鳥越裕貴,鎌滝恵利etc.出演 『いとしの儚』 横内謙介(原作)× 石丸さち子(演出)インタビュー

00年に扉座公演で初演、のちにパルコ劇場や明治座、韓国での公演と、幅広く上演されてきた『いとしの儚』。元は平安時代の文人・紀長谷雄にまつわる絵巻物。そこから人間愛を取り出した、横内謙介の傑作、初演から何度も上演されてきた。今回、演出には、時代は現代劇から古典まで、ジャンルはストレートプレイからオリジナルミュージカルまで、幅広く作品を作り出している石丸さち子。実は大学が一緒という横内謙介さんと石丸さち子さんの対談が実現した。

――『いとしの儚』という作品が誕生した経緯をお願いいたします。

横内:もう30年近く前の話になりますが、ミュージカルを1つ劇団ではないところから作って欲しいと依頼があったんです。それが『オペラ座の怪人』のような、ロングランかついろんなスペクタクルが生きるようなテーマで、しかも専用劇場まで作りたいという話まで発展したんですね。
たまたまいくつかストックがあった中で、『長谷雄草紙』はその中の1つで面白いなと思っていたんですが、この話って理想の女性が出てくる話なんですよね。100日間抱いちゃいけないけど抱かずにはいられないといった、誰もが惹かれるような、魅力的な女性。それは劇団の演技じゃどうあがいても再現できないなって(笑)。なので、その時点ではプロデューサーとも話して、成立しないことに。
結局その大プロジェクトは流れてしまって。でも何年か経ったときに、当時うちの事務所に茅野イサムがいたんですけどね。役者やりながら番頭というか制作をやっていたんですよ。「今度なにやる?」とか相談していたとき、俺のテーブルにあった企画書を勝手に読んじゃってて(笑)。そこから「じゃあやってみようか」ってなったのが、2000年の初演でした。それを見た各所のプロデューサーから反応がよくて。「やりたい」と言ってもらえることも。
なので、大プロジェクトとして生まれはしなかったけど、うちみたいな貧乏な劇団ですくすく育って、よく働くいい子になりました……的な感じでしょうか(笑)。

――それでは、石丸さんは今回のお話が来たときはどうでしたか?

石丸:横内さんの作品を演出するんだ!という感想でしたね。仕事をやっていると、「あのとき夢中になって読んでいた作品は、この仕事と出会うためだったんだ」とか、過ごしてきた時間が自分に返ってくることってあると思うんですよ。そこで、横内さんの台本をやるってことに奇妙な縁を感じるというか。初心に立ち返るような気持ちになれました。
それに、しっかりと読み込んでみたら細部までおもしろいんですよ。理想的な女性を男の視点から書いているので、女性観、男性観みたいなものに少し時代の古さを感じたんですが、そんなことを超えてくる本質の力を感じたんです。
今って、性差や多様性に関して、ものすごく繊細に向き合うことが必要なですからね。そして、何もかも失って夢見ることも忘れて博打だけに生きている男が、ふとしたことで夢のような女と出会って、出会ってと言ってもそれが死体から生まれた人ならざるもので、それでもそこには、今までの人生では味わったことのない温もりと喜びがあって……という、儚くも美しいストーリーに魅力を感じました。
「横内さん、何歳でこの台本書いたの?」と驚き、二つ返事で引き受けました。どんな台本でもそうなんですけれど、正解は一つとは限らない。この時代で、この俳優と一緒にやるという偶然が偶然を呼ぶ出会いのあるのが演劇。今、こんなに演劇を創り上演することがたいへんな時期に、人と人とがぶつかり合う舞台を、楽しんで作ろうと思いました。感動的な芝居であるとともに、いろんな演出的趣向も凝らしていきたいです。

――横内さんはそれについてはいかがでしたか?

