ミュージカル「マタ・ハリ」

  女スパイの代名詞「マタ・ハリ」、実在の人物、波乱の生涯を送った。「マタ・ハリ」はダンサーとしての芸名で本名はマルガリータ・ヘールトロイダ・ツェレ、フリースラント系オランダ人。第一次大戦中にスパイ容疑で逮捕され、有罪判決を受けて処刑された。不幸な生い立ちであったが、美貌を生かして生きていかねばならなかった。多数のフランス軍将校やドイツ軍将校と関係を持ち、国際的な陰謀の道具となっていったが、彼女の諜報活動がどの程度であったのかは実は明らかにされていない。1917年、彼女はフランスにおいて二重スパイとして第一次世界大戦で多くのドイツ人、フランス人を死に至らしめた容疑で起訴され、処刑された。当時はフランスにとって戦況は不利であり、軍事上の失敗をマタ・ハリのせいにするのは好都合であった、という事情もあった。また輸送船がUボートによって沈められたのも彼女のせいにしたくらいであった。

 

 ドラマチックなオーヴァーチュアーで開幕、物語の始まりは戦争に苦しむ民衆の歌、黒を基調にした、アクセント的に赤を用いた服装が人々の気持ちを象徴的に見せる。そこへ露出度の高い赤いドレスをまとったマタ・ハリが登場、妖艶な姿で踊る。それから一転して劇場の楽屋、マタ・ハリがいる。彼女はダンサー、しかも売れっ子、ヨーロッパ中で公演を行っていた。時は第一次世界大戦の真っただ中、この当時、既に情報戦だ。自由に国を行き来出来るマタ・ハリは利用されやすい立場だ。そんな折、彼女は運命的な出会いを果たす。街でからまれていたところをある青年に助けてもらったのだ。名はアルマン、傷ついた彼を家に連れていき介抱する……。

 

 

 

マタ・ハリとアルマンの恋愛が縦糸なら、戦争はさしずめ横糸、妖艶で複雑な色合いのタペストリーのよう。背景がモノトーンっぽい絵画のようで、当時の情勢を雄弁に語る。布の使い方が効果的で、裁判のシーンはシンプルな布が自在に変化する。圧倒的な楽曲の数々で、ライトモチーフも効果的だ。ソロ、二重唱、三重唱、皆、かなりの歌唱力で歌だけでも聞きごたえあり。

 

 

 

 謎の多いマタ・ハリの人生、ここでは運命に翻弄されながらも、懸命に生きる1人の人間として描かれている。そして究極の愛を見つけ、殉じる。そしてアルマンもまた、真実の愛に目覚める。将校たちは、戦争の勝利にこだわり、そのためには手段等選んでいる場合ではない。そんな時勢、マタ・ハリの存在は好都合なのであった。

 マタ・ハリ演じる柚希礼音が露出度の高いドレス姿で踊るが、「マタ・ハリってこんな感じだったかも」と思わせてくれる。艶っぽいだけでなく、ほのかな憂いも感じられてその悲劇性が一層、際立つ。後半はアルマンとの愛に目覚め、1人の女性として前を向く。一方のアルマン演じる加藤和樹、後半は愛に生きる男の色香を放ち、秀逸。ラドゥ大佐は一言で言えば心が醜い男かもしれないが、そうせざるを得ない時代、本当はマタ・ハリに心惹かれているのだが、彼女を利用しようとするのは、戦時中故のこと。どことなく哀愁が漂う大佐を佐藤隆紀が的確に演じるがソロ歌唱も圧巻。いかにも切れ者なドイツ将校ヴォン・ビッシング、ベテランの福井晶一が貫禄で存在感を示す。マタ・ハリの衣裳係のアンナ、マタ・ハリのよき理解者、和音美桜の優しいまなざし、戦争で死ぬことが怖いパイロットのピエールの西川大貴の表情が観客を切なくさせる。皆、適材適所で、物語を盛り上げる。アンサンブルもスキルが高く、安定感もある。ラストのマタ・ハリの処刑シーンは、リアルにせず、象徴的な表現で観客の心に残る。数奇な人生を歩んだマタ・ハリ、不幸の連鎖のように見えるが彼女自身はどう感じていたのかは実際にはわからない。しかし、ラストの表情は切なくもやり切った感情を垣間見せてくれる。ワイルドホーンの楽曲が冴え渡り、見応えのあるミュージカルとなっていた。

 

<ストーリー>

1917年、第一次世界大戦の暗雲たれこめるヨーロッパ。

オリエンタルな魅力と力強く美しいダンスで、パリ市民の心をとらえて放さないダンサーがいた。名は、マタ・ハリ。

彼女の人気はヨーロッパ中におよび、戦時下であっても国境を越えて活動する自由を、手にしていた。

その稀有な存在に目をつけたフランス諜報局のラドゥ大佐は、彼女にフランスのスパイになることを要求する。もし断れば、人生をかけて隠してきた秘密を暴くことになる、そう、ほのめかしながら・・・・・・。自らの過去に戻ることを恐れ、怯えるマタ。

同じ頃、彼女は、偶然の出来事から運命の恋人に出会う。戦闘パイロットのアルマンは、彼女の孤独な心を揺らし、二人は、ともに、美しい夜明けのパリを眺め、人生を語り合う。

一方ラドゥの執拗な要求は続き、一度だけスパイをつとめる決心をしたマタ。彼女の世話を続けてきた衣装係のアンナの祈りの中、公演旅行でベルリンへ向かい、ドイツ将校ヴォン・ビッシング宅で、任務を無事遂行する。しかし、謀略はすでにマタ・ハリの想像を超えて進み、アルマンへの愛に目覚めた彼女の運命を、大きく歪めようとしていた・・・。

 

【公演データ】

ミュージカル「マタ・ハリ」

 

期間:2018年1月21日~1月28日

会場:梅田芸術劇場メインホール

 

期間:2018年2月3日~2月18日

会場:東京国際フォーラムC

 

脚本:アイヴァン・メンチェル

作曲:フランク・ワイルドホーン

歌詞:ジャック・マーフィー

オリジナル編曲・オーケストレーション:ジェイソン・ホーランド

訳詞・翻訳・演出:石丸さち子

出演:

マタ・ハリ:柚希礼音

ラドゥー/アルマン:加藤和樹

ラドゥー(Wキャスト):佐藤隆紀(LE:VELVETS)

アルマン(Wキャスト):東啓介

ピエール(Wキャスト):西川大貴/百名ヒロキ

パンルヴェ:栗原英雄

アンナ:和音美桜

ヴォン・ビッシング:福井晶一

遠山裕介/則松亜海/田村雄一

石井雅登/乾直樹/木暮真一郎/後藤晋彦

彩橋みゆ/石田佳名子/神谷玲花/彩月つくし/花岡麻里名/松田未莉亜/吉田理恵 (五十音順)

 

公式サイト:http://www.umegei.com/matahari

 

文:Hiromi Koh