《インタビュー》北川拓実(少年忍者/ジャニーズ Jr.) 舞台初主演 舞台『火の顔』 演出 深作健太

いまドイツ演劇界で最も活躍する劇作家の一人、マリウス・フォン・マイエンブルク(注)が現代の不条理を描いたデビュー作。登場するのは父、母、姉、弟の普通の家族。突然現れた姉の恋人をきっかけに、その均衡は 崩壊の兆しを見せ、家庭内は壮絶な空間に。
ちなみにドイツ分断の象徴であったベルリンの壁(高さ:3m、総延長:155km)が崩壊したのは1989年。そこからおよそ10年後の1998年にマイエンブルクはベルリン芸術大学在学中にこの作品を発表した。
今回は舞台初主演となる北川拓実(少年忍者/ジャニーズJr.)を始めとする素晴らしいキャストが集結。ちなみに、2005年の世田谷パブリックシアターのベルリン演劇週間において、シャウビューネ劇場のオリジナル版が上演されている。日本人キャストでの上演は2009年のフェスティバル・トーキョーにおいて、演出は松井周。2005年、2009年と続けて観劇、必ず自身の手で演出したいと熱く思い続けていた深作健太さんのインタビューが実現した。

――『火の顔』という作品そのものをやるのは日本ではこれが3回目になりますね。はじめにこの作品を観たときの印象は?

深作:もともとドイツの演出に触れたのは大学時代に観たオペラからでした。ワーグナーが大好きで。例えば『ニーベルングの指環』は神話なのに、セットは現代で、衣装は近未来風のスーツで演じられたりする。当時は読み替え演出が主流で、過去の物語を今にどうつなげるかというのがドイツ演劇の作り方だったんです。東ドイツ時代に政府の検閲が厳しかったから、それをかいくぐるためにも芸術家たちは果敢な挑戦をして抵抗していった。十代の僕はその“戦い方”にとても感動しまして。
僕が高校生の頃に平成の時代が始まり、ベルリンの壁が崩壊して、なんだか世界が変わっていくんだという雰囲気に包まれていました。だけど実際は全然よくならなかった。二十世紀末の閉塞感から、日本ではオウム真理教事件や酒鬼薔薇事件が起こり、僕は2000年に映画『バトル・ロワイアル』を作ってデビューする。そんな過渡期の時代に、この『火の顔』と出逢いました。マイエンブルクは同い年。海の向こうで同じ感性を持ち、社会にアプローチする同世代の作家がいることに驚きまして。

――『火の顔』は、ドイツでの初演からやや遅れての日本上陸でしたね。

深作:2005年から2006年にかけて、ベルリンを代表する多くの劇場が来日したんです。その中でも一番、衝撃を受けた作品がこの『火の顔』でした。以来、毎年のようにベルリンへ芝居を観に出かけるようになるんですが。2010年になって演劇の演出家としてデビューする機会をいただいた時、真っ先にやりたかったのも、この作品でした。でも内容が内容ですから実現が難しく、15年経って、やっと演出できることになりました。しかも深作組の、はじめての自主公演という形で。新型コロナウィルスの影響で、人と人の距離がめちゃくちゃになっている今だからこそ、この作品を上演する意味があるのではないかと。昔の僕だったら完全に主人公の少年クルトだけに感情移入して作っていただろうけど、いい感じに年を取ったからこそ、親世代の大人たちの気持ちもわかるようになって、今までとは違う家族劇の描き方が出来ると思います。

――台本では年齢は書いていないですけれど、クルトの年齢はだいたい14~16歳くらいのハイティーンくらいでしょうか。お姉さんがもう少し上で……。

深作:そうですね。今回クルトの年齢は、演じる北川拓実君に合わせて作りたいと思っています。彼はいま17歳。リアル十代ですから。僕やマイエンブルクは、戦後の高度経済成長の影響もあって、経済的にはまだ豊かな、恵まれた世代だったと思います。だけど二十一世紀の今はそうではない。もっと想像も出来ないほど困難な時代を生きなくてはならない若者たちのことを考えると、クルトという役の捉え方もまた違ってきますよね。そんな中、北川君と出会い、一目惚れしました。彼はしっかり、まっすぐと人の目を見つめてくるんです。僕は目力の強い役者が大好きで。しかも、ものすごく演劇をやりたがっているエネルギーが全身から感じられた。これから一ヶ月、稽古場で共に過ごして作品をつくりたい、そんな気持ちになりました。ちなみにこの作品のプロデューサー児玉奈緒子さんは、かつて藤原竜也君を見つけ出した人。僕は初舞台で観た16歳の彼の演技の熱に惚れ込んで、『バトル・ロワイアル』に呼んだという経緯がありました。北川君はいま17歳。十代のクルトを、同じ十代の北川君がリアルな感性で演じることが重要だと思うんですよね。人生で一度しかない、初舞台、初座長の最前線に立つ彼の可能性を信じて、彼の身体にのっかったものを素直に作ってゆこうと。彼と出会えたことで、この作品が向かうべき方向性が見えてきました。いま稽古場ではもうすでに、北川君が先頭を一生懸命走っていて。周りの百戦錬磨のキャストたちを引っ張っていく力を発揮しています。まだまだ大変だろうけど、自分と向き合い難しい役を演じきることで、10年後20年後に生きのびてゆく役者になって欲しいという願いを込めて演出しています。かつての僕自身がそうであったように、クルトはまだ知らないこと、わからないだらけ。そこに北川君の現実を重ねて、物事に不安や苛立ちを感じることもあるだろうし、世界全部が異質なものに見える感じといいますか。十代ならではの感性を突っ込んで描けたらと思います。