横内:石丸さんと)大学のときに同じ場所にいたという記憶は、今日話していて思い出してきました(笑)。
一番印象的だったのは、『魔女の宅急便』というミュージカル。その時の演出は蜷川幸雄さんで、僕は台本を頼まれていたんですが、石丸さんが助手だったんですよね。青山劇場で、ほとんど徹夜で舞台稽古が行われたんですが、『魔女の宅急便』はフライングを使った舞台でね。魔女が飛ぶというのを文字通りフライングでやる。工藤夕貴さんがやる役だったんですけど、夜中11時過ぎてもそのフライングの稽古がうまく行かないんですよ。でも、工藤さんにもスケジュールがありますから。代わりに石丸さんがフライングに吊られててね(笑)。調整に参加していたんですよね。

石丸:そう。私、飛んでいたんですよ、今思えばいい経験でした(笑)。

横内:3時間くらい吊られっぱなしだった、石丸さんが演出をやると聞いたときは驚いたものです。あのときの印象が強すぎたから(笑)。
実は、我々はその『魔女の宅急便』からなのかはわかりませんが、蜷川幸雄さんの影響をめちゃくちゃ受けた世代。『いとしの儚』では最後に紙吹雪を回しているんですが、それも蜷川幸雄さんの影響を受けまくっているんですよ。
先程、石丸さんがいいこと言ってくれたなって思ったのは、人と人とがぶつかり合うのがドラマだってこと。
僕はもう台本を書いてきて45年になりますけれど、始めた頃から実はあまり、変わっていないんですよ。時々新たな流行や要素が提示されて、僕が作るものは時代遅れだとか、時代錯誤だとか言われることもありますけれど。でも、構図的にぶつかり合うのでなければ舞台はできないですから。やっぱり、同じ時代を生きてきた石丸さんにそれを言ってもらえたのは納得ですね。
『いとしの儚』はまさに人とのぶつかり合いでできているようなものですから。若い世代の子たちが取り組んでくれるのはうれしいですし、すごく楽しみです。それに、『いとしの儚』って先程もお話してくれた通り、ちょっと古い価値観、古い男性目線が入っているのですが、今回始めて女性の演出家が手掛けているんです。そこもちょっと楽しみだなって思っています。今までにないものに出会えるんじゃないかな、と。

――稽古の現状はいかがでしょうか?

石丸:本当だったら、20人以上の役が書かれているので6人でやるというのは無理な話なんですけれど。その無理をいかに楽しんで、演出家と俳優が結託して物語を七転八倒して紡いでいけるか。その姿をお客様が演劇として楽しんでくださったらうれしいです。
最底辺の男と女が、希望を持って人生の選択をしていくことがものすごく印象的に描かれているからこそ、タイトルにもある「儚」、にんべんに夢と書く文字が、熱くて、重くて、哀しくて……たとえ一瞬でも、輝ける瞬間があったら生まれて生きたことに価値を見いだせるのではないかと信じたくなります。
たとえ儚い結末だったとしても、彼らの中に芽生えたものは重みがあるし、だからこそ愛には羽根が生える。自分の夢を規制して生きてしまいがちな今だから、鈴次郎と儚の無謀な夢を応援する気持ちでご覧頂きたいです。
先程お話したような、人と人がぶつかり合う物語がお客様の記憶にも響いて、劇場を出たときに晴れやかな気持ちになって頂ければと願っています。

――キャストの方々の印象は?

石丸:劇作家の言葉と出会って台詞を覚えることって、経験や立場に関係なく、一様に絶対にしないといけないことなんです。この、まず超えなくてはならないハードルを、稽古前に全員がしっかりとこなしてきていて。作品に真摯に取り組む姿勢が見えて、俳優への信頼に溢れたスタートでした。
とりわけ鳥越くんは燃えていましたね。これまでの人生経験や、演劇的な経験値を総動員して、体当たりできる、火花を散らせる芝居を、求めていたのだと思います。
作家が、男から見た理想の女性と語る儚に、一人の女性としてどう芯を通すかは、稽古場で探っています。鎌滝さんというフレッシュな女優と出会ったことで。奇跡的なものができるだろうなと、スタートラインについた今、期待しています。

横内:鎌滝さんについてですが、僕は今回初めてお会いする人だったので。石丸さんから映画を観ていてこの人を見つけたと聞いたんですね。石丸さんの演出家としての目とか感性を、期待とともに興味深いんです。

