舞台『死の泉』美を追い求めたその先にあるものは・・・・・・狂気と嫉妬と憎しみと愛とが絡み合い、人々を飲み込んでいく。

直木賞受賞作家・皆川博子の代表作、傑作ミステリー「死の泉」が2020年2月・3月、紀伊國屋ホール・近鉄 アート館にて上演、紀伊国屋ホールでは2月27日より上演中だ。
原作は、その美しくも衝撃的なストーリーが話題となり第32回吉川英治文学賞、 「週刊文春ミステリー・ベスト10」第1位、「このミステリーがすごい!」第3位などを受賞した皆川博子の「死の泉」。
男優が女性役をも演じるという独特の手法をとり、耽美な世界観と、美しく繊細な舞台演出で確固たる人気を誇る劇団スタジオライフが12年の時を経て、再び「死の泉」を!
同作を1999年に初舞台化して以降、何度も再演を重ねてきたスタジオライフメンバーに加え、 さらに今回は馬場良馬、松村泰一郎、竹之内景樹、松村優、滝川広大、宮崎卓真ら、 多彩な若手俳優を迎え、新たな「死の泉」をお届けする。また、この作品はStudio Lifeと東映ビデオの共同プロジェクトとなっており、その第一回目である。
資料映像が映し出される。第二次世界大戦時のドイツ、ヒトラーが政権を握っており、ヒトラーや当時のドイツ軍が映し出される。つまり、フィクションであるが、歴史的背景は史実である、ということを示している。少年2人が逃げ惑う、ナチスの兵士が子供達を追いかける。衝撃的な場面、そして場面が変わり、ここはナチスの施設であるレーベンス・ホルンの産院。私生児を妊娠したマルガレーテ(松本慎也・関戸博一/Wキャスト)が連れてこられる。この施設、実際にあったもので、ナチス支配下のドイツでは、民族アーリアンを推賞し、ユダヤ人やツィゴイネルなどを劣等民族とみなし弾圧し、その優秀な子供たちを産み育てるための施設であった。彼女はそのために連れてこられたのであった。「お国のために丈夫な子を産むのね」と言われるマルガレーテ。そして当時、ポーランドなどに侵攻し、純血のアーリア人の子供を誘拐していたが、ここに登場する二人の少年、エーリヒ(伊藤清之)とフランツ(澤井俊輝・松本慎也/Wキャスト)、彼らは誘拐されて、ここに連れてこられた子供であった。

マルガレーテは、そこで不老不死の研究をし、芸術、特にボーイ・ソプラノを偏愛する医師・クラウス(笠原浩夫)に出会い、彼は彼女に求婚する。そして二人の少年を養子にし、いわゆる”ステップファミリー”となった。それなりに穏やかな生活であったが、戦況はドイツにとってだんだん不利な状況になり、ついに”ノルマンディ上陸”を迎える。そしてクラウスの言動にマルガレーテは次第に恐怖を覚えていく。最現なく美しいものを、美を芸術を愛し、カストラートに執着するクラウス、カストラートの話を熱心にマルガリーテに話すクラウス、「そんな・・・・・冒涜的な」とマルガレーテ。クラウスに雇われた家政婦・モニカ(石飛幸治)はマルガリーテの置かれた立場に嫉妬、看護婦・ブリギッテ(山本芳樹)とクラウスの関係、ブリギッテは彼の子供を身籠る。利用され、命の危機に・・・・・それを救ったのがフランツであった。マルガレーテが、12歳のフランツに感謝のキスをする。フランツは「僕が守る!」と言う。

しかし、これらから本当の悲劇と狂気が始まるのだった。
戦争が終わり、子供達は青年に成長したが、その心は複雑。悲劇と狂気と嫉妬と憎しみが交錯し、全ての登場人物が運命に翻弄されていく。そして2幕で1幕には登場しなかった人物、ギュンター(曽世海司)、彼はマルガリーテの幼馴染であった・・・・・・。
実に様々な要素がこの物語には内包されている。舞台化されている部分は全体の一部であるが、それでも物語の全貌を知るに十分だ。カストラート、近代以前のヨーロッパに普及した去勢された男性歌手のこと。ボーイソプラノ時の声を持続させるために去勢を行う。クラウスはエーリヒに手術を施す。そしてユダヤ人、ツィゴイネルへの弾圧、美しいものだけが”正義”と考えるクラウス、ゲーテの「ファウスト」さながら。正気を失うマルガレーテ。クラウスは己の美に対する欲望を満たしていくのだが、これが彼に関わる人々、また間接的に関係している人々の運命を変えてしまっている。登場人物も複雑にからみあい、それが重層的に展開していく。

