《インタビュー》「VR能 攻殻機動隊」 伝統を超えた電脳の世界へ_ VR技術 稲見昌彦(東京大学教授)

大好評のうちに終了した「VR能 攻殻機動隊」、要望に応える形で再演が決まった。
日本が世界に誇るSF漫画の最高傑作の一つ「攻殻機動隊」、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』として1995年にアニメ化され、多展開されているコンテンツ。初の舞台化は5年前、3Dを使った数ある2.5次元舞台でも画期的なものであった。演出は奥秀太郎、脚本は藤咲淳一。それから、2016年に能×3D映像公演「幽玄 HIDDEN BEAUTY OF JAPAN」、2017年には平家物語「熊野」「船弁慶」、そして2018年の3D能エクストリーム、スペクタクル3D能「平家物語」と繰り返しチャレンジ。
公演終了後、VR技術の稲見昌彦のインタビューが実現した。この公演が実現した経緯などをお伺いした。

――今回のあらましを教えて下さい。

稲見:一度、うちの研究室で奥監督とお話する機会があって。そのときは福地さんも一緒だったんですけれど、3D能のお話をうかがったんです。その時は偏光メガネをかけたものでした。そういうのをなしに、しかもうちの「光学迷彩」のデモもご覧いただいて。それみたいなことが舞台でできませんか?ということで企画が始まったんです。

――3D能自体は初めての試みだったということですが、新しいものといえばLEDを使ったものとか、ロボットを使ったものとかがありましたが、それとは違ったベクトルですよね。

稲見:能の世界の彼岸と此岸を行き来するような、まさに物質とデジタルを行き来するところと重ね合わせると意外と相性がよさそうだ、と。これがロボットと人と、だったら能という形ではなくなったかもしれませんね。「攻殻機動隊」という作品自体も相性がよかったといえるでしょう。そこの流れがつながってできあがったものだと思います。

――ゴーグルを使わないのがよかったですよね。

稲見:それこそまさに、今まではプロジェクションマッピングやロボットを使ったものがすでにありました。それが今回は、映像技術の形を使ったものになりました。これも何周かしてから面白く感じられるんじゃないかと私が勝手に思っていて。みなさんビデオ会議もさんざんやっていますし、CGにも随分慣れてきましたから、目が肥えている。そうであったとしても、目の前で消えたりだとか、我々にとっての体験のリアルって一体何だったんだろうと思ったわけです。遠隔会議でバーチャルの背景を変えたりCG重ねたりとかできるようになったときに、足を運んでみたらビデオ会議のエフェクトとも映画で使われるCGとも違う新鮮さが得られると考えていました。私もまだ答えはもっていませんけれど。

――「初音ミク」のバーチャルライブとはまた違った、空間的なグラフィックが斬新でした。

稲見:それが今後さらに進歩した技術を組み合わせることもできる。演出もいろいろ工夫もできる。今回は一番基本的な設定でやっています。例えば、2人の素子の映像をリアルタイムに重ねて。いわゆる“虚像素子”と言われるような。その際いまあるテクノロジーをどんどん入れていくように表現としてもこなれていったり、驚きも与えられるかなと思います。21年前に「SIGGRAPH(シーグラフ)」というアメリカのコンピューターグラフィックスの学会で光学迷彩というのが発表されて話題になったんですが、それが現在になって今度は日本の伝統芸能と繋がったということは意外ですよね。

――フェードアウトのシーンが非常に印象に残っています。

稲見:今回まさに、フェードアウトの部分を観ていただきたかったので。今回はスッと消えるような映像にしていますが、今後は違った表現もお見せできるようになるかもしれませんね。

――リアル光学迷彩といったところでしょうか。消せる表現はどれくらいまでの範囲でできるのでしょうか?

稲見:最後人が並んでいたところがあるのですが、その2/3くらいだったらできると思います。あのサイズで作ると、私から見ても納得ができる感じで。あれがもっと大きな会場でできてくると変わってくるかもしれません。

――消す表現を他で活かすとすれば、作品としては、山岸凉子の「日出処の天子」とかが合いそうです。

稲見:その他は「ハリーポッター」とかいいかもしれませんね!今回、題材は「攻殻機動隊」だったんですけれども、「能+映像技術」の演目だと却って海外の方とかにもアピールできるかもしれません。

――同じ構成、同じセットだったらサイズはいくらでも大きくできそうですか?

