世代、障害を越えてオーケストラコンサートを…… 東京文化会館 リラックス・パフォーマンス

幼い子供が劇場で静かに座っていられないかもしれないという不安感や障害を理由にコンサートにいくことを躊躇してしまう方もいるのではないだろうか………ところが、このリラックス・パフォーマンスは、そういった人々にも最良の劇場体験を!というもの。リラックス・パフォーマンスとは、通常の公演と異なり、完全な静寂でなくても鑑賞を楽しめる環境の公演。発達障害、自閉症、また聴覚に障害がある方でも気軽にコンサートが楽しめる、画期的なものだ。

座席はコロナ対策のために基本、一つおきに、またはグループごとに間隔を空けて座れるようになっている。特定のエリアの席には筒型のスピーカーが置いてある。これは聴覚に障害のあるお客様も音楽が楽しめる抱っこスピーカー「ハグミ―」(約40席)というもので表面はふわふわしたタオル地素材で覆われており、色もカラフルだ。これを抱き枕のようにして使用する。別のエリアには、振動により全身で音楽を楽しめる体感音響システム「ボディソニック」(約20席)も用意されている。子供連れの観客、シニアのご夫婦と思われる二人連れ、お互いに手を取り合いながら座席へとゆっくり歩いている。そして、いわゆるクラシックファン、障害を抱えている方など、多様な観客が開演時間を楽しみにしている。それだけでもどこか癒されるのだが、場内アナウンスを手話で伝えているのも、リラックス・パフォーマンスの特徴というべきもの。

コンサートを楽しむためのあらゆる”壁”を取り除き、そこにいる観客が皆、フラットな気持ちで楽しめるように、という主催者の思いを感じる。無料で配布されるパンフレットもできるだけ多くの人が読めるようにふりがなをふっているだけでなく、演奏される曲の解説、オーケストラの説明文もわかりやすく書いてある。クラシック・コンサートというと、どこか小難しいイメージを持ってしまう人々もいるが、このプログラムを読むと、小難しいどころか、むしろ身近な存在のように感じる。
時間になり、演奏者が次々と登場し、それぞれの席に着く。

 

冒頭ではこのコンサートのナビゲーターを務める磯野恵美、野口綾子がカラフルな衣装に身を包んで「こんにちはーー!!」と挨拶しながら登場した。そしてオーケストラが音の高さを合わせる。これもナビゲーターが丁寧に説明する(いわゆるチューニング)。ナビゲーターの説明にも手話通訳が入る。

続いて指揮をする三ツ橋敬子が登場し、大きな拍手。1曲目が始まるが照明は暗くならない。曲はヴィラ=ロボス作曲『ブラジル風バッハ』第2番より第4楽章「カイピラの小さな汽車」、1933年に作曲されたもの。田舎の人々(カイピラたち)が汽車に乗って農園に働きに出かける、その風を切りながら走る汽車の音や人々の歌が聴こえてくるような、そういった情景を模写している曲で、なんだか楽しげな1曲目。これが終わり、ナビゲーターの二人が登場、曲と曲の合間にわかりやすい語りで演奏される曲の解説をするのだが、これが、実に楽しく、子供だけでなく、クラシック初心者にも親切。

2曲目は、J.ウィリアムズ作曲のオリンピック・ファンファーレとテーマ、有名すぎて説明不要なくらい。J.ウィリアムズは「スター・ウォーズ」や「ハリー・ポッター」の映画音楽でおなじみの作曲家だ。コロナでなければ、この日は東京2020オリンピック競技大会開会式が行われるはずであった。それからスポーツにちなんだ曲が続く。3曲目はオッフェンバック作曲の喜歌劇『天国と地獄』(『地獄のオルフェ』と訳されることも)より「カンカン」。運動会の徒競走やリレーでかかる、あれ!である。照明で天井に五つの輪が映し出される。続くプロコフィエフ作曲バレエ『ロミオとジュリエット』より「騎士たちの踊り」はフェンシングのイメージ。それからマスカーニ作曲のオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』より「間奏曲」。そしてアンダーソン作曲の「タイプライター」は、ユーモラスでリズミカルな楽曲、ここは観客参加型でナビゲーターの呼びかけに応じて膝を叩く。舞台と客席が一体になって曲を体全体で楽しむ時間。子供も大人も嬉々として膝を叩いて曲を全身で楽しむ、”リラックス・パフォーマンス”。

それからゲスト登場、テノール歌手の村上敏明によるプッチーニ作曲『トゥーランドット』より「誰も寝てはならぬ」。2006年のトリノオリンピックで荒川静香選手がフィギュアスケートのフリースケーティングで使用し、金メダルを獲得した曲として広く知られている。そしてマリンスポーツの舞台である”海”をテーマにしたブリテン作曲のオペラ『ピーター・グライムズ』より<4つの海の間奏曲>第2曲「日曜の朝」。

