女性3人で演じられる「ヴァニティーズ」はアメリカのオフ・ブロードウェイで1700回以上のロングランを果たした名作で日本でもすでに何度か上演されている作品。日本では翻訳家の青井陽治が1980年に渋谷のジャン・ジャンで上演、その後も繰り返し上演されている。そして、今回は関戸博一、曽世海司、山本芳樹が挑戦する。
舞台上には鏡台が3つ。開幕前のBGMは1950〜1960年代の流行りの音楽、そして幕が開く。学園生活を謳歌している3人の女の子、ティーンエイジャー、いきなりチアの練習風景から始まる。”Yeah!!”と元気のいい掛け声で!客席からは笑いと拍手が起こる。振りの細かい動きであーだこーだと3人。もっと腰をそったほうがイケてるとか、そんなことをあれこれと言い合っている。『かしましい』という言葉がぴったりだ。
軽快な会話、フットボールのチーム名は”タイガー”、『進め、タイガー!』と元気よく。女子のマシンガントーク炸裂、とにかく話はとどまることを知らない。どうしたらイケてる女の子になれるのか、それだけが大事、と言った風情、キャシー(曽世海司)がこの3人の中では中心的な存在の様子。「男はフットボールさえやってれば」とキャシー、メアリー(山本芳樹)は「大学は行きたいけど、勉強はしたくない」と言えば、ジョアン(関戸博一)は「心理学がやりたい」と言う。夢を語り、そしてどうしたら男の子に注目してもらえるのか、関心事はそんなところ。そんな折に、校内放送が流れる。ケネディ大統領が暗殺されたと言う。固唾を飲んで放送を聞く3人、さらにアナウンスがフットボールの試合はある、と言った途端に3人は喜ぶ、「よかった!」と。国の一大事よりもフットボールの試合がつつがなく行われるほうが大事なのだ。チアで目一杯目立てる!そんな彼女らの姿に客席からはまたまた笑いが起こる。
そして鏡台の裏で俳優陣は着替え、髪型もちょっと変えて、服装も変える。時代は1968年に。一緒のカレッジに進学した3人、ちょっと歳を重ねた分、毒舌に磨きがかかり、10代の頃は多少の恥じらいもあったが、それは何処へやら、ややお下品なネタを言うメアリーに「お下劣ね」と笑うジョアン。それをキャシーが笑って聞いている。マニキュアを塗ることに忙しいメアリー、そのマニキュアが気になるジョアン。女の子は見た目が大事!とばかりにおしゃれに余念がないことを示す。また、当時ヒットしていたミュージカルのタイトルが次々と出てくるが、ここでどういう時代かがわかる。会話の内容は相変わらず、ボーイフレンドのことや将来のこと、ただ、10代の屈託がなかった頃とはちょっと空気感が違う。
そして着替えて、時代は1974年。NYのキャシーの家、シャンパンを用意している。カレッジを卒業し、3人3様の生活、人生。「元気そう!」と言う。ジョアンはロングヘアーに花柄のベージュのブラウスにワインカラーのスカート、キャシーはブルーのワンピース、久しぶりに会う友との会話、そして遅れてメアリーがやってきた。手にはブランド品の紙袋が3つ、ハンドバッグはケリータイプ。「どこで買ったの?」「ソーホー」。ソーホーと言えばNYでも、この時代は芸術家の集うレストランやギャラリー、ライブハウスができ、多くの歴史に残る個展や朗読会などが開かれていた。シャンパンを飲んで盛り上がる3人、特にジョアンはどんどんグラスを重ねていく。「ハイスクールから10年よ、夢は捨てたわ」とジョアン。会話でメアリーはカレッジ卒業のあとは海外に行ったことがわかる。キャシーはそれを聞いている。少々会話にずれがある。これはそれぞれの歩みが関係している。メアリーは画廊を2つほど持っているが、芸術性の高いものではなく、早い話がポルノ。それでも「私ってセレブ」な空気感を出す。ジョアンはに夫も子供もいる、結婚して家庭に入ることこそが女子の幸せと思っていたが、メアリーが持っているブランド品やキャシーのNYの家やシャンパンにちょっと嫉妬も感じているように見える。そして当のキャシーは恋人に浮気され、恋人と別れてしまった。優等生でリーダー的な存在だった彼女は教職についたものの退職、様々な経験を経て『大人』になったが、どこか虚ろに見える。