――家族4人で、ギリギリのところでバランスを取っていたところにパウルという異質な存在が入ってきて……というところが、ある意味普通の家族でもあり得る話だと思います。本当は身近な話でもあるんだなと感じました。

深作:娘が彼氏を家に連れて来る事で、家族のパワーバランスが変わるという。例えば今でも子供が親を殺したという事件をよく目にしますが、そうした場合、僕たちはマスコミの報道を通してわかりやすく切り取ろうとしますから、時に動機は憎悪だと、簡単に割り切って想像してしまう。だけど、本当はそうではないかもしれない。たとえば愛は、人を生かしもするし殺しもする。それくらい難解な、困難なものなんです。演劇はそういうわかりにくいものをこそ、向き合って考え続けてゆかなければならない。ドイツの演出ではこの家族を冷めた関係として描くことが多いですが、僕はドイツ演劇のイメージにとらわれることなく、もう一度5人の登場人物の関係性を、濃密な距離感から読んでいければ、と思っています。

――例えば、クルトが違う行動を起こしていたらどうなっていただろう?とも考えられますね。ドキュメンタリーでも、家庭にトラブルがある場面があったりもします。

深作:この家族は、誰もクルトを助けられなかったというか、本当の意味で教育することができなかったんじゃないかと思います。僕自身、稽古場で演出家としてのスタンスをいつも考えてしまうんですが、親は子供の位置に立って叱る、ハッキリとした言葉で伝えるという事も大切だと感じます。僕自身、助監督時代とか修業時代を通じて、何がいま活きているかというと、それはさんざん失敗して、先輩たちに怒られて来た経験です。いざ自分が演出家としてピンチに陥った場合、そういった下積み時代の経験からくる反射神経みたいなものが確実に役に立っている。だけど今はパワハラという言葉があって、部下や子供を強く怒ることがタブーとされる風潮がある。クルトも、リベラルを装う両親が上手に叱れず、本音を投げかけなかったからこそ、悲劇に向かって突き進むのだともいえます。そんな中、クルトが共感するものはヘラクレイトスというギリシャの哲学者の言葉。万物流転を唱えた人なんですが、当時、命は水から生まれると云われていたものを、彼は命は火から生まれると考えた。クルトはその言葉に衝撃を受けて、火を信仰するようになるんです。
僕のルーツは、戦前生まれである父親の体験してきた歴史を受け継いでいること。原爆と敗戦のガレキから新しい日本の歩みが始まり、戦後75年一生懸命復興してきたのに、震災があってコロナがあって、いま僕たちは何を手にして何をなくしたのか。同じ敗戦からの復興の歴史を歩んできたという意味ではドイツと日本は一緒なんです。僕が英米演劇よりドイツ演劇に魅かれるのもそこが原因かもしれない。そうした敗戦国から生まれた、新しい世代の一家族の分断を、今回の劇では描きたいんです。

――観客の若い世代でも、なにか気づいて帰ってもらえるといいですね。

深作:そう願います。僕自身が、先輩達が作ってきた演劇に、沢山の大切なものを貰いましたから。いま演劇のお客さんって女性が中心ですよね。でも今回の『火の顔』は悩める十代の男子にもぜひ観て欲しい。まだまだ大変な状況は続きますが、いつかまた観客の皆さんが安心して劇場に戻れる、そんな時代になって欲しいです。

――ありがとうございます。公演を楽しみにしています。

(注)マリウス・フォン・マイエンブルク:1972年ミュンヘン生まれ。ベルリン芸術大学で劇作を学び、在学中に執筆した『火の顔』で注目を集める。99年よりシャウビューネのドラマトゥルクをつとめ、その後『パラサイトたち』『冷たい子ども』『エルドラド』などの戯曲を執筆。ドイツ演劇に多大な影響を与えている劇作家。

【あらすじ】
どこにでもいる、普通の四人家族。 父は現実から目を背け、母は自らの母性をアピールする。 姉は外の世界へ出る事を夢見て、弟は爆弾作りに没頭する……。 そこへ突然、現れる姉の恋人。 閉ざされた家庭に、新しい〈風〉が吹き込んだ時、 思春期の少年に渦巻いていた〈炎〉は、音を立てて燃えあがる。

<概要>
◆日程 2021年3月25日(木)~2021年3月29日(月)
◆会場 吉祥寺シアター
◆出演
北川拓実(少年忍者/ジャニーズJr.)
納谷健・直江幹太(ダブルキャスト)
大浦千佳・小林風花(ダブルキャスト)
中野英樹
比企理恵
◆スタッフ
作:マリウス・フォン・マイエンブルク
翻訳・ドラマトゥルク:大川珠季
演出:深作健太
美術:伊藤雅子 照明:佐藤啓 音楽・音響:西川裕一
衣裳:伊藤正美 上杉麻美 ヘアメイク:柿原由佳
演出助手:荒井遼 舞台監督:南部正憲 プロデューサー:児玉奈緒子 主催・企画・制作:深作組/MA パブリッシング/東京音協/ステラキャスティング/Goh
◆公式 WEB サイト https://www.hinokao.com
◆Twitter アカウント https://twitter.com/hinokao (@hinokao)
構成協力:佐藤たかし
取材:高 浩美