奏劇 「ライフ・コンチェルト」 ある教誨師の物語〜死刑執行までのカウントダウン 音楽と言葉がクロスし、特別な空間を奏でる 

作曲家であり、ピアニストでもあり、また、この作品の企画でもある岩代太郎が『奏劇』という新しい形態のライブエンターテイメントにチャレンジする。
舞台上には特にセットらしいものはない。中央には拘置所にある窓を思わせるものとキャストが座る椅子が4脚あるだけだ。
始まる前に鐘の音、どこか乾いた響きがする。そして演奏者が登場し、音を合わせてスタート。指揮とピアノは岩代太郎。まずは音楽、弦楽四重奏なのだが、弦の音が重層的に鳴り響く。厚みのある、それでいてシンプルな構成。それから朗読をするキャストが登場(ゲネプロでは染谷俊之)し、そのあとに登場人物を演じるキャストが登場する。教誨師、聞きなれない言葉であるが、簡単に言うと『受刑者に対して教誨・教戒を行う者』、その歴史は古く、明治41年から施行されたそう(現在は改正されている)。ベテラン教誨師の牧師・元村由紀夫(國村隼)、彼は後任として新人の塩野智嗣(高田翔)を選んだ。そして登場する死刑囚は強盗殺人を犯した古戸健治(大森博史)と娘の同級生3人を切り刻んだ大島玲子(長谷川京子)。この4人を軸にストーリーは進行する。

死刑囚であろうとなかろうと死は等しく訪れる。死刑囚と向き合う教誨師、いつ訪れるかわからない死刑執行までの日々を彼らと語り合う。若い教誨師・塩野は初めての経験に戸惑いを見せるが、彼らと真摯に向き合い、少しずつであるが、様々なことに気づき、教誨師としての覚悟を固めていく。一方のベテラン教誨師の元村は自身の命の砂時計がもうすぐ終わりに近づいていることを察しており、彼もまた、いつ訪れるかわからない『その日』を心に抱きながら若い塩野や死刑囚と向き合う。

このドラマを音楽、生演奏が作品世界や登場人物の心情を細やかに、時には雄弁に、時にはドラマチックに表現する。音楽とキャストが紡ぎ出す言葉、その意味、心、魂を受け止める、劇場にいる全ての人は。弦楽四重奏、ピアノ、その音色は心を揺さぶり、様々なことを感じさせる。人が人を裁くことはできないというが、死刑制度は人間が考えたものだ。そして人は人を救うことができないというセリフもある。人として生きることは?描かれていること全ては重いが、だからこその『ライフ・コンチェルト』、産まれ落ちた瞬間から人は死にむかって歩んでいる。

元村は何人もの死刑囚と何度も会い、話を聞いているのだが、自分の死に向き合うとなるとたじろぐ。強盗殺人を犯した古戸は「死刑囚は楽ですよ!俺は死刑以上にはならねーんだよ!」と叫ぶシーンがあるが、彼なりの真実だ。元村は「心こそが人間にとって最も大切」と言い、対して大島は「心という臓器はない」と言い放つ。元村は「どう生きるかは彼らが決める」と言うが、それは地球上に生きる全ての人間に通じる言葉だ。

後半、死刑囚ではないが、大島の娘である瑠璃(黒川智花)が登場する。外科医として成功し、玲子の自慢の娘でもある。瑠璃は言う「神様を信じますか?」と。教誨師2人は大島母娘と接触するうちにあることに気がつくが、玲子の死刑執行は決まってしまう。

元村演じる國村隼は円熟した人柄をにじませ、さらに後半の死に対しての動揺を見せる人間らしさを見せてさすがの奥行きのある演技。対する塩野演じる高田翔は荒削りながらも、それが塩野の初々しさとまっすぐさを感じさせる。大森博史の古戸は時折ドスの効いた声で言い放ったかと思えば、元村に対しての気遣いを見せる時の口調の落差は古戸の実直さをにじませる。長谷川京子の玲子は最初はミステリアスさを、そしてラストは母の愛をにじませて好演。後半に登場する娘・瑠璃を演じる黒川智花は、最初はなんとも言えない不気味さを漂わせていたが、次第に彼女の信じる正義とロジックが見えてくるに従ってそれは一種の危うさヘと変化する。

