オペラ『カルメン』”自由に生き、自由に死にたい”、力強く生きる現代人カルメンの生き方

新国立劇場にてアレックス・オリエ演出のオペラ『カルメン』が開幕した。
ビゼーの傑作オペラ、「ハバネラ」「闘牛士の歌」など、よく知られている楽曲が目白押し、ヒットメロディの多さも名作オペラ随一である。物語も、説明する必要のないくらい。メリメの原作は、スペインの民族構成の複雑さ、下層社会の抱える困難、荒涼とした風土などをバックにし、孤独で勤実なバスク人の男が情欲のため犯罪に加担し、やがて破滅するというストーリー。オペラも含めての派生作品は、恋愛と嫉妬を中心にし、闘牛士やフラメンコなどスペインを代表する「明るさ」を前面に押し出している。
今回上演されるオペラ『カルメン』は、ビゼーの有名な『カルメン』には違いないが、演出を手掛けるアレックス・オリエは、この作品を現代的に解釈する。
カーテンが上がると、目に飛び込んでくるのは、鉄骨の装置。人々が登場するが、服装が、日本の警察の制服を着た集団、婦警さんも!若者が、渋谷界隈で見かけるファッションに身を包み、闊歩する。小学生も!!

柱にもたれかかるように佇むひときわ目立つ女性がタバコに火をつける、行き交う人々、自撮り棒でパシャパシャと撮影。楽曲は順番通りに登場し、歌われる。ミカエラが登場、ホセを探している、ミカエラのファッション、スリムパンツ、今風な着こなし。小学生の団体、皆、揃いの帽子をかぶり、引率の先生がいる、ボーイソプラノで合唱、これが可愛い!
この出だし、19世紀のスペインもタバコ工場も出てこない。スマホも出てくる、21世紀の現代らしい演出、この世界観に驚きを覚える観客もいるかもしれないが、楽曲と場面とがしっくりする。真面目なホセ、カルメンと出会う。

カルメンはロックな出で立ちで登場、スクリーンにシャウトする姿が映し出され、観客は熱狂し、スマホで撮影したり、声援を送ったり、よく見る風景。ステージからバラの花をホセに投げる。しかし、ホセにはミカエラという許嫁が。ミカエラのファッション、スリムパンツを普通に着こなす、見た目はどこにでもいそうな若い女性、しかも真面目そう。

原作ではカルメンはロマ、旅から旅を繰り返すが、ここではアーティスト、旅公演を行う。つまり、設定を「UP TO DATE」。そして作品の解釈、オリエは、カルメンを自由な女性として捉えている。現代的で反骨精神の持ち主、ロック歌手っぽい出で立ち。ロックと一口に言っても様々だが、ロックの歴史を遡ると黒人霊歌にたどり着く。黒人霊歌は生活での苦しみからの解放を歌ったもの、よってカルメンの出で立ちも単なるビジュアルのみを追求したものではないことがわかる。

それにしても登場する人物の多彩さ!警察、小学生、渋谷系の若者だけでなく、よく見るとちょっとダサめなファッションのおばさんやおじさん、杖をついた老人、実に多様。元のオペラ通りに物語は進行する、よって結末は周知の通り。だが、そこに至るまでの過程、カルメンは、魔性の女というよりも、自立した女性、対するホセは、真面目だが、粘着質の独占欲の強い男性。この二人が一旦、恋愛関係になるが、どう見ても”性格の不一致”、”考え方の違い”、これが原因で別れるケースはごく普通にある。しかし、厄介なのが、片方が”諦めきれない”ケース、これもゴマンとある。そう考えるとカルメンとホセの関係と顛末は、現代でも起こりうる。ニュースを賑わせているDVなど、枚挙にいとまがない。そしてカルメンは自分の手で運命を決めている。決して誰かのいいなりにはならない。対するホセは最後の方で”Let me save you”、つまり”あなたを救いたい”、カルメンの側からすれば”大きなお世話”、二人には大きな隔たりがある。”自由に生まれて自由に死にたい”とカルメン。ここにこの作品の大きなテーマがある。

見どころ、聴きどころは、一つ一つ挙げているときりがないくらいであるが、メインキャスト、カルメン役のステファニー・ドゥストラック、メゾソプラノ、深みのある歌声、ぴったりとしたセクシーな衣装がよく似合う。対するホセは村上敏明、伸びやかなテノールで安定した歌唱、ミカエラの砂川涼子、特に2幕は泣かせる。エスカミーリョのアレクサンドル・ドゥハメル、よく響くバリトン、ホセとの対決、そして2幕ではキラキラ衣装!これがよく似合う。

従来の『カルメン』しか知らない観客にとっては、2幕の冒頭はちょっとした驚き、レッド・カーペットが登場し、ロックスター、人気俳優、サングラスをかけた男優(昭和のスターっぽい?!)、車椅子の往年の名優っぽい人、彼らの付き人っぽい人、カメラのフラッシュを浴び、気軽に撮影に応じたりするシーンは、なかなか愉快、ここの場面で最後の方でカリスマスターのように現れるエスカミーリョ!”待ってました!”とばかりに人々が熱狂、そのそばにカルメン。印象的かつ現代的。ここが華やか、賑やか、よって最後のカルメンとホセが対峙する場面とのコントラスト、演出の手腕。
意志を持って自由に生きる、それを追い求めたカルメン、ビゼーの名曲の数々、ビゼーがこの作品を発表したのは1875年3月3日、軽く140年超え、これからも世界中で、様々な形態で上演されるであろう。

<概要>
日程:2021年7月3日14:00/6日18:30/8日14:00/11日14:00/17日14:00/19日14:00
指揮:大野和士
演出:アレックス・オリエ
美術:アルフォンス・フローレス
衣裳:リュック・カステーイス
照明:マルコ・フィリベック
[キャスト]
カルメン:ステファニー・ドゥストラック
ドン・ホセ:村上敏明
エスカミーリョ:アレクサンドル・ドゥハメル
ミカエラ:砂川涼子
スニガ:妻屋秀和
モラレス:吉川健一
ダンカイロ:町 英和
レメンダード:糸賀修平
フラスキータ:森谷真理
メルセデス:金子美香

合唱指揮:冨平恭平
合唱:新国立劇場合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル
児童合唱:TOKYO FM 少年合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
芸術監督:大野和士
後援:スペイン大使館
公演情報WEBサイト https://www.nntt.jac.go.jp/opera/carmen/

<提携公演>
びわ湖ホール沼尻竜典オペラセレクション『カルメン』
2021年7月31日・8月1日
指揮:沼尻竜典 演出:アレックス・オリエ
<カルメン> 谷口睦美/山下牧子
<ドン・ホセ> 清水徹太郎/村上敏明 ほか
舞台撮影:寺司正彦
提供:新国立劇場