『Being at home with Claude~クロードと一緒に~』はルネ=ダニエル・デュボワによるカナダの戯曲。1986年の初演に始まり、フランス語から英語に翻訳されてカナダ国内、イギリスなどで長年にわたって上演されている。1992年にはカナダで映画化、日本では2014年の初演以来、ダブルキャスト、スウィッチキャスト、読み聞かせ等、様々なアプローチで上演されている。
物語の舞台は1967年のカナダ・モントリオール、判事の執務室。殺人事件を起こして自首してきた若い男娼の取り調べを描く。登場人物は「彼」(男娼)、刑事、速記者、警護官の4名のみ。この作品の上演台本・演出を手掛ける田尾下哲さんと「彼」を演じる溝口琢矢さんのトークが実現した。
――前回の公演についての感想をお願いいたします。
田尾下:2年前にやった時は、まず、最後のモノローグをどのような表現に持っていくかということを考えました。前回は、保科由里子さんの上演台本で、彼女が1チーム、僕が1チームでしたけれども。これだけのヘビーな物語、台本から立ち上げるのが我々の仕事ですから、その印象からすると非常に物語の展開が読めないというんでしょうか、自分が何回も読んでわかってきたことも本当なのだろうか?合っているのだろうか?という疑問がありつつ進めていきました。結局2019年版はこういうのでやりましょう、と決めて落ち着いたんですが最後の長大なモノローグというのは文字通り舞台に一人だけのモノローグにして。最後に刑事が「なんとしても解決してやるんだ」ということを言うんですが…大道具を判事室の机と椅子だけにして、だんだん暗くして……。松田凌さんに伝えたのは「宇宙に一人で投げ出されたようなものだと思ってくれ」と。なんで「彼」が自分は喋らないのか、というのがすごくミステリーになっている。それが最後の最後に時間をかけてしゃべる。しかもそれは科学捜査で理解できるようなことではなく、「彼」の心の中のことなので、彼が黙っていれば永遠に出てこないわけです。その彼がしゃべる理由をどうやって見つけるか、ということを「誰かに告白するのではなく自分の頭で整理し、自分の心の中に吐露する」という解釈を描くために先程話した演出にしたわけです。まるで誰もいない中でもモノローグとして成立するなと思ったからなんです。結果、松田さんが素晴らしく演じてくれました。それが2019年版になるのですが、じゃあ2021年はどうするか、一部だけカットした部分があったので「今回はノーカット版を」ということ。それは精神的にも体力的にも大変な負担を強いることもわかっているんですけれど、あえてノーカット版。作者が最初に描いたもの、作者の想いなどがト書きとしてあり、それも表現したらどうなるんだろうと。そうするとこの長大なモノローグはどうなるのか。今回は周りに速記者や刑事がいる中で、時間をかけて「彼」がどう話すかということを考えています。翻訳も2ヶ月かかったんですよ、もちろん前回のものも参考にしつつですけれど。途中でイタリア語の翻訳や映画版も参考にしながら訳しました。でもやはり完成するのはたいへん時間がかかりました。溝口さんやプロデューサーの三宅さん、演出助手の石井さんなどと話し合いながら疑問をひとつひとつ潰して、答えがようやく見えてきたところです。
――溝口さんは、出演が決まったときいかがでしたか?
溝口:最初にお話をうかがったのは、前回公演の最中でした。そのときにこういう作品があるんですけど、ということをプロデューサーさんから聞きまして。もちろん作品も見せていただいたんですが、その時点でものすごく惹かれるものがありました。手放しに「この作品おもしろい!」というよりも、興味深いなという気持ちのほうが強かったですね。なにせ情報量が多いですし、その情報量の多さをちゃんと消化しないとこの作品はできない。それも精神のお話だったり…難しいなと当時は思っていまして、ぜひやらせてください、とはとてもじゃないけど言えなかった。じゃあ今自信を持てているのか。というと、自信を持って「やります!」とは言えます(笑)。なぜなら先日、zoomで初めて顔合わせをして、この物語について、顔を見せながらディスカッションしていったんですけど、この時間がものすごく有意義だったんだなと感じられました。自信がついているというよりも、稽古一つ一つにわくわくしていますし、今回はノーカット版。全く別の作品になるのかな、とも感じていますし「彼」というものを溝口琢矢として作り上げていければいいなと思っています。
――場面の転換、物語の流れなども非常に印象的な作品ですけれども、難しさなどは感じていたでしょうか?
