スペインを舞台にした愛の悲劇『血の婚礼』 安蘭けい インタビュー

スペインを舞台にした愛の悲劇『血の婚礼』が、 今秋9・10月にシアターコクーンにて上演される。
スペインの伝説的劇作家、 フェデリコ・ガルシーア・ロルカによる官能的な名作悲劇。
一人の女をめぐって男二人が命を懸けて闘う、むき出しの愛の物語。本作は実際に起きた事件を元に1932年に執筆され、 翌年にロルカ自身の演出によりスペインで初演、 同年にアルゼンチンでも上演されたロルカの3大悲劇の1作。
舞台はスペインのアンダルシア地方。 婚約した一組の若い男女が互いの家族の期待を背負いながら結婚式を迎えようとする姿、 そしてそこに現れた花嫁の昔の恋人がすべてを変えてしまう抑えきれない愛を描く。花嫁を略奪されてしまう花婿(須賀健太)である息子を溺愛する母親を演じる安蘭けいさんのインタビューが実現した。

――出演のお話を聞いた時のことやそして台本を読んだときの感想を。

安蘭:台本を読んだときは、やはりドロドロしているなと。私は母親役をやることがわかっていたので、母親を主役に読んでいたんですけれど…悲惨な人で、自分の愛するもの全員殺されて。最後は本当に救いようがないですよね。こんなひどい役もなかなかないなと思います。翻訳の田尻さんや演出の杉原さんとお話していく中で、この戯曲は昔の事件が基になっているということですが、当時でもセンセーショナルだったと思います。現代に置き換えたとしても身近というのでしょうか、こういうことってすぐ隣で起きていてもありえなくないなと思いました。その中で母親は、そういうことになったとしても最後に花嫁を許して、女同士で分かり合うことができたのかな、母親は強く生きて行くんだなと感じられたのがある意味滑稽でもありました。悲惨な一方、自分で蒔いた種が起こしたことのような…彼女はこの苦しみを乗り越えられるくらいの強さをもともと持っていて、それをエネルギーとして強く生きていくと考えるとそこまで悲惨な人には見えてこなくなるんです。そういえば人間っていろんなパターンの人がいる、と考えるとそこまでドロドロでもないように思えてきました。

――ぱっと見は「ドロドロドラマ」ですけれど、台本を二度三度読んだときに、シチュエーションは異なれど、これに近いことは現代でもありそうですよね。ただ、ああいう状況になったら母親の気持ちに共感できる部分もあります。それでは、稽古についてはいかがでしょうか。

安蘭:こんなお話なんですけど笑いの絶えない稽古場です(笑)。これから佳境に入ってくるから、みんな「緊張感がでてくるかな」と思っていますけど。今はまだ和やかでゆるくやっていますが、これから詰めていくところですね。

――会見で歌稽古の話が少し出ていましたね。

安蘭:4分の5拍子となかなかない拍子なので、ちょっと取りにくいですね。歌うのは慣れるまでは難しいと思いますが、曲は童謡とか「結婚式ならこれよね」といったものになっているので、誰もが口ずさめると思いますね。

――役柄の話に戻りますが、母親の愛情というのが濃いなと感じられますね。

安蘭:そうですね。一人息子だし、残された母と二人なので。母はめいっぱいの愛情を注いだはずですが、いかんせん優しすぎる男の子なんでね。「男とはかくあるべき」と母親が抱える理想のようにはいかなかったですね。母としてはそういうところが心配でもあり、余計にかわいくなっているんじゃないかと。

――物語の中では、花婿の役回りがいちばん可哀想に見えますけど。確かにこの息子さんは優しいですね。

安蘭:レオナルドとは真逆なイメージ。その花婿と同じように気の毒なのが、レオナルドの妻。彼女も耐え忍ぶキャラクターで、レオナルドのことをきっとどこかで信用できなくても愛しているんだろうなと思います。妻と花婿が芝居しているシーンをソデで見ていると「この2人がくっついたらよかったのに」とレオナルド役の木村くんがずっと言ってました(笑)。

