舞台「TERROR-テロ-」

 民間旅客機がハイジャックされ、あわや超満員のサッカースタジアムに突っ込む、というところで旅客機が空軍パイロットによって撃墜され、164名死亡、しかしスタジアムの70000人は助かる、という衝撃的な事件を巡る法廷劇。2009 年にデビュー作の 短編集『犯罪』がドイツ国内で多数の賞を受賞し、日本でも 2012 年本屋大賞「翻訳部門」1 位を受賞するなど、世界的ベストセラー作家の仲間入りを果たしたフェルディナント・フォン・シーラッハの初戯曲作品。最後に観客が有罪、無罪を評決する衝撃的なもので、これが日本初上演を果たした。

 舞台上には何もなく、時間になり、客席のドアから裁判官が登場する。彼は語る、それは昨今ありがちの俳優が自ら「携帯電話云々~」といった観劇の諸注意を語るのではない。彼は参審員に向かって話しているのである。つまり観客は傍観者ではなく参審員なので、最後に「有罪か無罪か」を決めなければならない立場にある。裁判官が話している間、椅子やテーブルが運ばれ、グラスや水、それから被告人や弁護人、検察官等が登場する。そして裁判官は中央の席に座る。いかにもベテランな弁護人、実直で真面目そうな風貌の空軍の軍人、切れ者な空気感を漂わせる検察官、ごく普通の風貌、しかし芯がありそうな被害者参加人、裁判は民間人が参加するドイツ参審裁判に委ねられる。検察官が罪状を読み上げる。弁護人は参審員(客席)に向かって「殺人ではない」と説く。当事者で被告人であるラース・コッホ空軍少佐は「記載された事実は合っている」と表情ひとつ変えずに言う。

 それから証人が登場、クリスティアン・ラウターバッハ、彼は当時の様子を包み隠さずに証言する。照明が少しずつ変化し、心境や状況を表現する。彼もまた軍人だ。感情に支配されることなく、事実を淡々と話す。どんな危機的な状況に直面しても冷静な判断をする訓練を受けてきた軍人らしいクールな面持ち。

 

 粛々と参審裁判は進行する。観客は最後にジャッジしなければならないので、客席は緊張感に包まれる。劇場全体が裁判の場所、様々な“観客参加型”の演劇があるが、こういった重い題材での参加はなかなかない。検察官は執拗に質問をする、証人に対しても、被告に対しても。被告は語る、幼少の頃、飛行機に憧れていたことを。その夢を実現させた訳であるが、こんな状況に追い込まれる等、思いもしなかっただろう子供時代、夢と希望に満ちあふれていた少年だったことは想像に難くない。だからこそ、この被告の姿は胸が痛い。観客はそんな感情に溺れてはならないのが、この舞台の特徴だ。「撃墜してはならない」という命令は受けていたと語る被告人。またもや照明が微妙に変化していく。命令違反は正しかったと判断する被告。確かに70000人の命は助かったが旅客機に搭乗していた乗客、乗務員は撃墜されて全員死亡してしまったのも、また事実。多くの人命を優先して少数の命を犠牲にすることは、正しいのか、どうなのか。現代の国際情勢、無差別テロの問題が浮かび上がってくる。9・11以降、テロリストは民間の旅客機を武器に変えてしまった。フィクションでありながら、現実に起こりうるリアル感が、ぐいぐいと迫ってくる。「国民を守る、国を守るのが義務」という被告の言葉には一点の曇りもない。

 最後に被害者参加人が震えながら証言する。「夫は命を奪われたのです!」と叫ぶ。コックピットに突入してテロリストを押さえつけることが出来たかもしれないと言う。事実、そのような内容のメールが夫から来たと……。先に証言した2人の軍人とは対照的に感情をさらけだすが、その姿は無念な心でいっぱいだ。

 2幕は検察官と弁護人の最終弁論、どちらも迫力に満ちた語り、客席(参審員席)に降りてきて熱く語る。その後、被告は静かに語る「弁護人の最終弁論に同意します……」、そして裁判官は客席に向かって言う、「正しいか正しくないかはあなた方にかかっている」と。

 投票時間は10分、その日の芝居や観客の感性で「有罪」か「無罪」かが決まる。

 

 そして最後にスクリーンに投票の結果が映し出される。

 弁護人演じる橋爪功の落ち着いた、しかし、後半の説得力のある流石の語り、追及の手を緩めない検察官を演じる神野三鈴のカミソリのような鋭さ、己の正義を信じる空軍少佐を松下洸平が実直な芝居で見せ、証人として登場する軍人の堀部圭亮は冷静沈着さを存在感で示す。遺族で被害者参加人の前田亜季は台詞の抑揚と感情の吐露で深い哀しみを表現。裁判長の今井朋彦は周囲に振りまわされることなく、常に公正で冷静、顔色ひとつ変えない。どのキャストも実力を余すところなく発揮し、知性や倫理観を徹底追及する法廷劇に相応しいキャスティングだ。

 この作品は人間の尊厳や法律とは何か……実に様々なことを問いかける。地球上に生きる全ての生き物の中で自ら法律を作ってそれを守るのは人間しかいないし、それが人間たる所以でもある。しかし、法律はしょせん人間が作ったもので時代や状況によって合わなくなることもあるのも、また事実である。様々なものが発達し、思いもよらなかったことが起こる現代社会。その最たるもののひとつがテロだ。多くの問題点を提起する21世紀らしい作品、ちなみにゲネプロでは「無罪」との判決が出たが……。

 

【公演データ】

舞台「TERROR-テロ-」

 

期間:2018 年 1 月 16 日(月)~1 月 28 日(日)

会場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

 

期間:2018年2月17日(土)~18 日(日)

会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

 

作:フェルディナント・フォン・シーラッハ

翻訳:酒寄進一

演出:森新太郎

<キャスト>

橋爪功、今井朋彦、松下洸平、前田亜季、堀部圭亮、原田大輔、神野三鈴

 

公式サイト:http://www.parco-play.com/web/play/terror

 

撮影:引地信彦

文:Hiromi Koh