3人の個性・考え方は服装や髪型にも現れている。キャシーは、品の良いパーマをかけてウエーヴをつけているし、メアリーは活発そうなボブヘアー、ジョアンはロングヘアーでハイスクール時代は可憐そうに見えるおさげ髪。1場、2場の集大成が3場。キャシーは優等生で計画性もあり、リーダーシップをとっていたのに3場では虚ろな、そしてある意味何かを悟ったような表情を見せる。「馬鹿話がしたかった」と笑う瞬間に彼女の寂しさや虚しさを感じる。曽世海司が1場とのコントラストをはっきりつけて印象付ける。メアリーは活発でおしゃべりが止まらない少女であったが、この頃から目立ちたがり屋、それが大人になっても『セレブな自分』を見せつけて「成功したのよ、私、見て!見て!」的な態度を山本芳樹が時にはコミカルに時にはほんの少しの空虚さをみせる、その細かいニュアンスが秀逸。ジョアンは終始、ある意味『ぶりっ子』、結婚こそが女の子の幸せとばかりな態度、そして大人になり、夫もいて子供もいる、しかし、女友達2人の姿を見て「自分は幸せなのよ、これでいいのよ」と言い聞かせているように見えるが、口当たりの良いシャンパンをぐいぐい飲むところは寂しさも感じるし、アルコール依存症気味なのも見え隠れする。そんなジョアンを関戸博一が可愛らしく、時にはいじらしくみせてくる。
VANITIESの意味は虚栄心、うぬぼれ。誰しもが持っている感情、彼女たちは”VANITIES”という『仮面』をかぶって、自分をさらけ出すことはなく、常に身構えており、心を開かず、そこに安住しようとしている。これはこの3人に限ったことではなく、どこかで見かけるありふれた光景だ。昨今の『インスタ映え』を気にする現代と何ら変わりはない。素敵な自分、素敵な今日を演出する『インスタ映え』。青井陽治の翻訳も軽快でユーモアとシニカルさと愛情に溢れている。単に見栄っ張りな女の子たちの話ではなく、誰しもが持ちうる感情、そして態度。それをシニカルなニュアンスをスパイスにしつつも愛を感じさせる戯曲、様々なカンパニーで上演されているのも頷ける。公演は24日まで。
<物語>
登場人物はたった三人。場面は時を追っての三場。
第一場、1963 年。所は体育館の一隅。三人は卒業を間近にしたチア・ガール。彼女達の関心は、 いかに目立つか、いかにウケるかに、勉強そっちのけで集中している。たとえ大統領ケネディが暗殺されたって知ったことじゃない。傍若無人の怖いもの知らず、ティーンエイジャーの思いが炸裂。
第二場、1968 年。所は学生寮の一室。三人は一緒のカレッジへ進学し、一緒の学生寮に住み、一 緒にチア・ガール。全ては相も変らずの日々。少し歳をとったぶん毒と抉りがパワーを増した会 話。だが話す内容は同じレベル。パーティーにカーニバル、そしてボーイフレンドのこと。将来へ の夢と不安が交錯。
第三場、1974 年。所はニューヨーク、キャシーの住むアパートの庭。三人はカレッジを卒業し、 夫々の人生を歩みだした。そして 6 年後の再会。三人の会話は微妙なズレを生じ、相変わらずの テンポで弾むが噛み合わない。言葉の奥に、痛みや孤独、焦燥感が透けてくる。が、決して黙らず 喋り続ける三人。皮肉と毒を孕んだ会話の中に、浮き彫りになってくる Vanities、見栄と虚勢。 それでも三人は日々を生きる。
<The Other Life とは?>
海外の小劇場で生まれた傑作を東京の舞台へ。このコンセプトの元に 97 年に誕生したのが「The Other Life」。「トーマの心臓」(萩尾望都原作)や「死の泉」(皆川博子原作)、「白夜行」 (東野圭吾原作)など、文芸・耽美作品を上演する本公演とは趣を異にし、小劇場空間のメリット を生かしてリアルで大人のテイストを繰り広げる Studio Life のもうひとつの顔。
<「VANITIES」CAST>
ジョアン:関戸博一
キャシー:曽世海司
メアリー:山本芳樹
【The Other Life vol.10「VANITIES」公演概要】
日程・場所:2019 年 11 月 14 日(日)~11 月 24 日(日) 中野ウエストエンドスタジオ
作:ジャック・ハイフナー
翻訳:青井陽治
演出:倉田 淳
美術/舞台監督:倉本 徹
照明:山﨑佳代
音響:竹下 亮
衣装:竹内陽子
ヘアメイク:川村和枝(p.bird)
演出助手:宮本紗也加
版権コーディネート:シアターライツ
Special Thanks : カンパニー・ワン 土屋誠
制作:Studio Life / style office
VANITIES 公式ホームぺージ:http://www.studio-life.com/stage/vanities2019/
文:Hiromi Koh