音楽朗読劇 「シラノ」 究極の恋愛劇、音楽と朗読でシンプルに、切ない恋のトライアングル

春に上演された音楽朗読劇「ジキルvsハイド」に続く第2弾、今度は有名戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」、この作品は17世紀フランスに実在した剣豪作家、シラノ・ド・ベルジュラックを主人公にしたもので、エドモン・ロスタン作の五幕の韻文戯曲。初演は、シラノ没後242年の1897年。ポルト・サン=マルタン座の12月28日の初日から500日間、400回、パリ中を興奮させたといわれている。以降今日に至るまで、世界各国で繰り返し上演されている名作。日本ではこれを翻案した「白野弁十郎」が1926年(大正15年)1月に邦楽座で初演され、大成功を収めた。初ミュージカル化はブロードウェイで『Cyrano』というタイトルで1973年に上演された。映像化で有名なのは1950年、のホセ・フェラー主演作で、この作品でフェラーはアカデミー賞の主演男優賞を受賞。ちなみに初映像化は1900年のこと。
1990年には、ジャン=ポール・ラプノー監督によりフランスで製作され、こちらも主演のジェラール・ドパルデューがアカデミー賞の主演男優賞候補になった。1987年には、舞台を現代に置き換えたスティーヴ・マーティン主演の『愛しのロクサーヌ』がある。
さて、今回の音楽朗読劇であるが、前回の「ジキルvsハイド」では登場人物を3名に絞り、照明等を駆使してビジュアル的にも工夫がなされ、それを音楽で彩り、キャストの声でドラマを紡いでいった。今回の「シラノ」も登場人物を3人に絞り、物語を紡いでいく。
観劇したのは武内駿輔(シラノ)、村田太志(クリスチャン)、伊波杏樹(ロクサーヌ)の回。タイトルロールを演じる武内駿輔は2016年には、第10回声優アワードで新人男優賞を受賞した気鋭の声優。村田太志も人気声優で数多くのアニメ・ゲームのキャラクターを演じている。伊波杏樹は舞台を中心に活動しているが、声優の仕事も多い。舞台では「スーパーダンガンロンパ2 THE STAGE 〜さよなら絶望学園〜2017」などに出演。
まずは鐘の音、ヨーロッパの教会を彷彿とさせる音、客席からシラノが語りながら登場する。ここでシラノは実は実在した人物であり、剣の達人であることが観客に示される。よって物語を知らなくても、ここでアウトラインはわかる仕組み、「いよいよ幕が上がります!」とシラノ役が高らかに言い、トランペット、太鼓の音、そしてクリスチャン役とロクサーヌ役も登場する。ロクサーヌを見つめるシラノ、クリスチャン、ここで3人の関係性がわかる。ドラマチックな出だしだ。そしてクリスチャン役のモノローグ、ロクサーヌに出会った時のことを語るが、客観性も交えて話すので、情景が思い浮かびやすい。「兵士としては自信はありますが、でも恋を語るには・・・・・・」と話すクリスチャン。早い話が一目惚れ、しかし、彼は奥手なのだ。彼がロクサーヌに恋した経緯を語り終えると次はロクサーヌのモノローグ、語っている内容を聞くと、そう、クリスチャンが一目惚れした時に彼女もまた、クリスチャンに魅せられていたのであった。劇場で恋に落ちる、なかなかドラマチックなシーン。それから原作では1幕に当たる、シラノが芝居上演中のブルゴーニュ劇場に乱入し、貴族たちに喧嘩を売り、芝居をぶち壊す。ロクサーヌに言い寄っていた貴族を即興の詩を唱えながらやっつける、痛快な場面だ。ここはシラノ役の見せ場(聞かせどころ)、多少の手振りを交えての熱演。シラノは大きい鼻が特徴的で美男とは言い難いがめっぽう強く、文才もある。対するクリスチャンはいわゆる『イケメン』だが、自分の想いをうまく言葉に出せない純な性格。ロクサーヌはロマンチスト、ロクサーヌの意味は古いイランの言葉で「輝く美しさ」、まさに彼女は2人にとってミューズなのだ。口下手なばかりに想いを伝えられないクリスチャン、言葉巧みでなんでもできるがルックスはイマイチなシラノ、しかもロクサーヌからは「いいお兄様(しかもいとこ同士!)」と思われている。登場人物を3人に整理し、朗読劇というシンプルなスタイルにすることによって、そんな男2人の届かぬ想いをクローズアップする。ロクサーヌに自分の想いを伝えられず、シラノに頼るクリスチャン、本当はロクサーヌが好きで好きでたまらないのにクリスチャンの恋の成就に手を貸そうとするシラノ、そうとは知らずにシラノが書いたラブレターをクリスチャンが書いたものと信じて恋するロクサーヌ(しかもこの恋愛を“お兄様”であるシラノに相談!)。切ないトライアングル、また舞台上の立ち位置と高低も関係性をビジュアル的に示す。音楽は過剰にならず、ここ一番という場面で時にはドラマチックに、時にはピアニッシモな奥ゆかしい入り方をする。クリスチャンの顛末、ロクサーヌの行動、シラノの男気、ストーリーはもちろん原作通り、映画などでストーリーを予め知っていても興ざめすることはない。戯曲そのものの力と俳優陣の声の力、朗読劇という演劇でも最もシンプルなスタイル、これがうまくかみ合わさり、観客に物語が迫ってくる。

