですよ。30代のころは体力もあったし、若さゆえにハリもあったし…でも当時は仕事がまったくなかったから。その後、ちょっと年齢を重ねてからお仕事をいただけるようになって、すごくお仕事が楽しいというか、ありがたさが身にしみています。だから、もう2年後くらいに亡くなったとしても、悔いはないと思っていますよ。それに、もしもっともっとおばあさんになってお声がかかったときも、お仕事はすごく楽しいだろうな、と。もしかしたら今回みたいな、目立つ役柄、それこそ森光子さんみたいな主役は体力的にももうできないだろうなと思っていますが、年取ったなら年取った役柄がありますので、そういうのでお声がけしてもらえたら、喜んで出ます。気がかりとしては、迷惑を子どもたちにかけたくないなって思っています。そうならないようにと願うばかりです。
渡辺:えらい!私なんか独り身だから、迷惑どんどんかけちゃいたいタイプなのに(笑)。それに、高畑さんはもう舞台『欲望という名の電車』のブランチで二の線を演じてきているけど。私は今でも『伊豆の踊り子』とかのヒロインを演じる野望があります(笑)。やらないとまだまだ死ねないから。
高畑:確かにブランチを演じました、評価は置いといて!!挑戦したことに悔いはないですね(笑)。
渡辺:そうなの!だから私もギャグとか一切なしの、シンデレラみたいな役をやらないと死ねないんです(笑)。
――(一同笑)今回の共演者の方々の印象は?
渡辺:宇梶(剛士)くんとはもう長いですね。初めての出会いはオーディションで。私が採用したのをよく覚えています。初井言榮さんの相手役で。アンドロイドの役だったかな?
高畑:私よく覚えてます!初井さんをお姫様抱っこしてね。
渡辺:そうそう。でも、オーディションのとき自信満々だったのに歌えないし踊れなかったの。だから毎日居残り特訓して、最終的に認めてもらえたんですけど。そのときが今でも忘れられない。すごく誠実な人だから、今でも仕事を任せられるんです。宇梶くんは劇団の主宰もしていらして、さらに作・演出も!その芝居を観に行っているから、今でも交流あります。羽場(裕一)くんは、奥さんがうちの劇団員なんですよ。だから結婚式にも参加した仲。明星さんも『喜劇 有頂天団地』で共演しました。一色さんも共演していますが、あとの方々は初めてですね。
高畑:私は、明星さんはドラマ「金八先生」で共演しました。その縁で舞台も観させてもらって、すごく面白い方だなぁと。氣志團のマネージャーもやられていたんですよね。今回夫婦役の宇梶さんは『リチャード三世』のとき、「こんなキレイな人が世の中にいたんだ」って印象が強いんです。あと、長谷川稀世さん。かの名優・長谷川一夫さんの娘さんで演舞場でも何回も拝見させていただいている方なので、共演が楽しみです。
――お互いの印象については?
高畑:今回、えりさんと初めてお芝居のお話をしたんですけどやっぱり面白くって!すごく知的な方なのかなって思うし、作家さんでもある。でも、それをかき消すくらい舞台では存在感があって。昔、知り合いの女優さんから“渡辺えりはすごい、天才だ”と聞いていたので、お会いしたらなおさらその理由がわかりました。
渡辺:いい意味で、高畑さんは一言では語れないような方です。今まで演じた役柄が全部違う人物に見えるのが、すごく魅力的だなと思うんですね。それに、すごく手際がいいというか、仕事も早いんですよ。私も、高畑さんといろんな話をしながら、お芝居を作っていくのがすごく楽しみで仕方がないんです。
――今回、演じる上で気をつけたいと思っているのは?
渡辺:毎回、新鮮にというか、先がわからないように演じたいと思っていますね。今回演じる篤子さんには大人な部分がく、周りから縛られているところもあるのですが、彼女をどうやって、リアルに演じるのかが難しいなと思うし、挑戦でもあると考えています、ちょっと優柔不断なところとか。篤子さんは何でもパッと動いてしまう私と違ってゆっくり動いていくような、そんな人。そこのリアル感を出すのが課題だと思います。それを共演者の皆さんの演技、リアクションとともに作っていけたらいいなと思います。お芝居の見どころとしては、彼女が相手に対して思い込むことや実は違う面をもっているところとか、それを説明することなく表情や演技で表していけるように。あとは突然歌ったり踊ったりするシュールな部分に変化できるところでしょうか。サツキさんとは好対照な役でもあるし、今、高畑さんと話していてもそうだなと思いますので、そこを演技にうまく出していきたいなと。世代も同じで、苦労も同じだから信頼感がありますしね。
高畑:お話としておもしろいのは、年金詐欺になりそうなところ、そこは劇として非常にインパクトがあります。そして、このままやってはいけないと立ち戻るところもいいですね。すごく豪放磊落だと思っていた方が、実はそうではなかったという意外性も見どころかなと思います。また、えりさんと私、同年代な二人を同時に観られるというか、食べられるというか(笑)。メニューとしてすごく豪華だと思います。役柄をどうこうというよりも素が出るところも多々あるかも(笑)。今日は劇場にいて、その時間がよかったねと感じてもらえたら嬉しいなと思います。
――ありがとうございました。公演を楽しみにしております。
<製作発表会レポ記事>
https://theatertainment.jp/japanese-play/82666/
<物語>
普通の主婦・後藤篤子(渡辺えり)は、家計に無頓着な夫の章(羽場裕一)、大人しく頼りない長女・さやか(多岐川華子)、優秀な息子・勇人(原嘉孝)と平凡な4人家族です。子育ても落ち着き、契約社員として働きながらコツコツと老後の資金を貯めていまし た。
篤子の月1回の楽しみは生花教室。教室の若い教師・城ケ崎快斗(松本幸大)は皆の憧れの的で、生徒の関根文乃(明星真由美)も彼に夢中です。
その生花教室で一番仲の良い友達・神田サツキ(高畑淳子)との喫茶店でのおしゃべりはストレス解消の大切なひと時。サツキは夫・克也(宇梶剛士)と 小さなベーカリーを営んでいました。
そんな中、次々と篤子の“老後の資金”が減っていく事態が起きます・・・。
長女・さやかの派手な結婚資金、舅・英明と姑・芳子(長谷川稀世)への仕送り資金、篤子の職場からの突然の解雇、さらには舅が亡くなったことで義妹の櫻堂志々子(一色采子)に約束させられた葬式資金、夫の会社が倒産・・・。
一方サツキは、実は認知症の姑・竹乃の年金を当てにしていました。しかし姑は失踪しており、サツキは役所の家庭訪問の際、芳子に身代わりになってほしいと頼みます。これはもしかして年金詐欺になるのでは・・・!?
篤子とサツキ、ふたりの行く末は?果たして幸せな老後を過ごすことができるのか!?
私たち、「老後の資金がありません」!
<配役:出演>
後藤篤子 渡辺えり
後藤章 羽場裕一
後藤芳子 長谷川稀世
後藤さやか 多岐川華子
後藤勇人 原嘉孝
城ケ崎快斗 松本幸大(ジャニーズ Jr.)
関根文乃 明星真由美
櫻堂志々子 一色采子
神田克也 宇梶剛士
神田サツキ 高畑淳子
<概要>
日程:会場
2021年8月13日~26日 新橋演舞場
2021年9月1日~15日 大阪松竹座
原作:垣谷美雨
脚色・演出:マギー
松竹HP:
https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/2108_enbujyo/
構成協力:佐藤たかし
取材:高 浩美