日本の作曲家・指揮者である外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」。この曲を始める前に、またまた”練習”、「みんなで踊りましょう!」とナビゲーターが呼びかける。曲に合わせて手拍子、膝を叩く、手の振り。作曲年は1960年とのこと。拍子木を主体とする前奏の後、『あんたがたどこさ』をきっかけに、同曲を主旋律にしながら対旋律に『ソーラン節』が。そこから『炭坑節』、『串本節』といった民謡の旋律が次々と現れて盛り上がる。いったん静まった後に鈴の音に続いてフルートによる『信濃追分』の静かなメロディーが奏でられ、鈴の弱奏の後、そこを拍子木が打ち破って『八木節』の旋律、再び盛り上がる。とにかく一言でいえば、大いに盛り上がる!そして客席と舞台が一体になってお祭り状態に。子供たちの中には立ち上がって手拍子する姿も。速いリズムによる総奏で終盤を迎える。”リラックス・パフォーマンス”なので、立ち上がってもOK、また抱っこスピーカー「ハグミ―」、体感音響システム「ボディソニック」を使用している観客も手拍子したり、膝を叩いたり(和太鼓やハープ、ドラムなどの楽器が特に体感が気持ち良い)。

 

あっという間の楽しい時間は終わりに近づき、最後の曲は、ヨハン・シュトラウス1世作曲のラデツキー行進曲。毎年お正月(1月1日)にウィーンで開催のニューイヤーコンサートにおいて、アンコールの大トリを飾る定番の曲だ。客席からはもちろん、手拍子。指揮者の指揮するとおりに強弱をつけ、チームワークはバッチリで大盛り上がりのうちに公演は終了。大きな拍手、そして『ブラボー』の文字が書かれたボードを手にして立ち上がる観客も。
リラックス・パフォーマンスの重要性と必要性、年齢や障害に関係なく音楽を劇場で楽しむことは社会にとって大切なこと。公演の約3週間前に、プログラムやご家族・介助者のためのガイドもウェブサイトで公開し、客席の照明を完全に暗くしないなどで、ご家族・介助者と安心して鑑賞できる環境。クラシック・コンサートのみならず、あらゆるステージパフォーマンスで実現できれば、舞台芸術の裾野も広がっていく。東京文化会館の取り組みは、芸術に垣根があってはいけないことを示唆している。

<体感音響システム「ボディソニック」(約20席)>
振動装置が組み込まれたポーチとザブトンクッションで、これらのシステムを使用すると、振動が身体に伝わり、聴覚に障害をお持ちの方(補聴器を使っている難聴、または途中失聴の方)も、ヘッドフォンやヒアリングループ(磁気ループ)からの音と一緒に全身で音楽を楽しむ事ができる。よって生まれつき耳の聞こえないろうの方は、振動によって音楽を楽しむことができる!という画期的なものだ。
<抱っこスピーカー「ハグミ―」(約40席)>
枕程度の大きさと重さの体感振動スピーカー。楽器の音色だけでなく、演奏家が感じている楽器の振動がそのまま感じられるので、聴覚の不自由な方も音や旋律を体感できる。

<概要>
東京文化会館 リラックス・パフォーマンス
~世代、障害を越えて楽しめるオーケストラ・コンサート~
日程:2020年7月24日14:00 (公演時間約60分)
会場:東京文化会館 大ホール

対象年齢:4歳以上
出演:
指揮:三ツ橋敬子
テノール:村上敏明 *第3回東京音楽コンクール声楽部門第3位
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
ナビゲーター:磯野恵美、野口綾子(東京文化会館ワークショップ・リーダー)

[曲目]
J.ウィリアムズ:オリンピック・ファンファーレとテーマ
プロコフィエフ:バレエ『ロミオとジュリエット』より「騎士たちの踊り(モンタギュー家とキャピュレット家)」
プッチーニ:オペラ『トゥーランドット』より「誰も寝てはならぬ
外山雄三:管弦楽のためのラプソディー      他

主催:東京都/公益財団法人東京都歴史文化財団 東京文化会館・アーツカウンシル東京
共催:東京オーケストラ事業協同組合
協力:パイオニア株式会社、株式会社エンサウンド、ブリテッシュ・カウンシル
助成:一般社団法人地域創造
文化庁文化芸術振興費補助金(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会

公式HP:https://www.t-bunka.jp/stage/4766
文:高 浩美
撮影:堀田力丸