市村正親 & 鹿賀丈史 W主演 ミュージカル『生きる』上演中 自分と向き合って、ただ生きるだけ。

好評につき再再演を迎えたミュージカル『生きる』が上演中だ。黒澤明の傑作『生きる』のミュージカル化、時を経てイギリスで再映画化もされている。脚本を手掛けたのは『日の名残り』などで知られるノーベル賞作家、カズオ・イシグロ。つまり、リメイクされたりミュージカル化される、と言うことはそれだけ普遍性のある作品、ということになる。
出だし、高度経済成長時代の少し前の時代、群衆の服装などが、いかにも”昭和”。「ある男が」と歌う。”ある男”、つまり特別感はない、”ある”男なのだ。この物語の語り部のポジションの小説家(平方元基/上原理生)が登場「何があったか、これから見届けよう」と歌う。「名前は渡辺勘治!」

役所の朝。規則正しく出勤する。撮影:引地信彦

渡辺勘治(市村正親 /鹿賀丈史)の平凡な日々を見せる。遅刻したことなどなく、規則正しい生活を送っている。だが、単なる”規則正しい生活”ではなく、渡辺勘治、何か夢も持ったこともなく、決まった時間に起きて、日課を済ませ、役所へ出勤、ただただ、淡々と生活している。家の2階には息子夫婦が住んでいる。朝、夫の渡辺光男(村井良大)がなかなか起きてこないので妻の一枝(実咲凜音)が起こしにくる。

息子夫婦、手にしているのは家族旅行のチラシ。

だが、こういった風景も日常であり、実にありふれている。渡辺勘治は市民課の課長。特に何かを成し遂げようとする気持ちはゼロ。そんな折に主婦たちがやってくる、「公園を作ったらええ!」と威勢よく市役所にやってきた主婦たち。だが、どこかの役所と同じく、主婦たちはたらい回しに。渡辺勘治はお構いなしに淡々と仕事をこなすだけ。
だが、このところ、胃の具合がよくない様子で病院に行くが「軽い胃潰瘍です」と告げられるが、実は…。妻の写真に話しかけたりする姿、寂しい雰囲気も感じられる。息子夫婦は2階。新しい家を望む妻・一枝(実咲凜音)、妊娠3ヶ月、新居が欲しい。「建て替えか別居」と父に言う息子。
いたたまれてなくなってしまう父親である渡辺勘治。そこで出会ったのが小説家、「金の使い方を教えて欲しい?!立派な人だ」と言い、渡辺勘治を「楽しむべき人」と歌う。そして勘治を連れてあちこちへ。だが、勘治の心は晴れない。

小説家に出会う。「楽しまなきゃ」とばかりにあちこちへ。撮影:引地信彦
若い女性が家に…。穏やかではいられない息子夫婦にお手伝いさん。撮影:引地信彦
とよはもっと自分がワクワクするものを求めて転職。
勘治を気遣うとよ。自分の命が長くないことを知ってる勘治だが、とよの言葉で…。

そんな折に同じ職場の小田切とよ(高野菜々)に街中で出会う。闊達で明るく行動力もある彼女。とよは少し変わっているが、自分の気持ちの赴くままに生きる、そんな彼女、皆にあだ名をつけてたと”告白”。ちなみに渡辺勘治は「ミイラ」(笑)。渡辺勘治はすっかりとよに感化されるも、息子の光男は「みっともない!」と父に怒る。光男は父がいい歳をして…と思い込んでいたのだった。

自分はどうするべきなのか気づく。ここの歌は聴きどころ。
表情も変わった勘治。今までの自分からの脱却。

渡辺勘治は、とよの一言で”目が覚めた”。1幕ラストのビッグナンバーは圧巻。そして2幕は渡辺勘治の奮闘ぶりが描かれる。

助役。したたかな人物。夢を持つなどくだらないと思う。
ヤクザの組長。勘治たちの前に大きく立ちはだかる。
ちょ、ちょっと…。そういうことだったの?!
急に人が変わってしまったようになった父に戸惑う息子。