弦楽四重奏とピアノ、そしてセリフだけが響く“無音”の時間。その全てが『奏』、中央に設置されている“窓”は様々な意味合いを感じさせる。特にそこから照明の光が放たれる時は、神々しさも感じさせる瞬間がある。そして死刑囚2人、強盗殺人犯は一般的にイメージしやすいキャラクターであるのに対して娘の友人を切り刻んだ罪に問われる死刑囚は何が正義なのか、価値観や倫理観を観客に突きつけるキャラクターで、話題としてあの731部隊も登場する。また教誨師もベテランと新人を登場させてメリハリをつけ、死刑囚ではないが、事件の鍵を握る医者でもある娘を登場させ、物語のテーマを観客に深く洞察させる。朗読者は立場的にはこの「奏劇」のクリエイターであるが、同時にこの作品を俯瞰的なポジションにも感じる。染谷俊之が静かに語る。死刑制度への疑問、矛盾、そしてこの作品の意図するところを観客に提示する。音楽の可能性、この「奏劇」の『これから』、トライアウト的な要素が大きいが、伸びしろも感じさせる公演、演劇にしろ、映画にしろ、いわゆる原作ものが多い昨今、こういったまったくのオリジナル作品を新しい表現で、というチャレンジはもっとたくさんあってもいいと思わせてくれる公演である。

9月にはコンサートも予定されている。

〈あらすじ〉
死刑が確定したその日から、実際いつ死刑が執行されるのか、死刑囚本人も、 周りの者にも決して知らされることはない。それは何日も何日も待たされることもあるという。教誨師は、そんな彼らの執行までの残された日々の中で向き 合い、語り合うという役目を担うのである。ベテラン教誨師の牧師・元村由紀夫は、自分の後任に塩野智嗣という青年を選んだ。塩野は少年期、屈折していて補導されたことがあった。その時心の支えとなったのが元村であり、今日牧 師として自分が在るのは元村あってのこと、と常に心の奥底で感謝の念を抱き 日々を過していた。そして何年か振りに元村との再会で教誨師の道に足を踏み 入れることになった。二人の前に大島玲子と古戸健治という死刑囚が現れる。 古戸は老夫婦宅に押し入り、強盗殺人を犯して死刑が確定していた。元村が古 戸を担当し、対話を重ねて来ていたが、大島玲子という新たな死刑囚を担当することになり、時間の都合で塩野が古戸と向き合うことになった。初めての教 誨。恐怖心と緊張ですっかり翻弄されてしまった塩野だったが、誠実に向き合 おうとする塩野の姿勢に、日々少しずつ心を開く古戸だった。一方、玲子は自 分の娘の同級生3人を殺し、切り刻んだ罪で死刑が確定していたが、対話のハ ードルが高く、元村は全身全霊で向き合っていった。玲子の娘は瑠璃という。 時折面会に来るので元村も塩野も何度か顔を合わせるようになる。元村は背中 を汗でびっしょりになりながらも玲子との対話を重ねたが、そんなある日、殺 人を犯した人間とはどうにも思えない、という感情が芽生え始めた。長年の経 験と勘だろうか。しかし、元村の体は病に冒されていて、ついに入院を余儀な くされた。と、ちょうどその頃、古戸の死刑が執行されることに。最期を見届けた 塩野。そして玲子に向き合う塩野。元村も亡くなってしまった今、彼の遺 志を受継いで玲子との対話と、娘・瑠璃との会話を重ねてゆくにつれ、恐るべ き事実に到達する。やはり、玲子は殺人を犯してはいなかったと確信する。し かし、時は待たず玲子の死刑執行が決まり、その日がやって来た。母の死を目 前に控えた娘と塩野は・・・・・・。

【概要】

奏劇「ライフ・コンチェルト」
ある教誨師の物語〜死刑執行までのカウントダウン

期間:2018 年 8 月 29 日(水)~9 月 3 日(月) 全 8 公演
会場:紀伊國屋ホール
企画・原作・音楽:岩代太郎
脚本:土城温美
演出:深作健太
出演:國村隼 高田翔(ジャニーズ Jr.) 黒川智花 大森博史 長谷川京子

演奏:岩代太郎/指揮・ピアノ

東京フィルハーモニー交響楽団のメンバーによる弦楽四重奏団

語り/染谷俊之(29 日、30 日、31 日、3 日の出演)、伊東健人(9 月 1 日 13;30 公演、2 日 13:30 公演の出演)、石川界人(9 月 1 日 17:30 公演の出演)

<クラシックホールでの公演予定>
奏劇「ライフ・コンチェルト」による番外編コンサート・一日限定開催決定!
公演概要 「ライフ・コンチェルト組曲〜弦楽オーケストラ・コンサート版」を戯曲風演出で!
日時:2018 年 9 月 17 日(月)14:00 開演
会場:紀尾井ホール
演奏:岩代太郎(指揮)、須川展也(サックス) 東京フィルハーモニー交響楽団による弦楽オーケストラ&ヴォイス(語り)他
トークセッションゲスト:サヘル・ローズ
特別ゲスト(朗読):國村隼
公演情報:http://www.promax.co.jp/lifeconcerto/

文:Hiromi Koh