稲見:屋内であれば可能だと思います。「ニコニコ超会議」などで使われている箱型スクリーンの巨大なものと考えてもらってよいと思います。しかもインタラクティブになっている。技術1つひとつは、研究者にとってはそこまでハイテクなものでもないんですけれど。大規模なものに関しては悔しいのですが日本よりアメリカのほうが上で、個人的にはもっと違うところで勝負したいと思っていたんですが、とはいえ、大規模なものは体験としては変わるな、と。能楽堂がすべて使えるのであればおもしろそうだなとは思います。

――今回の「VR能」は次の公演も決まりましたね。

稲見:チケットがすぐにSOLD OUTになったそうで、人気を感じました。ただ今の社会状況がよくなることが一番ですね。私も秋からの授業がおそらく遠隔通さないと無理ということなので……。こういうときだからこそ、実際に対面して観るものは体験として高いものでなくてはなりません。せっかく足を運んでまで観るものは「今までにないもの」をというところにお手伝いできればな、と思いました。ただし新しいものは実験室ではいくらでもやって大丈夫ですが、お客様を入れてとなるとある程度かれたというか、練度の高い技術でないと使うのはまだまだ危ないんです。今回使っている技術は発明されてからだいたい200年くらい経ったものなんです。

――伝統的な照明の技術が使われているというのは素晴らしいと思います。

稲見:私が研究してきた光学迷彩を使った作品は、「ゴジラ」のような1960年代の特撮が元祖なんです。フロントプロジェクションと言われるもので……。一番近いのは2011年公開の「猿の惑星:創世記」のシーンでしょうか。クロマキーに我々見慣れすぎていたので、あえて肉眼で見るとドキッとする。それがARという技術にも派生していきました。もしかすると今はすでに廃れてしまった昔の舞台技術、舞台効果を今の技術と組み合わせると違ったものができるのかな、と思います。今はスマートフォンがあれば必ず新しいものができますからね。

――観ていると「能」は光、すなわち照明が占める割合も多い気がしていますが……。

稲見:能楽師の方に伺ったときは、屋外でやる能では日暮れとの競争という緊張感を持っていたそうなんです。たしかに私も屋外で光学迷彩の取材とか入ると、やはり「日暮れ」との戦いかなと(笑)。自然光によって色がどんどん変わってしまうし、それが今のディスプレイでは、4K、8Kとて出せないんです。炎がもつ眩しさや夕暮れとのコントラストはまだ画面上では難しい。数少ない物理的な要素は対面の価値のひとつになっているのではないでしょうか。今回の「VR能」は流派を超えたものとして、未来から振り返ったときにまた新しい能の「流派」ができたといった感じになると、テクノロジストとしては、それがちゃんと文化の礎になったという理由になるのかもしれません。

――ありがとうございました。再演も楽しみにしています。

初演時トークイベント終了後。VR能クリエイターが揃い踏み!左端はMCの南圭介。

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「VR能 攻殻機動隊」初演の様子

「VR能 攻殻機動隊」これは夢か幻か、電脳世界に迷い込み、人間の本質を問う (0823_写真更新)

<プレビュー回概要>
公演タイトル:VR 能 攻殻機動隊
公演日:2020年11月28日(土)15:00~
出演者:坂口貴信 川口晃平 谷本健吾 観世三郎太(観世流能楽師)

<博多座公演概要>
公演タイトル:博多座未来能 Vol.1
公演日:2020年12月20日(日)11:00~ / 15:30~
演目:
第 1 幕…VR 能「攻殻機動隊」(改訂版)
第2幕…3D 能の世界(清経、船弁慶、石橋)
出演者:坂口貴信 谷本健吾 観世三郎太(観世流能楽師)大島輝久(喜多流能楽師)他

<VR能 攻殻機動隊公演概要>
公演期間:2020年 11月 28日(土)~29日(日)
会場 東京芸術劇場プレイハウス 原作:士郎正宗「攻殻機動隊」(講談社 KC デラックス刊)
出演:坂口貴信 川口晃平 谷本健吾
観世三郎太(観世流能楽師)
演出:奥秀太郎 / 脚本:藤咲淳一
映像技術:福地健太郎(明治大学教授) / VR 技術:稲見昌彦(東京大学教授)
プロデューサー:神保由香 / 製作:VR能攻殻機動隊製作委員会

公式サイト:http://ghostintheshellvrnoh.com/

稲見昌彦・舞台写真 撮影:斎藤純二
取材:高 浩美
構成協力:佐藤たかし