《インタビュー》NISSAY OPERA 2020 特別編 オペラ『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』 演出 田尾下哲に聞く

世界中での新型コロナウイルスの蔓延により、多くの公演が中止、もしくは延期に追い込まれ、日生劇場もNISSAY OPERA 2020の6月公演が中止になり、11月公演も発売を延期していたが、当初上演を予定していたオペラ『ランメルモールのルチア』を翻案し、オペラ『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』として日生劇場だけの特別版としての上演が決まった。
「この時代だからこその表現を探究したい」という演出・翻案の田尾下哲と指揮の柴田真郁のタッグにより、ドニゼッティの手によるオペラ 『ランメルモールのルチア』の本質を、悲劇の花嫁ルチアに焦点を絞って新たな角度から描き出す特別版オペラ『ルチア』を紡ぎだす。そして、そのルチアを演じるのは、森谷真理高橋維という希代のソプラノ歌手たち。全1幕上演時間約90分(休憩なし)に凝縮しての上演となる。今回の特別版について演出の田尾下哲に見所やポイント、演出の経緯をお伺いした。

ーー想定外の新型コロナウイルスの蔓延で多くの作品が中止、延期になりました。この作品も例外なく中止になりましたが、上演形態を変えてのチャレンジとなります。この新しい演出形態に至った経緯を教えてください。

田尾下:おっしゃる通りコロナ禍において、これまでのようにオペラを舞台上演する事は世界的に難しい事です。状況・時期によって舞台上、客席共に上演への条件が変わる中、それがどのような政策であれ自粛であれ、安全を最優先に考えた時にどのような条件になるのか、ということを一番に考えました。実際には日生劇場さんのガイドラインに従って考えています。しかし、それ以前に感染への危険から、歌手同士の接触が難しく、向き合っての歌唱が難しいという事は『ランメルモールのルチア』の物語を描く際に大きな困難になることは分かりきっていました。舞台上演における問題もさることながら、1ヶ月の稽古場での環境、進行にも危険が伴います。そこで安全対策、劇場のガイド、物語を描くために必要な条件全てを総合して考え、新制作として『ランメルモールのルチア』を描くにはルチアの一人芝居しかない、という決断に至りました。そこからは、具体的に指揮者、プロデューサー、デザイナー、舞台スタッフと相談しながら進めています。

ーー今回の演出の見どころは?ハイライトシーンは、やはり「狂乱の場」になるとは思いますが。本来ならフィナーレは大規模なものになると思いますが…。

田尾下:今回の演出の見所は、実はルチアが歌っていない時の芝居だと思っています。彼女の周りで起きている出来事、陰謀をソリストが歌うわけですが、その時にルチアはどのような状態にあったか、を描きたいと思います。当然ながらそれらの歌(言葉)はルチアに聞こえているという設定ではありません。「狂乱の場」は音楽的にも物語的にもハイライトである事はもちろんなのですが、私の描きたいこととしてはルチアの歌っていない時です。

ーー出演の方々についてです。実力のある方々がキャスティングされておりますが、キャストの魅力をお願いいたします。

田尾下:まず二人のルチアですが、森谷真理さん、高橋維さんは共にこれまでもオペラを一緒に作ってきている二人です。それぞれ作品は違いますが、私が特に特別な解釈をしたプロダクションでご一緒した人たちです。
森谷真理さんとは沼尻竜典さんのびわ湖ホール『リゴレット』で初めてご一緒しました。この舞台ではオペラの原作であるユーゴーの『逸楽の王』からの解釈を随所に取り入れた演出にしました。音楽的な純度の高さと身体性の自由度は抜群で、森谷さんの存在でそれ以降の私の演出プランの自由度が一気に増したことを感じました。その後日生劇場『後宮からの逃走』では、徹底的にモーツァルトのオーケストラに合わせた動きを求めたプロダクションでしたが、難曲を見事に演唱する森谷さんには演出家として今でも誇りを感じています。
高橋維さんとは今年の2月、コロナ前最後にやった『ボエーム』でご一緒し、ムゼッタを演じていただきました。2018年に初演したときには音楽や言葉は変えない中で解釈を徹底的に変えた演出でした。リハーサルではパントマイムでの芝居も試しましたし、キャラクター、解釈についての話し合いから思いがけない発展をしたプロダクションでもありました。結果、3幕の幕切れは舞台上ムゼッタだけ残して幕を切る、という演出になりました。彼女のそのプレゼンスがすばらしかったため、2020年に再演した際には4幕最後のアクションもムゼッタに任せました。そのように「幕を切る」事を演出的に任せられる信頼する歌手です。