石丸:彼女、今回が初めての舞台なんです。

横内:そう。だからものすごいチャレンジですよね。演出力というのが問われるところ。とても楽しみです。

石丸:久ヶ沢さんは、唯一私と同世代の俳優さん。きっと一番、私と同じ目線で物語を感じてくれる人だろうなと思っていて。若き火花が散り、肉と肉がぶつかり合う芝居の、柔らかなのに全体を支えてくれる屋台骨になると思います。
原田さんは六人でやるところの大変な部分をほぼほぼ担ってくれているので(笑)。すごく面白くなるんじゃないかな。
中村さんは、とっても真面目で演劇に対してまっすぐ。稽古場での真剣な眼差しが、すごく印象的です。
辻本さんは、すごくナイーブな人。でも今回はゴリゴリした感情というか、男そのものみたいなところから、性別を超えたところまで、幅広い役どころを楽しんでやってくれているのが伝わってきます。

――それでは、最後にメッセージを。

横内:いま、ものすごく演出プランに工夫があると聞きまして。すごく成熟した芝居にしてくれるんじゃないかって思いました。今回の劇場、六本木のすごいいい場所にあるんですよ、なのでその点でもぴったりかなと。本当なら夜のほうがすごくいい雰囲気な街なんですけどね……。今はそうもいかないのが歯がゆいですが。そもそもの始まりが「大人の芝居を作ろう」だったこのお芝居。大人が楽しみにして行ける場所になったらいいなと思います。

石丸:今はいろいろ制約があるし、納得できないことも多く、価値観の分断が生まれています。まっとうに生きるほど、何を信じていいのかわからなくなることもある。そして言葉はどんどん杜撰に扱われる傾向にあります。私たちは演劇者ですから、言葉というものに真っ向から向き合っていますが、この面倒な時代を生きていると、何が本質なのかがわからなくなってきて、時間を見失ってしまうことがあります。
『いとしの儚』は100日間という限りある時間を、どう生き抜くかという設定が面白いとはいえ、舞台の上演時間は2時間。そしてその2時間のために私たちは長い長い時間をかけていく。
今はライブが難しい時代ですから、劇場から足が遠のきがちですが、ぜひ同じ空間で、ライブの時間で、「100日を生きた愛の形」想いを受け止めてほしいなと願っております。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしています

(C)海田悠

◆あらすじ
三途の川で、青鬼(久ヶ沢徹)が、あるロクデナシの男の話を語る。
その男の名は件(くだん)鈴次郎(鳥越裕貴)。
女にも金にもだらしない博打打ちで人間のクズ。
人間としては最低だが、博打の神さまに気にいられ、博打では負け知らず。
ある時 鈴次郎は、人間に化けて賭場に来ていた鬼シゲ(辻本祐樹)と勝負となり、
「絶世の美女」を貰えることになった。
その美女は、鬼シゲの知り合いの鬼婆(原田優一)が、墓場の死体を集めて、ついさっき生まれて死んだばかりの赤子の魂を入れて作った女。ただし、この女は100日間抱いてはならない。魂と体がくっつくのにきっかり100日かかる。
抱かなければ人間になれる。抱いてしまうと水になって流れてしまう。
女は「儚」と名付けられた。人の夢、儚し、のハカナ。
そうして始まった鈴次郎と儚(鎌滝恵利)の、歪な100日間の物語。
鈴次郎のライバル、ゾロ政(中村龍介)との戦いが、2 人の運命を更に狂わせていく…。

<公演概要>
日程・会場:2021年10月6日~10月17日 六本木トリコロールシアター
作:横内謙介
演出:石丸さち子
出演:鳥越裕貴、鎌滝恵利、辻本祐樹、中村龍介、原田優一、久ヶ沢徹
主催:る・ひまわり
公式HP:https://le-himawari.co.jp/releases/view/00956
公式ツイッター:https://twitter.com/le_himawari

取材:高 浩美

構成協力:佐藤たかし