俳優と役がキャラクターにあっており、ついつい引き込まれてしまう。冒頭の資料映像がリアル、そしてそこから始まる物語はその対極をなして幻想的な雰囲気でミステリアス。
この相容れない要素が、不思議とからみあい、観客にとって誘惑的な旋律を奏でる。物語の先にあるもの、彼らの心の奥底に潜む思い、そんなことを想像しながら、作品の世界観にのめり込む。ラストの景色、その向こうにあるもの、何を感じるかは観客の個々の考え方や感じ方に委ねられている。また、スタジオライフならではの全ての役を男性が演じるというスタイルが作品にマッチする。レパートリー化されているのも頷ける。
劇場は紀伊国屋ホール、ちょうど原作本も劇場入り口に平積みされているので、芝居を見てから原作を読むのも一興かもしれない。

<物語>
私生児を身ごもったマルガレーテはナチスの施設であるレーベンス・ホルンの産院に身をおくことになり、そこで不老不死の研究をし、芸術、特にボーイ・ソプラノを偏愛する医師・クラウスの求婚を承諾する。彼と二人の養子たち、そして生まれた子供と静かな家庭生活を送っていたが、次第に激化する戦火の中、狂気を帯びていくクラウスの言動にマルガレーテは恐怖を覚えはじめる。それはやがてやってくる悲劇へのほんの序章に過ぎなかった。

[登場人物]
クラウス・ヴェッセルマン(笠原浩夫)
ナチスの医師。人体実験をする一方で芸術を偏愛している。
マルガレーテ(松本慎也、関戸博一/Wキャスト)
物語の発端となる人物。ギュンターの子を身籠りレーベンス・ボルンへやって来る。
青年フランツ(馬場良馬)
心に闇を抱えながら、クラウスへの復讐を企てている。
少年フランツ(澤井俊輝・松本慎也/Wキャスト)
ポーランドから攫われてきた金髪碧眼の少年。エーリヒに請われ一緒にクラウスの養子となる。
青年エーリヒ(松村泰一郎、宇佐見輝/Wキャスト)
カストラートの歌声を持ち大道芸人として生計を立てている。
少年エーリヒ(伊藤清之)
ポーランドから攫われてきた美しい歌声を持つ少年。クラウスの手によりカストラートとなる手術を執刀される。
グラーフ(竹之内景樹)
モニカ(石飛幸治)
クラウスの家に雇われた家政婦。マルガレーテを追い詰め苦しめる。
ギュンター(曽世海司)
マルガレーテが身籠った子の父親。単なる遊びのつもりだったが、後に彼女を愛していたことに目覚める。
ミヒャエル(鈴木宏明)
マルガレーテとギュンターの子ども。病弱。
ゲルト(松村 優)
レーベンス・ボルンの看護婦だったブリギッテとクラウスとの間に生まれた青年。父のことは知らない。ネオナチの組織に加わる。
ヘルムート(宮崎卓真)
ネオナチのリーダー。ゲルトを愛している。
ニコス(滝川広大)
ブリギッテ/リロ(山本芳樹)
祖母(倉本 徹)

大沼亮吉・吉成奨人・前木健太郎・ 富岡良太

【「死の泉」-公演概要- 】
東京公演:紀伊國屋ホール
2020年2月27日(木)~3月8日(日) 全14ステージ
大阪公演:近鉄アート館 キャスト
2020年3月13日(金)~3月15日(日) 全4ステージ
公式 HP:http://www.studio-life.com/stage/shinoizumi2020/
(C)皆川博子(C)舞台『死の泉』製作委員会