田尾下:「彼」は決して殺した理由を言おうとはしないんですね。彼は刑を逃れたいというよりも、殺した相手との思い出を語らずに済ませたいという思いがあったはず。それなのに自分から犯人であることを名乗るわけです。そこまでしているにもかかわらず、決して(殺したことを)語らないんです。刑事に対しても。(殺人のことを)言いたくないとまで話しているのに、なぜ最終的に語るのか。36時間も喋らなかったのに最後の30分で語りだすということはよほどのことだと。刑事の方も「絶対に自分が解決してやる」と言うにも関わらず、その後しゃべることがない。その2つの解釈が最大の課題だったわけです。それを観ている人が納得できるだろうかと。それがノーカット版をやることの意味だと我々は捉えました。我々としてはもともとのト書きをちょっと潰して、納得できるものに仕上げることを決めたんですね。もちろん今までのプロダクションはそういうことをしていないと思うのです。もちろん、俳優側も演じる意味を見つけやすいかなと。これから立ち稽古に入りますが、この芝居に関しては台本を読むこと自体が全体の8割だと思っています。どういうつもりでしゃべるのかということを理解するのが大切なので、あとはそれをアクションにするだけ。そういう意味では我々の方針は固まったところなので、これはいけるなと自信を持てている状態ですね。それは長い時間をかけて台本を読めた成果でもあります。
溝口:まず、この36時間を想像するところから始まっています。何が起きているんだろうということをみんなで話し合って。そこが描かれるか描かれないかはこれからですけど、ちょっとずつ見せてもおもしろいのかな、見せないほうがいいんじゃないかetc.。どこまで描くかは台本上では明記されていない。そこも含めて今回僕らが作るもの、どういう作品にしていこうか、ということは日々考えています。普通じゃないんですよね、36時間も起きっぱなしの状況って。誰が一番疲れるかなと考えたときに、やっぱり刑事かなと。刑事は探らなきゃいけないし、常に神経を張ってないといけない。疲れの度合いがちょっと異なると思っているので。そこは稽古で認識を高めたいところですし、田尾下さんともまとめていきたいなと思っています。
――今回、ノーカット版ということですけれど、お客様には前回との比較をされる方もいらっしゃいますし、初めての方もいますよね。
田尾下:この作品は、1回観ただけだと分からない部分がたくさんあるんですよ。だから日本でも海外でも何度も上演されているのですが、同時にそれだけ戯曲がそれだけいいということですよね。作者の想いをすべてわかりたい、表現したいというのが2021年版ですから、その想いが大きな動力になっていると思います。今回はこの状況(緊急事態宣言)ですから、対面ではなくライブチャットでホン読みをしているのですが、だからこそマスクをしないでできているんですね。だから表情などを見られるのが非常に有意義だったなと思っています。俳優側としてもマスクがないだけストレスもかからなかったようですし。同様に、ライブチャットだと資料の共有もできていて。よりわかりやすい、便利だなと。むしろ台本をそれだけ読み込めたということが却ってよかったとも思います。1ヶ月をホン読みに費やせたことってなかなかないんですよ。なので、毎日発見がありますが、この発見はいつまで続くのかなと。カンパニー全員が理解できているので、お客様に伝わるものが変わってくるのではないかと信じてやっています。また、(鈴木)ハルニさんはこの作品、日本では全公演参加していらっしゃるんですが、彼の演じ方も今までとは違ってくるし、大きな役割を果たしてくる。そういうことからも、今まで観た人にも新鮮さが伝わってくるのかなと思っていますね。きっと俳優さんのファンだったり、いろいろな切り口でいらっしゃる方も多いと思いますが、この作品の物語部分を、決して明るいものではないですけれど希望を感じる部分を、ぜひ感じてほしいですね。
