マーティン・シュレップァー演出『バレエ・アム・ライン』初来日公演「白鳥の湖」演劇的でエモーショナル、ラストシーンは静かに深い感動を呼び起こす

誰もが知っているチャイコフスキーの「白鳥の湖」、聞き慣れた楽曲、オープニングのシーンに白いチュチュ、絵に描いたような王子様に黒鳥のダンスの見事さ、3羽の白鳥のダンス、名場面が多く、世界中で愛されているバレエだ。このバレエをマーティン・シュレップァーが全く新しい振付、構成で発表したのが、このバレエ・アム・ラインの『白鳥の湖』だ。あのチュチュも出てこないし、わかりやすい王子様も出てこないのだ。芸術監督で振付家のマーティン・シュレップァーが手がけるこの「白鳥の湖」はその斬新さと発想でヨーロッパでは瞬く間に話題に。チャイコフスキーが 1877年に制作した原典譜を採用し、またその当時の初版台本に基づいて登場人物を設定するなど、オリジナルを尊重しつつ単なる古典への回帰ではない。人間の心の機微と変化に注目した人間ドラマとして再構築。
ポピュラーな「白鳥の湖」は、プティパ・イワノフ版。これは1895年に上演、しかし、本当の初演は1877年、これの改造版がプティパ・イワノフ版なのである。だから、流れる曲も実は順番が異なる。よく知っている「白鳥の湖」をイメージして劇場に行くと、しょっぱなから驚くこと、請け合いだ。

舞台セットらしきものはなく、全体としては極めて前衛的であり、抽象的だ。最初の場面は宮廷でのシーン、王子・ジークフリートやその友人たちが楽しく踊ったりはしゃいだりしている。王子の誕生日、その光景は特に特別なものでもなく、ロイヤルな服もきていない。等身大の若者たちが楽しくやっているのだ。そこへ王子の母親がやってきて翌日の祝宴で結婚相手を見つけるようにいうのだが、王子は結婚する気など全くないが立場ゆえ、そうもできない。国、地位に絡め取られている自分を認識し、落ち込む。極めて人間的なリアクション、それを演劇的な見せ方で観客に提示する。ロイヤルな服装もきらびやかなアクセサリーもないが、それでも観客は認識できるし、「まだまだ遊びたいよね」と共感もできる。そんな憂鬱な気持ちで森に出かけるジークフリート王子、そこで見たのは・・・・・白鳥の群れ、その群れに導かれるようにしてたどり着いたところは湖、そこで白鳥が人間の女性の姿に!その中でひときわ美しい女性がおり、彼は一目で恋に落ちる。その女性はオデット、継母の呪いで白鳥にさせられていたのだった。そしてオデットがかけられている呪いを知るジークフリート、彼女に永遠の愛を誓うのだった・・・・・・。

ストーリーはだいたい一緒なのだが、登場人物が実に多彩で、それぞれのキャラクターがはっきりしている。継母は血の繋がっていないオデットは基本的に邪魔者、そんなオデットを不憫に思う祖父、その涙でできた湖、祖父はオデットを溺愛し、彼はオデットを守っていたのであった。プティパ・イワノフ版ではオデットに呪いをかけたのは悪魔であるロットバルトであるが、ここでは継母。ロットバルトは継母の『手先』になっているのだが、現代でも継母によるいじめやハラスメントはメディアを賑わせている。継母が呪いをかけた方が心理的にはよくわかる。そしてオデットが幸せになるのは気にくわない。よってある策を考え、ジークフリートを陥れる。心理的には観客はすんなりと入っていける設定ではないだろうか。そしてまんまとひっかっかるジークフリート王子はオデットだけでなく、母親の王妃の人生も壊してしまう結果に。絶望的な気持ちになる王子、そしてオデットは・・・・・・。

マーティン・シュレップァー版は、前衛的と言われればそうかもしれないが、振付は実にわかりやすく、主要キャラクタだけでなく、傍に至るまで細かい動きが施されている。服装は象徴的なものではないが、その動きでその人物が誰なのかは簡単にわかるし、心の動きも把握しやすい。そしてジークフリートは己の未熟さゆえに取り返しのつかない過ちを犯してしまった後悔。そしてオデットは継母のやったことを知り、愛する王子だけでなく、彼の母である王妃や周囲の人々を破滅させてしまったことに愕然とする。祖父はそんな孫娘を助けようとするも力及ばず・・・・・・。ラストシーンは静かな迫力で観客に迫る。見慣れた「白鳥の湖」も完成度が高いが、こちらの方は現代的で演劇的。静かにしかし、ぐいぐいと観客を惹きつけてやまないパワー。作品に対する既成概念を取り払った解釈と見せ方、マーティン・シュレップァーは今後、どのような作品を発表するのだろうか、21世紀の新しいバレエ、きっとまた観客を驚かせてくれるに違いない、そう思わせる舞台であった。

【公演概要】
日程・場所:
<東京公演>
2019年9月20、21日 オーチャードホール
<兵庫>
2019年9月28日 兵庫県立芸術文化センター KOBELCE大ホール

公式HP:https://ballettamrhein.jp/
舞台写真クレジット:Gert_Weigelt
文:Hiromi Koh