映画を観ている人はもちろん、観てなくても、最初から展開もオチもわかっているはずなのに観入ってしまうのは作品の持つメッセージ性であろう。真面目だけが取り柄の主人公が変化していく姿、自分の命が尽きることが近いことを悟り、変化していく。公開ゲネプロでは市村正親だったが、”そこにいる”という感覚。他のキャストの面々も物語の中に”生きている”。夢がない主人公、誰もが共感するところ、夢を持ったところでどうなる?という無常感。そこからの脱却。自分の命が尽きる前に何かやらねば、思うようになる。そして周囲の人々、息子の光男、平凡な幸せを感じているが、父親の想定外の変化に戸惑う、しかも若い女性と”つるんで”など想像もつかないことで、溝を作ってしまうのも無理からぬこ、”無理解”では片付けられない。また、主人公に変化を与える人物が小田切とよ。ナチュラルに生きており、少々面白い性格、職場の人にあだ名、渡辺勘治は「ミイラ」、それを普通に本人に言ってしまう”天然”ぶりを発揮。役所勤務は向いてないのが手に取るようにわかる。そのほか、「家を新築したい」という光男の妻・一枝の言い分も「あるある」、助役の裏の顔もいかにもありそうな。ヤクザの組長(福井晶一)、ヤクザ稼業を続けるには色々と裏で取引せねばならないが、そこを思い切りよく(笑)、なんの迷いもなく!

自分の命の炎がもうすぐ燃え尽きることをひしひしと感じる。
映画でも有名なシーン。振りしきる雪。

登場人物に歴史上の著名な人物が出てくるわけでもなく、全て市井の人々。彼らが紡ぐ、なんの変哲もない物語には多くのことが詰まっている。生きること、そのために懸命に何かを考えること。上演するたびにブラッシュ・アップ。映画公開当時から、色褪せることなく支持され続けてきた作品。ミュージカル版、観た方もそうでない方も観ておきたい2023年版、東京は24日まで、大阪は今月29日より。

<高野菜々インタビュー記事>

市村正親 & 鹿賀丈史 W主演 ミュージカル『生きる』 高野菜々(小田切とよ役) インタビュー

概要
日程・会場:
東京:2023年9月7日(木)~24日(日) 新国立劇場 中劇場
大阪:2023年9月29日(金)~10月1日(日) 梅田芸術劇場メインホール
キャスト
渡辺勘治(ダブルキャスト) 市村正親 /鹿賀丈史
渡辺光男 村井良大
小説家(ダブルキャスト) 平方元基/上原理生
小田切とよ 高野菜々(音楽座ミュージカル)
渡辺一枝 実咲凜音
組長 福井晶一
助役 鶴見辰吾
佐藤誓
重田千穂子
田村良太
治田敦、内田紳一郎、鎌田誠樹、齋藤桐人、高木裕和、松原剛志、森山大輔 あべこ、彩橋みゆ、飯野めぐみ、五十嵐可絵、河合篤子、隼海惺、原広実、森加織
齋藤信吾*、大倉杏菜* スウィング*
安立悠佑 高橋勝典
スタッフ
原作:黒澤明監督作品 「生きる」(脚本:黒澤明 橋本忍 小國英雄)
作曲&編曲:ジェイソン・ハウランド 脚本&歌詞:高橋知伽江 演出:宮本亞門
美術:二村周作、照明:佐藤啓、音響:山本浩一、衣装:宮本まさ江、 ヘアメイク:小沼みどり、映像:上田大樹、振付:宮本亞門 前田清実、 音楽監督補:鎭守めぐみ、指揮:森亮平、歌唱指導 板垣辰治、 稽古ピアノ兼音楽監督補助手:村井一帆、稽古ピアノ:安藤菜々子、 演出助手:伴 眞里子、舞台監督:加藤高
主催:ホリプロ TBS 東宝 WOWOW
後援:TBS ラジオ
特別協賛:大和ハウス工業
企画協力:黒澤プロダクション
企画制作:ホリプロ
公式サイト:https://horipro-stage.jp/stage/ikiru2023/