シラノ役:武内駿輔

シラノ役の武内駿輔はよく通る声で、特に最初のブルゴーニュ劇場での痛快な振る舞いをする場面では会場の空気を一変させる。対するクリスチャン役の村田太志、恋に気弱なキャラクターを愛おしくなるような雰囲気で好感が持てる。伊波杏樹は可憐で恋の詩に心酔し、恋に盲目な女性を好演。
初演から100年以上が経過し、様々な形で上演されている戯曲、先ごろ、ミュージカル版も上演されたが、こういったシンプルなスタイルも、また贅沢というもの。毎回キャストが変わるので、そのたびに違空気感、楽しみな音楽朗読劇である。

音楽朗読劇「ジキル VS ハイド」

【公演概要】
公演タイトル:朗読で描く海外名作シリーズ 音楽朗読劇 「シラノ」
原作:エドモン・ロスタン
翻案・演出:田尾下 哲
音楽:茂野雅道
日程:2018/8/7(火)~10(金 )、13(月)~15(水) 計7日間
場所:TOKYO FMホール
出演:
8月7日(火)19:00:福島潤、伊東健人、徳井青空
8月8日(水)13:00:鈴木裕樹、谷佳樹、豊原江理佳
8月8日(水)19:00:岸尾だいすけ、小松昌平、伊波杏樹
8月9日(木)13:00:武内駿輔、村田太志、伊波杏樹
8月9日(木)19:00:諏訪部順一、村田太志、伊波杏樹
8月10日(金)13:00:谷佳樹、輝山立、豊原江理佳
8月10日(金)19:00:石川界人、濱野大輝、田所あずさ
8月13日(月)13:00:柏木佑介、輝山立、豊原江理佳
8月13日(月)19:00:代永翼、八代拓、田所あずさ
8月14日(火)13:00:中島ヨシキ、伊東健人、吉岡茉祐
8月14日(火)19:00:中島ヨシキ、西山宏太朗、吉岡茉祐
8月15日(水)13:00:福島潤、伊東健人、徳井青空
8月15日(水)19:00:岸尾だいすけ、小松昌平、伊波杏樹
制作協力: MAパブリッシング
後援: TOKYO FM
主催製作: ステラ ャステング/東京音協

公演 オフィシャル HP: http://musica-reading.jp//

文:Hiromi Koh