加藤健一事務所公演 『グッドラック、ハリウッド』上演中  時代の波に乗れない男と乗れる男、その先に見えるもの。

下北沢・本多劇場にて加藤健一事務所3月公演『グッドラック、ハリウッド』が上演中だ。

アメリカの劇作家、脚本家のリー・カルチェイムによる戯曲で、映画の聖地ハリウッドを舞台に世代交代というテーマをコメディ仕立てに描いた物語。過去に大成功を収めた名監督で脚本家のボビーを加藤健一、新人作家のデニスを関口アナン、助手のメアリーを加藤忍が演じる。演出は日澤雄介が務める。
リー・カルチェイムは舞台やテレビで数多くの作品を書いている作家。演劇では『Defiled』『Friends』『The Prague Spring』『SEMINAR』『ビリーバー』などの作者として知られている。

加藤健一(ボビー)。

主人公・ボビーの部屋、棚には数々の受賞歴がある監督・脚本家らしくトロフィーなどが飾ってある。中央にデスク、その上に…。ボビーは首を吊ろうとしていた、数々の賞も、もはや過去のもの、ボビーに仕事の発注は来ない。時代設定は1988年、派手なハリウッド映画が次々とヒットを飛ばした時代。そこへタイミングよく?悪く?一人の男が入ってくる。彼の名はデニス、新人作家、イマドキな感じ。ふと、みると、首を吊ろうとしているボビーの姿が目に飛び込んできて、一方のボビーもこれから、という時に人が来たので「固まる」。二人、目を合わす。もちろんボビーは自殺をやめる(できない)、デニスは喋る、喋る、この二人、真逆。ボビーは相変わらず、骨董品のようなタイプライターを使ってるし、デニスは当時では最新型のブック形式のPC。二人のやり取りがちょっと可笑しく、またボビーの口から出るシニカルなジョークだらけの言葉に客席からは頻繁に笑いが起こる。この正反対の男二人が、なんと共同作業をすることに。それもちょっと詐欺っぽい?ボビーは例えていうなら「職人気質」、自分の気の済むまでやるタイプ。デニスは、この映画の聖地であるハリウッドで成功したいし、それなりのこだわりも持っている。ボビーにはメアリーという助手がいる。真面目を絵に描いたような女性。

二人の服装にも注目。

1988年のハリウッド映画といえば、「ダイ・ハード」「ミッドナイト・ラン」あたりが有名、特に「ダイ・ハード」は約1億4千万ドルの興行収入を上げ、アクション映画としては首位の記録を達成した。アカデミー賞には4部門でノミネート。この映画で主演のウィリスは一気にスターに。首を吊ろうとしていたボビー、ひょんなことで知り合ったデニスと共に”バディ”を組むことに、しかも自分から。デニスにとっては、ボビーはいわゆる”巨匠”、そんな彼と一緒に何かができる、ワクワクするのも当然だ。だが、共同作業をした結果は…。
時代は変わる、デスクのタイプライター、置いてあるだけでなく、”現役”の仕事道具、もちろん時代のトレンドに乗れるはずもなく、いや、乗ろうとしない、乗れない、超アナログで超保守的。一方のデニス、服装の変化、ジャンパーを着こなし、ロックのサウンドに乗ってノリノリ。

意気揚々なデニス(関口アナン)と眉間にしわのメアリー(加藤忍)。

そこへメアリーが入ってくるくだり、メアリーの表情、デニスはメアリーが入って来たことに気が付かずにイケイケ。ビジュアル的に可笑しく、客席から笑いが起こる。ボビーは自分の状況は理解できている、メアリーに向かって自分は「透明人間」という。ボビーは今や「時代遅れ」のレッテルを貼られているような存在、自分が前に出るとやりたいことができなくなることを知っている。ラスト近く、映画がクランクアップ、不機嫌そうな蝶ネクタイのボビーが入ってくる。それとは対照的な「やったぜ!」な空気感を纏うデニスが後から入ってくる。デニスは尊大な態度でボビーに接する。このなんともいえない哀愁がボビーに漂う。観客はわかっている、ボビーの時代は過ぎてしまったのだと。そして時代の寵児になれるのはデニスだということも。いっとき、「勝ち組」「負け組」という言葉があったが、ボビーはかつては「勝ち組」だった、そして今は時代の波に乗れない「負け組」、一方のデニスはトレンドを掴んで大衆を喜ばせることができる「勝ち組」。だが、デニスもいつまでも「勝ち組」でいられるのか?それは神のみぞ知る。この作品は笑いと哀愁と共にさまざまなことを語りかけてくれる。人生というもの、そして創作に対するこだわり、ボビーもデニスも彼らなりのこだわりを持って取り組んでいる。その結果がどうであれ、そのこだわりこそが彼らがクリエイターである所以だ。この二人を俯瞰的なポジションで見るメアリー。最後に天井に吊るされた自殺用のロープ、コメディなので、ボビーは絶対に自殺しないことは最初からわかっている。だが、そこに自殺用のロープが存在することによって、悲劇と喜劇は紙一重であることがわかる。そして時代の波には抗えないことも。ラストは清々しい気分に。彼らの人生はまだまだ続く。公演は4月9日まで、休憩なしのおよそ2時間、3人のバランスが絶妙。

ボビーの行動に驚くデニス。

物語
とあるオフィスのスプリンクラーから垂れ下がった、先に輪のついたロープ。そして机の上に立つ男。 偶然入って来た若い作家のデニス(関口アナン)がハリウッドに来て早々に出会った不審なその男は、過去に大成功を収めた憧れの名監督で脚本家のボビー・ラッセル(加藤健一)だった。 しかし今、ボビーの脚本を映画会社は受け入れてくれない。求めているのは質の良い脚本でも、監督の実力でもない。デニスのような「トレンドに乗った人間」なのだ。 この衝撃的な出会いをきっかけに、新旧の二人は詐欺まがいな共同作業をすることになる―誰も傷つかない嘘をつこうじゃないか。 何も知らない助手のメアリー(加藤忍)は、そんな二人の違和感に気付きボビーを心配し始める。 垂れ下がり続けるロープ、そしてクランクアップした映画が三人にもたらした新しい人生、待ち受ける人生とは…。

概要
日程・会場:2023年3月29日(水)~4月9日(日)  本多劇場
作:リー・カルチェイム
訳:小田島恒志
演出:日澤雄介
出演:加藤健一、関口アナン、加藤 忍
公式サイト:http://katoken.la.coocan.jp/114-index.html
舞台撮影:石川 純
次回公演は6月29日より、下北沢 本多劇場にて。
加藤健一事務所 vol.115 ジン・ゲーム ~THE GIN GAME by D.L.Coburn~
出演:加藤健一 竹下景子