倉本聰 原作 新作オペラ「ニングル」本当の豊かさを、地球の未来を問いかける力作

テレビや舞台を中心に数多くの名作を世に送り出してきた脚本家 倉本聰の代表作「ニングル」が新作オペラになった。
本作が書かれた40年前、環境問題が今ほど取り上げられていなかった時代、早くもこの問題に警鐘を鳴らしていた意欲作が、オペラ「ニングル」として新たな一歩を踏み出す。作曲はテレビ、映画の劇版で活躍し、オペラ「禅 ~ZEN~」の作曲で高い評価を得た渡辺俊幸。 オペラ脚本は原作者・倉本聰の信任が厚い吉田雄生が担い、オペラ脚本家としてデビューを飾る。倉本聰は、40年ほど前のこの作品で、欲望のままに自然環境の破壊を繰り返す、行き過ぎた文明社会が招く悲劇を既に予告しており、取り返しのつかなくなる前にそのことに気付き、引き返す知恵と勇気を持つことの大事さを訴えた力作。

1人の老人が少女に話しかける、ゆったりとした曲調。母親は少女を産んですぐに他界した、「母さんは星になった」と歌う。それから、場面は変わって賑やかな音楽、この物語のメインキャラクターである勇太、皆から「ユタ」と言われている。「結婚する」と歌い、「森を伐って農地にする」と。豊かな暮らしをしたい、それは誰しもが思うこと。場面変わって宴のシーン、彼の結婚式、祝いの席らしく、皆が歌い踊る。お祭りを彷彿とさせるメロディ。その夜、勇太と才三は勇太の姪のスカンポを連れて森へ。彼らは不思議な生き物に出会う。この不思議な生き物こそ、このオペラのタイトルにもなっている「ニングル」だ。ニングルは、アイヌの伝承における小人。アイヌ語では「ニン」には「縮む」、「グル」には「ひと」を意味する。ニングルは「森ヲ伐ルナ、伐ッタラ村ハ滅ビル」。才三はニングルの言葉を信じるが、勇太は信じない。なぜなら、ニングルの言葉を信じたら前に進めなくなるからだ。ニングルの長は歌う「計画は知っていた、悪いことは言わん、森を伐るな」と。だが、勇太は信じないどころがニングルなど見ていないと言い出す、才三とは真逆。他界した母親、「いつも見守っている」「なぜ人は前ばかり見るのでしょう…なぜ人は大切なものを忘れてしまうのでしょう」と歌う。


勇太は計画を進めようとする、だが、才三は「森を伐ったら水が枯る」「森を伐ったら滅びる」と。勇太はそれでも前に進む「家族のことや生活を考えて」、彼は後には引けないと思う。そして次の場面は伐採のシーン、皆が電動ノコギリなどを手にし、生きた木を倒す、何百年と生きてきた木々を。ダンサーたちのダンス、苦しそうな様子、才三は「生きた木の悲鳴が聞こえる」と歌う。だが…才三やニングルの言った通り、うまく行かない、借金は増えるばかり、また、パチンコ屋ができて借金を拵える人も出てきた始末。事態は悪い方へ。激しい楽曲、畑が全滅したり、気がふれたようになる人も。勇太の引き返せない苦しみ、ついに才三に「木を伐ってこい」と言い、才三は木を伐りに森へ、木にお神酒をかけて手を合わせる、哀しみに溢れた曲「君の声が聞こえない」「ごめんよ、ニングル」「人は傲慢」「誰かを傷つけている」と歌う。曲調が変わり「悲鳴が聞こえる」この才三のアリアは1幕ラストの最大のハイライトシーン、切々と歌い、最後にノコギリを木に当てて「ごめんよ」と。切なく哀しく、才三のやり切れない気持ちがほとばしる。


2幕冒頭は葬儀の場面、才三は伐採した木の下敷きになってしまった。悲しみに暮れる人々、とりわけ勇太の悲しみと後悔は計り知れない。彼の死を痛む歌、勇太は「俺が殺した」と落ち込み、「死ぬつもりで伐った」と歌う、才三のニングルや自然を思いやる気持ちを知っていながらの自分の彼への行動、後戻りできないという思いからの行動だった。開発はうまくいかない、人々は勇太に借金が膨らんでいる、出ていけと迫る。八方塞がりな状況、ニングルの長が「わしらの警告を聞かなかった」と。ピエベツはどうなるのか、勇太はどうするのか。
樹の中には樹齢何百年というものもあり、それによって森は生きている、と言っても過言ではない。だが、豊かさを追い求めて人間はそれらを伐採したり、あるいは「開発」と言って山を崩したり。樹はしゃべらない、だが、無言で語りかける。ラストは未来にかすかな光を感じる。シンプルなセットだが、想像力をかき立てるような奥行き、様々に変化する。地球の温暖化、20世紀半ば以降の温暖化は人為起源の二酸化炭素などの温室効果ガス (GHG) が主な原因であり、過去の現象より急激に起こっているため、問題となっている。ハリケーンや干ばつ、洪水といった異常気象の要因にもなっているそう。「ニングル」の舞台化は1993年、オペラ化は初。人間にとって本当の豊かさとは何か、未来に向けて何をしたら良いのか、考えさせられる。

あらすじ
富良野岳の山裾にピエベツという村があった。勇太や才三ら若者たちは森を伐採し、農地の新たな開拓を計画していた。勇太とかやの結婚式の夜、勇太と才三は勇太の姪のスカンポを連れて森を訪れ、そこで不思議な生き物と出逢う。15センチくらいの小さな人間。かつてアイヌの先住民たちは彼らを「ニングル」と呼んだ。ニングルは勇太と才三に告げる。「森ヲ伐ルナ、伐ッタラ村ハ滅ビル」。ニングルの言葉を信じる才三とニングルの存在を否定してしまう勇太。才三は村から孤立してしまった。しかし、やがて。村は大洪水に襲われ、豊かだった水が枯れた。増えるはずの収穫は思い通りにはいかず、人々は借金に苦しめられた。ニングルの予言通り、村は破滅へと向かってしまったのだ。本当の豊かさとは、本当の幸せとは何なのか、そして人間は、「生命の木」を未来に繋ぐことができるのだろうかーー。

概要(公演終了)
日程・会場:2024年2月10日(土)~12日(月・振) 14:00 めぐろパーシモンホール 大ホール
*13:15~ 会場にて作品解説あり
※2月10日・11日は、公演終了後アフタートークあり
※上演時間:約2h30m(休憩1回)
台本:吉田雄生(オペラ脚本)
作曲:渡辺俊幸
指揮:田中祐子
演出:岩田達宗
出演
勇太(ユタ):須藤慎吾/村松恒矢
才三:海道弘昭/渡辺康
かつら:佐藤美枝子/光岡暁恵
ミクリ: 別府美沙子/相樂和子
スカンポ:中桐かなえ/井上華那
光介:杉尾真吾/和下田大典
信次:黄木 透/勝又康介
民吉:久保田真澄/泉良平
ニングルの長:江原啓之/山田大智
かや:丸尾有香/長島由佳
信子:佐藤恵理利(両日)
合唱:日本オペラ協会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

公式サイト:https://www.jof.or.jp/performance/2402-ninguru