溝口:やっぱり比較したいという方はいらっしゃると思います。それに対しては、“して欲しい”かなと。なぜなら比較してもらえるということは、何回も上演されている証拠ですし、理由もある。僕としてはすごく素敵な作品だなと思っているので理由にも納得です。自分がもし観に行く立場だったらもちろん比較しますし。演劇というのはより理解を深めるというんでしょうか、新たな発見が面白いところでもあります。同じ作品でも、やる人が変わればまるで別物ですから。会話劇のように、ある一定の動きが決まっていない作品に関してはなおさら。今回はそれが顕著で、役者の解釈に委ねられる部分が大きい。僕が演じても、きっと前回とは全く違うものになるでしょう。なので、そういう意味で面白そう、と比較してもらえたら。初めてご覧になる方については、この作品は難しいという前情報があるかもしれませんが、そこまで考えずに観ていただきたいなと。ひとつ言えることは、稽古の時点で分かりづらい、伝わりづらい部分をなくしていっています。観に来てくださる皆さんを惑わせようという気は一切ないので。誠実に、ホンと向き合っているので。気張らずに観に来ていただきたいなと思います。
――ありがとうございました。公演を楽しみにしております。
<2019年公演>
https://theatertainment.jp/translated-drama/27710/
<PR動画>
<あらすじ>
1967年 カナダ・モントリオール。判事の執務室。
殺人事件の自首をしてきた「彼」は苛立ちながら刑事の質問に、面倒くさそうに答えている。男娼を生業としている少年=「彼」に対し、明らかに軽蔑した態度で取り調べを行う刑事。部屋の外には大勢のマスコミ。
被害者は、少年と肉体関係があった大学生。
インテリと思われる被害者がなぜ、こんな安っぽい男娼を家に出入りさせていたかが判らない、などと口汚く罵る刑事は取り調べ時間の長さに対して十分は調書を作れていない状況に苛立ちを隠せないでいる。殺害後の足取りの確認に始まり、どのように二人が出会ったか、どのように被害者の部屋を訪れていたのか、不貞くされた言動でいながらも包み隠さず告白していた「彼」が言葉を濁すのが殺害の動機。順調だった二人の関係を、なぜ「彼」は殺害という形でENDにしたのか。密室を舞台に「彼」と刑事の濃厚な会話から紡ぎ出される「真実」とは。
<概要>
日程・会場:2021年7月3日(土)~11日(日) 東京芸術劇場シアターウエスト
作:ルネ=ダニエル・デュボワ
翻訳:イザベル・ビロドー/三宅 優
上演台本・演出:田尾下哲
キャスト:溝口琢矢、原田優一、米原幸佑、鈴木ハルニ
《舞台美術》松生紘子 《音楽》水永達也 《照明》稲葉直人 《音響》竹田雄 《衣裳》小泉美都
《ヘアメイク》Sleep 《衣裳進行》垰田悠 《演出助手》石井麻莉 《舞台監督》鳥養友美
《スチール撮影》NORI 《動画撮影》横山けーすけ 《web 制作》岩田美幸
《票券》鈴木ちなを 《制作協力》首藤悠希 《制作》松島瑞江
《企画・プロデュース》/三宅 優(Zu々)
後援:ケベック州政府在日事務所 カナダ大使館
主催: Zu々 (ずう)
オフィシャルサイト: http://www.zuu24.com/
公式SNS:https://twitter.com/withClaude
問合せ:アンデム 03-6276-3098(平日12:00~15:00)/http://zuu24.com/w:thclaude2021
構成協力:佐藤たかし
取材:高 浩美