佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ 2019「オン・ザ・タウン」バーンスタインの楽曲に乗って水兵3人のすったもんだの24時間。

今年はレナード・バーンスタイン(1918年-1990年)生誕100年。代表作といえばミュージカル「ウェスト・サイド・ストーリー」が真っ先にあげられるが、この作品誕生から10年ほど前の作品が「オン・ザ・タウン」。バーンスタインの才能が知られるきっかけとなったエポックメイキング的なもので、振付はジェローム・ロビンス、脚本と歌詞はベティ・コムデンとアドルフ・グリーン、1944年12月28日、ブロードウェイのアデルフィ劇場で初演の幕が開いたが、キャッチーなメロディーにダンスとストーリーの高い融合性で大ヒットし、1949年にフランク・シナトラ、ジーン・ケリーら豪華出演陣で映画化(「踊る大紐育」)もされた。そして、今年2019年、原語歌唱、フルオーケストラ、指揮はバーンスタイン最後の愛弟子である佐渡裕、演出と装置・衣裳デザインは英国ロイヤル・オペラ等で活躍するアントニー・マクドナルド、振付を英国ロイヤル・バレエ元プリンシパルでスコティッシュ・バレエの芸術監督も務めたアシュリー・ペイジ、現在考えれる最高水準のクリエイターが集結した。また、キャストもロンドンで大掛かりなオーディションを行い、アンサンブルはロンドンのミュージカル「オペラ座の怪人」、「パリのアメリカ人」公演やバーミンガム・ロイヤル・バレエ、イングリッシュ・ナショナル・バレエ等で活躍してきたダンサーが集結、総勢20名。主要キャストは英国ロイヤル・オペラやイングリッシュ・ナショナル・オペラ等で活躍するオペラ歌手を中心に、歌唱力も身体能力も高い達者なキャスト陣を揃えた。
物語はいたって単純だ。仲良し水兵の3人組がつかの間の休暇を楽しむためにニューヨークへ繰り出す、というもの。そして『お決まり』のラブストーリーが・・・・・という展開だ。

早朝の都会、5人の男たちが歌う、髭をそる者、新聞を読む者、赤ん坊をあやす者・・・・彼らは眠そうに仕事へと向かう。そして場面が変わって停泊する軍船から水兵が出てくる。先ほどの男たちとは対照的にウキウキ感満載。楽曲もご機嫌なリズムを刻む。地下鉄に貼ってあったポスターの女性・アイヴィにすっかり心を奪われるゲイビー。「彼女に会いたい」ということで3人は街に繰り出す、というのがだいたいの流れ。そして、『Boy meets girl』。これをコミカルに描き出す。ライトなコメディータッチで進んでいくが、彼らを彩る脇キャラが面白く、ストーリーを際立たせている。ポスターを剥がすところを目撃した老齢マダムはそれを咎めようとなぜかこチョロチョロと登場するし、タクシー運転手のヒルディのルームメイトは風邪を引いてくしゃみ・鼻水がすごいし、アイヴィの歌の先生はアル中など、賑やかだ。そして3人が出会う女性、特にタクシー運転手のヒルディや人類学者のクレアはかなりの『肉食系女子』。この一癖も二癖もあるキャラクターたちが所狭しとワチャワチャするところがこの作品の面白さだ。

そして忘れてはならないのが、バーンスタインの楽曲、ミュージカルらしい、ストーリーやキャラクターの心情に寄り添ったナンバー、それが実に多彩で全体的に勢いがある。それは水兵たちの「たった24時間だけど、この休暇を思いっきり、悔いなく楽しみたい」という思いとシンクロする。普段は規則ずくめの軍隊生活、戦争中ともなれば、いつどうなるかわからない、だからたった24時間だけど、自分らしく生きたいという彼ら。そんな時代背景も感じさせずにはいられない。また、細かい「仕掛け」も随所にあり、呼応する楽曲もあり、また曲調を変えて同じ曲が登場したり、それがまた絶妙でコメディーシーンでは客席から笑い声も。またそれとは対照的に1幕で「寂しい町」というナンバーがあるが、都会の寂寥感を歌ったもの。また2幕で歌われる「いっそ死にたい」は2回目に歌われる時はスペイン語になっており、アレンジも変えている。またダンスはとにかく出演者のスキルが高く、フォーメーション、振付も立体的で洗練されており、1幕のラストの「タイムズ・スクエア」の場面は圧巻、また2幕の第3景の「夢の中のコニー・アイランド」のシーンはスタイリッシュ。セットは1940年代〜50年代をイメージさせる色使い、絵柄、そして床にはニューヨークの地図、全てが計算され尽くされており、またユーモアたっぷりな場面もあり(登場するイエローキャブが!可愛い!)、ここまで神経を行きわたらせた舞台もなかなかない。そしてラストは船に戻るために波止場にやってきた3人、そこへ船から大勢の水兵たちが・・・・3人と同じく休暇を過ごすために。
客席は終わったとたんに大きな拍手、中には立ち上がって拍手する観客も。今回の公演は佐渡裕プロデュースオペラの15作目。オペラではなくミュージカルの上演であるが、公演プログラム(無料配布)によると「ジャンルにこだわらずに」と書かれている。また同じく公演プログラムによるとバーンスタインは1934年にはクラスメイトと組んでビゼーの歌劇「カルメン」のパロディーを地元のホテルで上演、演出と振付の責任者にもなって200人以上の観客を集めたそうである。プロデュースも行ってしまうバーンスタイン。もともとはバレエの「ファンシー・フリー」を発展させ、ミュージカル化した本作品。そういったことを考えると、バーンスタインは作曲家としてだけでなく、実は優れたプロデューサーであり、アイディアも豊富な人物だったことがこの作品からもうかがい知ることができる。大掛かりな舞台なので気軽に繰り返し上演、というわけにはいかないだろうが、また上演して欲しいと思える作品であった。

<ストーリー>
1940年代、ニューヨーク、午前6時。ブルックリンに停泊する軍船から、24時間の休暇を許された水兵ゲイビー、
チップ、オジーの3人が初めて訪れた憧れの大都会ニューヨークの街へ繰り出す。
ゲイビーは地下鉄で見かけたポスターに載るアイヴィに一目ぼれ。3人はアイヴィを探すべく、各々に街を散策する。
チップはタクシー運転手のヒルディに出会う。一方、自然史博物館で人類学者のクレアに出会ったオジー。
彼らはひとときのアヴァンチュールを楽しむ。そのころゲイビーはカーネギー・ホールのスタジオでアイヴィを見つけ、夜に会う約束をとりつけるが・・・

【公演概要】
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2019 ミュージカル「オン・ザ・タウン」
<兵庫>
2019年7月12日〜7月21日 兵庫県立芸術文化センター KOBELCOホール
<東京>
2019年7月25日〜7月28日 東京文化会館
指揮:佐渡裕
演出:アントニー・マクドナルド
振付:アシュリー・ペイジ
公式HP:http://www.gcenter-hyogo.jp/on-the-town/news
主催:兵庫県、兵庫県立芸術文化センター
制作:兵庫県立芸術文化センター
舞台写真提供:兵庫県立芸術文化センター
撮影:飯島 隆
文:Hiromi Koh