――たしかに、ある意味似た者同士というんでしょうか、立場的には割が合わない立場だけど、自分が持っていないものを持っている人に惹かれる人たち。

安蘭:そうですよね。むしろ、母のほうがレオナルドに近いです。女レオナルドじゃないけど。「こんな強い人からあんな優しい息子が生まれるなんて!」と思います。反面教師かと思うくらい真逆(笑)。

――息子の顛末を傍で見ている母親ですが、結局息子のためにできることはないので、そういった歯がゆさみたいなものがあるのかも。

安蘭:息子に対しては心配だけど、ちょっと厳しくしているところもあるのかなと。そこが息子にとってプレッシャーになっている。「前のおじいさんはいろんなところに子どもを作った、そういうところが好きだったのよ」って言ってみたり。ちょいちょいそういうところがあって、かわいがっている割には厳しい。あと、レオナルドと花嫁が逃げていったときに、追いかけようとしても心配だから一回は「やめろ」っていうんだけど、そこから考えを改めて「追いかけろ」って言ってしまえるお母さんが、息子に対してどういう思いを抱いているのかというのが気になりますね。むしろ息子よりも自分のこだわりのほうが強そう。

――親というのは自分の子どもへの愛情もありつつ、自分の理想を叶えるための存在でもありますね。

安蘭:大人のエゴですよね。

――でも、それがない親ってきっといないんですよね。そういう意味ではこの「母親」という人物は、お母さんという視点を取り除いてみるとある意味自分に正直なのかもしれませんね。

安蘭:そうですね。誰よりも自分のために生きている気がします。

――こういう役どころにはなかなか出会えないのでは。

安蘭:出会えないですよ。そもそもこういう登場人物がいる作品自体に出会えないです。日本の戯曲ではあまりいないのではないでしょうか。

――あと、母親のバックボーンを考えると、レオナルドの一族に自分の夫と長男を殺されているわけだから、怒るのも無理はないですよね。

安蘭:そういう一族とまたつながるというのも、因縁というか運命ですよね。

――巡り巡っての因果が、この作品のポイントに見えてきますね。それでは、最後にメッセージを。

安蘭:実は笑いも随時に組み込まれているというか、杉原さんが「人って辛い人を見ていると不謹慎だけど笑えてくるもの」というエッセンスを考えてくださっているので。決して重苦しい演劇というわけではないんですよね、音楽も入ってくるし。この話は三幕になっているんですけれど、一幕二幕と違って三幕はテイストが全然違うんです。もしかしたら違う演劇を見ているような感じに思えてくるかもしれません。そこをぜひ劇場に来て確かめてほしいなと思います。また、この事件の後に女たちが生きていく様を見て「女って強いな」というのがあって。昔の戯曲だけど、今の世の中を反映しているというんでしょうか「ドロドロだけではない」舞台ですので、楽しみにしていただければと思っています。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしております。

概要
舞台『血の婚礼』
日程会場:
東京:2022年9月15日(木)~10月2日(日) Bunkamuraシアターコクーン
大阪:2022年10月15日(土)~16日(日) 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
スタッフ
原作:フェデリコ・ガルシーア・ロルカ
翻訳:田尻陽一
演出:杉原邦生
音楽:角銅真実、古川麦
美術:トラフ建築設計事務所/照明:齋藤茂男/音響:稲住祐平(エス・シー・アライアンス)/衣裳:早川すみれ(KiKi inc)/ヘアメイク:国府田圭/振付:長谷川風立子(プロジェクト大山)/殺陣:六本木康弘/演出助手:河合範子/舞台監督:足立充章
キャスト:
木村達成
須賀健太
早見あかり
南沢奈央、吉見一豊、内田淳子、大西多摩恵、出口稚子、皆藤空良
安蘭けい
演奏:古川麦、HAMA、巌裕美子

公式HP:https://horipro-stage.jp/stage/chinokonrei2022/

取材:高浩美
構成協力:佐藤たかし
安蘭けい撮影:金丸雅代

*衣装:LANVIN COLLECTION
*アクセサリー:NATURALI JEWELRY