CEDAR×深作組 『ブリキの太鼓』演出 深作健太 インタビュー

2022年5月11日よりCEDAR×深作組の手による『ブリキの太鼓』が上演される。本公演は2021年8月に上演、だが、新型コロナウイルスの影響により、初日のみの公演となり、その後の公演は全て中止になった。この公演は、そのリベンジ。
原作はドイツのノーベル賞作家ギュンター・グラスが1959年に発表した長編小説で処女作。第二次世界大戦後のドイツ文学における最も重要な作品の一つで、1927年にダンツィヒ(現在のポーランド領ダグニスク)に生まれた作者の自伝的要素が強い。1979年にフォルカー・シュレンドルフによって映画化された。1979年度カンヌ国際映画祭パルム・ドール賞、アカデミー外国語映画賞を受賞。今回の公演はブレヒトが創設した劇団『ベルリナー・アンサンブル』にて2015年より上演されているオリヴァー・レーゼの台本を元にしており、日本初演となる。この作品の演出を担う深作健太さんのインタビューが実現した。

――『ブリキの太鼓』の舞台を上演したいと思った理由をお聞かせください。

深作:コロナの前は、毎年ベルリンへ出かけて、大好きなドイツ演劇にどっぷり浸っていたんです。そうした時に、ベルリナー・アンサンブルで『ブリキの太鼓』の一人芝居をやっていると知って……当時は観ることができずじまいでしたが興味を持って、大川珠季さんに問い合わせてもらい、翻訳してもらったところ、すごく今日的な内容の戯曲で、感動しました。普遍的な〈子供〉から〈大人〉への成長物語として理解できましたし、戦前から戦後までナチス・ドイツが滅亡するまでの45年間の流れが、僕自身もこだわってきた父親の青春時代とも重なった描き方だったので、ますますいまこの戯曲が上演してみたくなったんです。21年から始まった〈深作組ドイツ三部作〉として上演させていただいたのが、『火の顔』『ブリキの太鼓』そして『ドン・カルロス』の三作品。3つとも〈親殺し〉の作品なんですよね。こんなラインナップになったのも、どこか〈演劇〉という方法で、父親の存在を乗り越えたいという思いがあったのかもしれません。

――去年はたった1回でしたけれど、お客様からの反応は?

深作:今のポーランドのグダニスク、自由都市ダンツィヒに生きる少数民族の少年を描いたこの作品は、日本で暮らす僕たちからは遠い印象があるので、どこまで伝わるか不安だったんですが、初日のお客様はのめり込んで、物語を深く解釈してくださっていました。信頼するものですね。コロナ禍で苦しい思いをしてきましたが、やはり〈演劇〉はまだまだ可能性を持っているし、その力を信じてさらに深めて、毎日発見しながら、今も稽古しています。

――『ブリキの太鼓』は、作品が描いている時代のヨーロッパ史、ドイツを中心としたヨーロッパ史がわかると同時に、いわゆる寓話としての側面も持っているように受け取れますが……。

深作:日本もドイツも帝国主義の時代に新興の後進国としてスタートして、大国に追いつこうと必死だったんですよね。そうして生まれたのが大日本帝国とナチスドイツ。ふたつの国は、同じ戦争で滅びるわけですが、大きな犠牲のあったあとに、平和憲法のもとに今の僕たちは生きている。『ブリキの太鼓』でオスカルという主人公が、3歳で成長を止めてしまうのは何故か、と考えると、これは現代ドイツの幼年期と言いますか、ドイツの青春時代を描いているわけですが、それは日本という国の思春期とも重なっている。戦後ドイツは、西と東に切り裂かれてベルリンの壁ができて、『火の顔』にもつながっていくわけですが、一方で日本は、今もアメリカの強い影響下にある。僕自身が生きる現代と、父親が生きた青春時代を見つめ直すことで、今につながる思想の流れをつかみたいなと考えているんです。日本の歴史教育は戦後を語る事を苦手としますから……。
「たとえどんな時代になろうとも、我々のような存在が消えることは決してないのだ」という台詞があるんですが、僕たち演劇人がコロナ禍で不要不急といわれ苦労する中で、なぜ続けたいのか、絶えず自問自答の毎日でしたから、やはりオスカルたちマイノリティの生き方と、自分たちの表現活動をどこかを重ねていってしまうところがあって。一緒にやっている松森のCEDARという劇団は、立ち上げからずっと応援している近代戯曲に果敢に挑む劇団なんですが、よくぞこの難しい作品を一緒にやる気になってくれたなと。大好きな仲間たちと共に作れる喜びを噛みしめながら、なぜ〈演劇〉なのかを日々問い続けながら稽古しています。
半年以上経ってみて、コロナの状況は実はあまり変わってないのですが、世界の様相はガラリと変わってしまいました。ロシアのウクライナ侵攻があって、戦争というものへの見つめ方が、ガラリと変わりました。21世紀になってだいぶ経ったのに、それでも人間には〈非戦〉〈反戦〉という思想はまだまだ根付かない事に衝撃を受けました。だからこそ、今ここにあるリアリティを大切にしながら表現の仕事を続けたい。