ソリストの皆さま全員、オーディションにおける声の素晴らしさはもちろん、役柄の解釈にも感銘を受けた人たちばかりです。今回は芝居はありませんが、ルチアの悲劇に関わる人たちの声による表現によって、舞台上のルチアの芝居も変わってくると思います。

ーー今後、やってみたいことがあれば、教えてください(抽象的で構いません)。

田尾下:私が生まれてからの半世紀近くでも、世界は大きく変わり続けてきました。ですが、その中でも変わらずオペラは今日的な意味を持ち続け、シェイクスピアやギリシャ悲劇は全ての物語の原泉たり得ています。それらの歴史を学び続けているものとして、時代や国を超えて上演され続ける新作ですが、古典になる作品を作りたいです。具体的には劇作ですね。

ーーお決まりの質問で恐縮です。来場して観劇のお客様へ、または観ようかなと迷っているお客様へのメッセージをお願いいたします。

田尾下:今回の『ランメルモールのルチア』は実際には50人からなる人たちが舞台で演じる予定を変更し、ルチア一人が芝居する舞台になっています。ですが、それを自粛や制限のせいで“欠けた/足りない”舞台には決してしないつもりです。それは、ルチア役のお二人には負担の大きいことですが、一人芝居だからこそ描けるルチアの悲劇があると思っているからです。オペラ『ランメルモールのルチア』を徹底的にルチア目線で描いたら、この悲劇がどのように生まれ、どのような結末になるかをしっかりと描きたいと思います。是非、劇場に足をお運び下さい。

――ありがとうございました。公演を楽しみにしています。

<あらすじ>
17世紀のスコットランド、ランメルモール地方。アシュトン家当主エンリーコは、領主ラヴェンズウッド家を制圧し、この地を統治していた。アシュトン家の令嬢ルチアとラヴェンズウッド家当主エドガルドは、 ともに愛し合っていた。しかし、ルチアの兄エンリーコは、傾いた家運の再盛と宿敵エドガルドの破滅とを 目論み、妹ルチアにバックロウ領主アルトゥーロとの結婚を強要する。家同士の憎しみ合いによって、自由 を奪われたルチア。彼女を待っていたのは、血塗られた婚礼、そして狂気だった…。 ドニゼッティの手によるベルカント・オペラの傑作を翻案。日生劇場だけの特別版でお贈りします。

<公演概要>
NISSAY OPERA 2020 特別編 『ルチア~あるいはある花嫁の悲劇~』  上演時間は約90分(休憩なし)。
全1幕 原語[イタリア語]上演・日本語字幕付
日程・会場:2020 年 11 月 14 日(土)・15 日(日) 各日 14:00 開演 日生劇場
原作:ガエターノ・ドニゼッティ作曲 オペラ『ランメルモールのルチア』
指揮:柴田真郁
演出・翻案:田尾下哲
管弦楽:読売日本交響楽団
出演:
ルチア 高橋 維(14日)、森谷 真理(15日)
エドガルド 宮里 直樹(14日)、城宏憲(15日)
エンリーコ 大沼 徹(14日)、加耒徹(15日)
ライモンド 金子 慧一(14日)、妻屋 秀和(15日)
アルトゥーロ 髙畠 伸吾(14日)、伊藤 達人(15日)
アリーサ 与田 朝子(14日)、藤井 麻美(15日)
ノルマンノ 吉田 連(14日)、布施 雅也(15日)

ルチア(カヴァーキャスト) 横山 和美
泉の亡霊(助演) 田代 真奈美(両日)
[スタッフ]
美術 松生紘子
照明 稲葉 直人(A・S・G)
衣裳 萩野緑
演出助手 平戸 麻衣
舞台監督 山田 ゆか(ザ・スタッフ)
副指揮 諸遊 耕史、鈴木 恵里奈、小松 拓人
コレペティトゥア 平塚 洋子、経種 美和子、矢崎 貴子
主催・企画・制作:公益財団法人ニッセイ文化振興財団[日生劇場]
助成:芸術文化振興基金 公益財団法人 ローム ミュージック ファンデーション 公益財団法人朝日新聞文化財団
後援:東京都 協賛:日本生命保険相互会社
劇場ホームページ:http://opera.nissaytheatre.or.jp/
◆有料配信 本公演は、公演後に、期間限定で有料配信を予定しております。
◆特設ページ https://opera.nissaytheatre.or.jp/info/2020_info/lucia/index.html