加藤健一 一人芝居『スカラムーシュ・ジョーンズor七つの白い仮面』上演中 白い顔、目の下の涙の意味は?

加藤健一の一人芝居、『スカラムーシュ・ジョーンズ or 七つの白い仮面』が下北沢の本多劇場で好評上演中だ。上演時間は約1時間半ノンストップ。

作者のジャスティン・ブッチャーはロンドン在住。作家・俳優のみならず、演出家・プロデューサー・歌手・オルガニスト等、多岐にわたって活躍中。 パッション・ピット・シアター(イギリス)の芸術監督を務める一方、イギリスやアメリカ等での劇場公演をプロデュース。
執筆時期は、1999年の最後の数か月間。当時、オランダでテレビシリーズの監督をしていたブッチャーが、夜の娯楽として「喜劇的で風刺的な千年紀の物語を書く」と自らに課して書いたものである。 作品には、ブッチャーの両親・親族の生まれや人生、そしてブッチャー自身が得てきた様々な経験が盛り込まれている。彼が12歳の時に父親に連れられて観た『ゴドーを待ちながら』での衝撃も、“スカラムーシュ”を生み出した要素の一つ。

舞台上はおそらく楽屋であろうか、鏡などが置かれている。舞台中央から主人公であるスカラムーシュ・ジョーンズ(加藤健一)が登場する。道化師の出立、目の下に涙、道化師を一般的には「クラウン」と呼ぶが、特に「ピエロ」の場合は涙がメイクしてある、どこか表情は悲しげ。このスカラムーシュ・ジョーンズもおどけて見せるが、どこか哀愁漂う。時は1999年12月31日、記憶している人も多いと思うが、20世紀が終わり、21世紀の幕開け、ということで世界中がなんとなくお祝いムード、1000年に一度のミレニアム・イヴ。音楽も陽気なメロディ、「今日という日は」という主人公。彼の誕生日は1899年12月31日、19世紀が終わり、20世紀の幕開き、きっとこの日もお祝いムードだったのかもしれない、そんな出だし。花火の音が華々しい。観客席に向かって話しかけているような、独り言のような。客席はスカラムーシュ・ジョーンズのショーを観ているような錯覚もある。そして彼は、この記念すべき1999年12月31日のミレニアム・イヴに、己の人生を語り始める。彼の母親は褐色の肌、だが、彼は真っ白な肌。白というと真っ先に思い浮かぶイメージは「純白」、生まれたての子供は皆、無垢。もちろん、彼も、だ。生まれてから、1951年まで、およそ50年間、歴史を紐解けばわかるが、苦難の20世紀、その歴史と自らの運命に翻弄されるスカラムーシュ・ジョーンズ。真っ白だったので、何か特別なことをするのでは?という思いで名付けられた名前がスカラムーシュ。

ところが母が死に、6歳で孤児に。「僕のお父さんはイギリス人だ」と意気揚々と言う。19世紀後半から20世紀にかけて世界の覇権を握っていたのはイギリスであった。海運業に目をつけ、これが19世紀の帝国主義を成功させる大きな要因。そんな時代だからこそ、「お父さんはイギリス人」、これが彼の拠り所、スカラムーシュはことあるごとにそう言う。節目、節目で彼は『仮面』をかぶる。数奇な運命、加藤健一は主人公のスカラムーシュのみならず、彼に関わる様々な人物を演じるのだが、一体、何役やっているのだろうか、多すぎて数えきれない(笑)。

だが、加藤健一がたった一人で演じるからこそ、スカラムーシュの人生が浮かび上がってくる。ブラジルの小さな島、トリニダード・ドバコ共和国(当時はイギリス領)から始まり、ダカールetc.様々な場所を”流浪”、運命の赴くままに。彼の人生はそのまま20世紀のヨーロッパの怒涛の時代とシンクロする。そして1930年代、第二次世界大戦への突入、ヨーロッパではナチスドイツが台頭、世界史に詳しい人ならよくわかっていると思うが、ナチスドイツはユダヤ人を迫害し、ロマ(ここではジプシーと呼ばれているが)などの少数民族も迫害、ゲルマン人(北方人種)は、最も純粋なアーリア人種ひいては支配人種(英語版)だと考えていた。

収容所での出来事は胸が痛む。ユダヤ人犠牲者のための墓穴掘り、殺される直前の子供たちをマイムや百面相で笑わせる場面、誰もそんな仕事はやりたいとは思わない、だが、スカラムーシュは行う、生きるために、そして分厚い仮面をつける。その仮面はあたかも道化師の白塗りのようだ。だが、その目の下には涙。悲しみも苦しみも痛みも、その全てを白く塗った『仮面』の下に隠して、それでも隠しきれない一筋の涙。最終的に彼はイギリスにたどり着く。夢にまでみたイギリス、「お父さんはイギリス人」。その後の彼の人生は語られない、いや、語らなくてもおおよそ察しがつく。そして冒頭の1999年の大晦日。加藤健一の一人芝居は『審判』以来。芝居は、まさに匠。体力も相当使う芝居、だが、足取りは軽く、時々、でんぐり返しも飛び出し、笑いもとる。お時間があれば、ぜひ。なお、上演中は劇場の扉を開けっぱなしにして換気。終演後、立ち上がって拍手する観客もちらほら。28日まで、本多劇場にて。

ストーリー
1899年12月31日、十九世紀の終わり、大晦日のカーニバルの中、美しい褐色の肌を持つ女から生まれた小さな赤ん坊は抜けるように白く、何か特別なことのために生まれてきた子だ…と、つけられた名前は道化師を意味する、スカラムーシュ。 生涯で唯一“我が家”だといえる場所を僅か6歳で後にし、たった一日で孤児となり、奴隷となり、流浪の身となり…そしてこれが、 これから長く続く波瀾万丈な旅路へのスタートとなる。 時にその光景や匂いに恍惚とし、この世のものとは思えぬ魅力的な音楽と共に旅をした。自身の透き通るような白い肌によって巻き込まれた数奇な運命は、恐怖と喜びに満ちていた。
そして今夜は1999年12月31日、二十世紀のどん尻でありミレニアム・イブ。大きな花火が打ち上がる大晦日にスカラムーシュ ―道化師―が己の人生を、仮面を剥がすように語り始める。

概要
日程・会場:2022年8月18日〜28日 本多劇場
作:ジャスティン・ブッチャー
訳:松岡和子
演出:鵜山仁
出演:加藤健一

公式HP:http://katoken.la.coocan.jp/

撮影:石川純