ブロードウェイミュージカル『レント』開幕!色褪せない愛の物語

2022年5月18日より東急シアターオーブにてブロードウェイミュージカル『レント』が開幕した。新型コロナウィルスの影響により、2度の中止を経て4年ぶりの開催。

1996年にNYのオフブロードウェイのニューヨーク・シアター・ワークショップで初演。瞬く間に同年、4月29日、ブロードウェイのネダーランダー劇場に舞台を移して商業公演。ピューリッツァー賞、トニー賞、オビー賞など各賞を総なめにし、世界中にレントヘッズと呼ばれる熱狂的ファンを生み、12年4か月で連続上演5140回、現在では歴代11位のロングラン公演記録。ブロードウェイの『レント』は2008年9月7日に幕を下ろしたが、日本を含む世界15カ国で各国語版の『レント』が上演されている世界的ミュージカル。

この物語の主要人物、マークとロジャー

『レント』は、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の甘く美麗な世界(1830年から1831年のパリ・カルチエラタン)を現代の粗暴な喧噪の中(1989年から1990年のニューヨーク・イーストヴィレッジ)に置き換えて、ジョナサン・ラーソンが作詞・作曲・脚本を担い、ほぼ独力で書き上げた。しかし、彼は8年という歳月をかけて創り上げたにもかかわらず、開幕直前のプレビュー公演初日の96年1月25日未明に35歳の若さで急死した。また、この『レント』は当時のミュージカルでは敬遠されていたエスニック マイノリティ(少数民族)、セクシャル マイノリティ(性的少数者)、麻薬中毒や HIV/AIDSなどを幅広く取り上げていた点でも当時としては画期的であった。

ドラッグ・クイーンのエンジェル
ヘロイン中毒でダンサーのミミ

楽曲としてはロック、バラード、タンゴ、ディスコ、R&B、そういった点においても革新的であり、これをジョナサン・ラーソンはたった一人で書きあげた。また、初日前の作者の急逝、最後のカーテンコールで、観客の一人が “Thank you Jonathan Larson”(「ありがとう、ジョナサン・ラーソン」)と言い、万雷の拍手に包まれたという。今でも世界各地で上演される『レント』のカーテンコールで舞台上にスライドで投影される伝統になっている(今回の日本版では無し)。映画版でもエンドクレジットの最後にこの一句が挿入されている。

また、「Seasons of Love」はこの作品において最も重要な楽曲。歌い出しは「52万5600分」(1年間を分数に例えた表現)で始まる。ミュージカルでも、2005年制作の映画化作品でも、全出演者によって演奏される。「人の人生のうち、一年の価値を計測する方法」は何かを問い続け、最終的には「愛情で測ろう」(“measure in love”) と結ぶ。
日本語ではわかりにくいかもしれないが、歌詞のほぼ各行が韻を踏んでいる。そして当時の様々な事柄、例えば、エンジェルが歌う“Today 4 U”では、金持ちの夫人から頼まれて近所のうるさい犬を「黙らせて」金を稼いだことを得意になって歌う、原作の『ラ・ボエーム』のうるさいカナリアを殺して金を稼ぐエピソードを下敷きにしているが、この犬は秋田犬で名前はエビータ。『秋田犬のエビータ』を英語の綴りで表記すると『Akita Evita』、韻を踏んでいるだけでなく、当時のブロードウェイは国産新作ミュージカルがパッとしなかった時代、しかもロンドン発のアンドリュー・ロイド・ウェバーのミュージカルがブロードウェイを席巻していた。『キャッツ』『スターライト・エクスプレス』『オペラ座の怪人』など、枚挙に遑がない。その中でも『エビータ』はアンドリュー・ロイド・ウェバーのポジションを不動のものにした節目の作品だ。どこに行ってもアンドルー・ロイド・ウェバーの楽曲が聴こえてくる、そんなブロードウェイの状況を皮肉った箇所。また、金持ちの間では秋田犬を飼うのがステータスだったよう。

この物語の中で起こるエポックメイキングな出来事、モーリーンのパーフォーマンスが騒動になり、警察に抑えられる下り、それをマークが撮影して、これが彼の成功のきっかけになるのだが、これも実際に起こった「トンプキンズスクエア暴動」が元になっている。「トンプキンス・スクエア」は、ニューヨーク市マンハッタン区イースト・ヴィレッジ(アルファベット・シティ)地区の中心に位置する公園、ここの地域は当時は治安が悪く、また後年、1995年の「ダイガード3」の撮影に使われたことで有名になった。また、この暴動を近隣の住民がビデオに収めており、これがテレビ局に持ち込まれて大騒動に。記録されていたのは無抵抗な市民を警棒でめった打ちにしはじめた警官隊の姿だった。舞台でも警官が登場する。そんなところも頭の片隅に入れておくと、この『レント』はリアリティを帯びてくる。この物語に登場する人々は特別ではなく、この時代のニューヨークのどこかにいそうな人々、それをジョナサン・ラーソンは温かな視点で描く。カラフルな衣裳、家賃(RENT)も払えない貧しくても逞しく生きる。登場するカップルたち(あるいは元カップル)、その生き様は観る人の心揺さぶり、共感するところも多い。主人公のマークはナレーター役も務め、物語をわかりやすく観客に提示する。ストリートドラマーにしてドラァグクイーンのエンジェルと「コンピューター時代の哲学」を教える大学講師のコリンズの哀しい別れ、行方知れずになったミミ、ヘロイン中毒、ラスト近く、ホームレスになり、手遅れの状態で見つかる…。

当時、新しかった『レント』、しかし、ただ、新しかっただけではない、物語の根底を流れるのは常に『愛』、作者の愛、そして登場人物たちの『愛』、その『愛』は色褪せることはない。だから、世界中で愛されるミュージカルになった。だから、この日本でも数多く上演されてきた。日本版プロダクションの初演は1998年、マーク役に山本耕史、日本語訳は松田直行、音楽監督は深沢桂子。その後、何度か日本人キャストで上演されてきたのも頷ける。今回の公演はコロナ禍で延期続きだっただけあって、キャストの圧巻な熱演はもちろん、劇場の隅々まで、その気合と熱意が伝わる。
作者はこの世にいないが、作品の中で生き続ける。公演は29日まで、無事に千秋楽まで駆け抜けることを祈念する。なお、土日は完売だそう。また、世界中で恒例となっているエンジェルシートの販売は、もちろん、実施。

物語
舞台は 20 世紀末の NY イースト・ヴィレッジ。荒廃したアパートに住み、家賃(レント)も払えない貧しい生活を送るマークとロジャー。映像作家を目指すマークは女性弁護士ジョアンと付き合い始めた元恋人のパフォーミング•アーティスト、モーリーンに今も振り回されている。シンガーソングライターを目指すロジャーは、曲が書けず悶々とした日々を過ごしているが、ナイトクラブダンサーのミミと出会い、互いに愛し合うものの、心はすれ違う。共に HIVポジティブのエンジェルとコリンズは永遠の別れを迎える。ある日、行方不明になっていたミミが手遅れの態で発見される。真っ直ぐな気持ちでミミに向き合うロジャーがやっと書き上げたラブソングを捧げると・・・

概要
公演名:ブロードウェイミュージカル『レント』
日程・会場:2022年5月18日(水)〜29日(日)東急シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階)
出演:アメリカカンパニー

公式HP:https://rentthemusical.jp
コメント動画:https://youtu.be/D9AN3QQEbNs