戸田恵子主演「グッドピープル」今日も明日も変わらない、それでも生きていく

「グッドピープル」はアメリカの劇作家デビッド・リンゼイ=アベアーの作品で、2011年春に上演されたブロードウェイ版は、同年のトニー賞で作品賞と主演女優費の2部門にノミネート。圧倒的な存在感でマーガレット役を演じたフランシス・マクドーマンド(映画「ファーゴ」「スリー・ビルポード」)が見事主演女優賞に輝いた。また、2014年のロンドン公演では4度ローレンス・オリヴィエ賞を受賞しているイメルダ・スタウントン(『ジプシー』)がマーガレット役を演じた。そのほか、ドイツ、スペイン、オーストラリア、スイスなど世界各地で上演されているが、そのいずれの地でも名だたる実力派たちがマーガレット役に挑んている。そして日本初演、この役に戸田恵子が挑戦する。
さて、デビッド・リンゼイ=アベアー、子どもを失った夫婦の再生を描いた「ラビット・ホール」(06年)でピュリツァー賞を獲得したが、同作はジョン・キャメロン・ミッチェル監言×ニコール・キッドマン製作・主演で映画化(10年)。
今回上演される「グッドビープル」など、”普通の人々”の営みを皮肉やユーモアを交えつつ、温かみのある視点で描いた作品で高い評価を得ている劇作家であるが、今回演出の鵜山仁は、シェイクスピア劇やギリシャ悲劇といった古典から、トム・ストッパード、マーティン・マクドナーら現代を代表する人気作家の作品まで、大小問わず数々の翻訳劇を手掛けてきた日本の演劇界を牽引する人気演出家の一人。戸田恵子×鵜山仁、そして村上弘明、木村有里、阿知波悟美ら、豪華共演陣、手堅い布陣。
物語のしょっぱなの場所は1ドルショップのバックヤード。やや雑然としており、主人公のマーガレット(戸田恵子)と同じショップで働くスティーヴィー(高田翔)との会話から始まる。黄色いエプロンにラフな格好の二人、このショップがどのぐらいのレベルかが一目でわかる。雑談、マーガレットはスティーヴィーの母親のことを知っており、茶化した発言、そしてビンゴが大好きな彼に対して「あんた、ゲイなんだって?」と聞く。「どうして?」とスティーヴィー。「だってビンゴが好きでしょ」とマーガレット。そしてマーガレットは遅刻が多く、解雇されてしまうことに。スティーヴィーは「あなたを解雇しないと私が解雇されてしまうんです」とも言う。職を失うマーガレット、さあ、困った。それから次の場面はマーガレット、ジーン(阿知波悟美)、ドッティ(木村有里)の3人の会話、おばさんパワー、収入が絶たれたマーガレットは彼女たちに相談する。やさぐれた雰囲気、会話から3人の境遇や性格、癖などが透けて見え、客席からはくすくす笑いも起きる。ジーンがマーガレットに高校時代の恋人が医師として街にいることを教える。マーガレットは仕事を紹介してもらおうとマイク(村上弘明)のところを訪ねに行くことにするが・・・・・。
この物語の舞台になっている場所はサウスボストン。労働者が多く住んでいる街、ここの住民は所得が低く、様々な人種の人々が住んでいる。人種差別もあり、それこそマーガレットの「ゲイ」発言もあるが、そういった差別を悪気なく言ってしまったりする。またマーガレットはスティーヴィーの彼女のことをあからさまに「中国人」と言ったりもする。しかし、そういった差別は彼らにとって特別なことではないし、悪いと思ったこともない。そしてマーガレットたちもまた差別されている側になることもある。所得が低い人々が住んでいる街に住んでいるがゆえの差別、そして本人たちもまた、そのことに対して無意識のうちに引け目を感じていたりもする。

マーガレットの学生時代の恋人だったマイクは勉強して医師になり、ここから『脱出』できた、マーガレットは彼のことを「成り上り」と言うが、これは少々の皮肉と羨望が入り混じった発言だ。そして2幕は物語の舞台のほとんどはマイクの家の中になる。品の良い部屋、高級そうな調度品、マーガレットは彼の家に入るが、彼女のコートは着古しており、毛糸の帽子が少々ダサい感じ。それとは対照的にマイクの品の良い服装、妻のケイト(サヘル・ローズ)もおしゃれに服を着こなしている。

成功して良い暮らしをしているマイクに1ドルショップを解雇され、障害のある娘を抱えるマーガレット。同じ学校にいたのに、恋人同士だったのに、今は大きな溝がある。このコントラスト、光と影、同じ人間であるには違いないのだが、境遇やポジションで、こんなに違うのか、ということをビジュアル的に見せる。シンプルな対比、上から見下ろす、下から見上げる。マーガレットのスティーヴィーに対する発言は正に『上から』、しかし、マイクの家に行くと彼女は自分の置かれているポジションが『マイクより下』と感じるのである。『差別はいけない』と正論を言うのは簡単だ。実際には大なり小なり、そういったものは永久になくならない。しかし、それでも生きていく、明日もきっと変わり映えはしない、今日と同じような明日がくるだけだ、と登場人物たちは皆、気がついている。大きく何かが変わることはない。ラストシーンはワイワイと4人がビンゴに興じている。ビンゴをやっている時はちょっとの間、様々なしがらみやポジションを忘れさせてくれる。そして「ビンゴ!」があるかもしれない、ささやかではあるが、それは泡沫の夢。それは、コンビニのキャンペーンで箱の中のあたりカードを引いてドリンクプレゼント!並の小さな、小さな『夢』。大きな青雲の志もなく、でっかい希望もないし、ハッピーエンドでもないがどこか温かい。人間の営み、マーガレットたちは今日も明日も変わらない。
そんな人々を戸田恵子はじめ、芸達者が集まってリアルに、そして時にはユーモアも漂わせながら演じる。良質な舞台であった。

<STORY>
マーガレットは、マサチューセッツ州のサウスボストンに住む中年のシングルマザー。
1ドルショップのレジ係として働きながら、早産により障害を持って生まれた30代の娘ジョイスを養っている。そんなある日、遅刻の多さから動め先をクビになってしまったマーガレット。
突如収入が絶たれ、途方にれる彼女は、ジョイスの面倒を見てもらっているアバートの大家ドッティーと高枚の同級生ジーンに相談を持ち掛ける。するとジーンから、高校時代の恋人マイクが医師として町に戻って来ていることを知らされる。意を決したマーガレットは、仕事を紹介してもらおうとマイクに会いに行くが……。

【公演概要】
「グッドピープル」
日程:2019/07/18 (木) ~ 2019/07/25 (木)
劇場:博品館劇場
出演:戸田恵子、サヘル・ローズ、木村有里、阿知波悟美、高田翔(ジャニーズJr)、/村上弘明
脚本:デビッド・リンゼイ=アベアー
演出:鵜山仁
翻訳:黒田絵美子
制作:小川浩(NLT) 樋口正太(博品館)
公式HP:http://www.nlt-pro.nlt.co.jp/goodpeople/