――今の世界情勢を考えると、『ブリキの太鼓』を観る人にとってはより身近に感じられるかもしれないですね。

深作:お隣さんであるロシアって大きな国ですからね。気がつけば、そのすぐ隣がウクライナであり、この作品の舞台であるポーランドもつながっている。平成、令和の時代になっても〈戦争〉がなくなってたわけではなかったんですけど、お隣に対する危機感が高まると、また軍備が必要とかいろんな議論が始まるわけですけど……。別にロシアやナチスだけが残酷なわけではなく、人は基本的に暴力もセックスも否定できない凶暴性を持った動物なんですよね、それが戦争になるといっきにタガがはずれてしまう。
原作者のギュンター・グラスもあの時代に生まれて。ナチスの武装親衛隊にいた過去を告白できずに、2006年まで経ってしまった。その告白をした事が、当時大きな議論の的となりましたが、やはり戦争の時代に青春を送らざるを得なかった作家には、戦争に対する姿勢と言葉がしっかりとあるんです。それは僕の父もまったく同じで。戦争も人間も綺麗事だけでは片付けられない。だからこそ、僕たちは暴力とセックスをいかにコントロールしてゆくかが大切なんです。『ブリキの太鼓』という作品にも、過剰な描写は溢れていますが、それが描かれる理由を、僕は若い世代にもしっかり伝えてゆきたい。そんな思いは僕自身、年を取る事や今度の戦争で、ますます強まっています。

――本当に、去年の今頃では予想できなかったことですね。

深作:本当は世界中がコロナからの復興に向けて、前を向いていかなければならない時期ですよね。それが逆に〈分断〉は強まり、視線は閉じこもってしまっている。世界的な不景気はまだまだ続くと思うし、これからの10年を生きる若い世代は特に大変です。

――グローバル化の時代だからこそ、コロナも戦争の影響もすぐ受けるようになったようにも思えます。かなり遠い国の出来事ではなくなったような。身近にあるのはものの値上がりとか。

深作:そうですね。そういう世界の流れに比べて演劇というのはまだまだ〈局地的〉だし、それが魅力ではあるんですけれども。小さな劇場で、50人なら50人の観客にだけ、まずは直接届けられる〈言葉〉が、少しずつ、芽になってつながってゆればいいなって思います。しかも今回は一人芝居なので、たった一人の役者が、小さな国の小さな劇場から、全世界に立ち向かって言葉を発してゆくという。そんな小さな言葉、個人の歴史にこそ、僕はいま意味があると思うんです。〈演劇〉ってやはり観る側と演じる側の対話ですから。そこだけはこだわって、丁寧に作ってゆきたいと思っています。劇場の50人とはいえ、50通りの捉え方があってもいいと思います。肯定的に捉える方もいれば、否定的に捉える方もいる。それはそれでありなんじゃないかな、というのがこの戯曲でもありますよね。
深作:はい。こんな時代だからこそ、暴力やセックス、「臭いものにはフタをする」のではない、真実を突きつける表現を続けてゆきたい。その想いは、父と『バトル・ロワイアル』を作った20年前から何も変わってはいません。

――それでは、最後にメッセージを。

深作:今回オスカルを演じる三人の役者さんはみんな劇場で出会って、僕自身がファンでもある大好きな方々です。世代も性別もバラバラですが、だからこそ三者三様の、まったく違った三つの『ブリキの太鼓』が観られると思います。大浦千佳さんは身体性を活かした彼女ならではオスカルを、盟友・宮地大介さんはベテランの技と心で深い年輪を刻んだオスカルを、葉山昴さんは彼自身が持つ優しさとクールさを抉り出したオスカルを。同じ台本なのに三人とも全然違うんですよ。その捉え方がおもしろくて。みんな普段から仲のいい仲間だからこそ、強い信頼関係で稽古が進んでいます。だから一回だけでなく、いろんなバージョンを観比べていただけると、物語も深く理解できると思うので、何度でも足を運んでいただけたら嬉しいです。

――ありがとうございます。公演を楽しみにしています。

あらすじ
自由都市ダンツィヒ(現在のポーランド・グダニスク)に生まれた、主人公オスカル。3才で成長するのをやめた彼は、精神年齢は大人でも、身体は子供のままである。1899年、祖母が妊娠した日から、ナチスドイツの侵攻を経て、戦争が終結する1945年まで、激動の45年間を、冷めた眼差しで見つめ続けるオスカル。精神年齢は成人で、身体は幼児のまま。声帯から発する超音波で、周囲のガラスを割る特殊能力がある。〈分断〉と〈差別〉の波は、大切な人々を奪いながら、やがて彼自身にも迫っていた…。
ギュンター・グラス(1927年〜2015年)
ドイツの小説家、劇作家、版画家、彫刻家。代表作に『ブリキの太鼓』など。1999年にノーベル文学賞受賞。2006年に自伝的作品『玉ねぎの皮をむきながら』において、ナチス武装親衛隊にいた過去を告白、全世界に衝撃を呼んだ

概要
CEDAR×深作組『ブリキの太鼓』
日程・会場:2022年5月11日〜5月15日 サンモールスタジオ

作:ギュンター・グラス
脚色:オリヴァー・レーゼ
翻訳:大川珠季
演出:深作健太
音楽:西川裕一
出演:宮地大介/大浦千佳/葉山昴
主催:CEDAR×深作組
公式HP:https://www.cedar-produce.com

取材:高浩美
構成協力:佐藤たかし