草彅剛主演『アルトゥロ・ウイの興隆』世界は変わったのか?変わらないのか?

『アルトゥロ・ウイの興隆』が開幕する。
ドイツ演劇作家ベルトルト・ブレヒトによって描かれた戯曲、アドルフ・ヒトラーが独裁者として上り詰めていく過程を、シカゴのギャングの世界に翻訳して描かれた衝撃作。

アルトゥロ・ウイのモデルはアドルフ・ヒトラー。彼による独裁政治は、ユダヤ人迫害や同性愛者や障害者等を対象とした虐殺など、極めて凄惨な史実として知られているが、本作、『アルトゥロ・ウイの興隆』は、シカゴのギャングによる八百屋業界の支配という規模の小さな架空の世界に”翻訳”。また、劇中で用いられるジェイムス・ブラウンのファンクミュージック、しかも生ライブ、これがPOPな印象でエンターテインメントな舞台に仕上がっている理由の一つであろう。また、ジェイムス・ブラウンはギャング映画にも縁がある。
舞台の基本的な演出は、シカゴで起こる様々な事件を主軸に、アルトゥロ・ウイやその仲間達によるファンクミュージックの生ライブ、芝居、場面転換毎に挟まれる史実の要約により構成されている。

時間になり、オーサカ=モノレールのメンバーが舞台に上がる。演奏、ノリのいいファンクミュージックが大音量で!それから登場人物たちが登場し、満を持してこの作品の主人公であるアルトゥロ・ウイがマントを翻して登場、ロックスターさながらに!ここがポイント。観客は手拍子、時節柄、声は出せないが、本来なら声援、口笛などが飛び交う場面であろう。つまり、観客もこの作品の”登場人物”なのである。しかも通路を使う演出もあり(俳優陣は通路を通る時はマスク着用)、このインタラクティブな演出により、観客は単なる傍観者でいられなくなる。アルトゥロ・ウイは、次第にのし上がっていく。時折、史実の要約が字幕で示される。ナチス・ドイツの誕生、アドルフ・ヒトラーが台頭し、どういう経緯で政権を掌握し、ヨーロッパ諸国を制圧していったのかを抑えていると、アルトゥロ・ウイの顛末や、それ以外のキャラクターたちの運命は自ずとわかってくる。巧みな演説、カリスマ性、観客を惹きつける音楽、歌唱、ダンス、観客は、いつの間にかこの舞台の虜になっていく。演者から客席に向かって言葉を投げかける。観客、つまり”我々”は、一体どうなるのか、この独裁者の虜になっていくシカゴの市民なのか、それとも傍観者なのか、その虚と実の境目を曖昧にすることが、この作品演出の最大の要素だ。

主人公のアルトゥロ・ウイを演じる草彅剛、国民的アイドルをやっていた経験を存分に活かし、ダンスに歌に芝居に圧倒的な存在感で、アルトゥロ・ウイ役は彼以外に誰がやれるのか、と思わせるほど。アルトゥロ・ウイの右腕であるエルネスト・ローマ、松尾論が曲者感を醸し出し、アルトゥロ・ウイに進言したりするが、2幕では…哀れな結末。また、このカンパニーでは若手の渡部豪太、演じるキャラクターはジュゼッペ・ジヴォラ、最初は目立たない存在だったが、アルトゥロ・ウイがのし上がっていくに従って…彼もまた存在感を増していくが、この過程をしっかりと、後半は眼光鋭く演じきっていたのが印象的。芸達者な俳優陣、複数役を演じ分け、また、小林勝也、榎木孝明、さすがの重鎮ぶりで登場した途端に目を奪われる。

史実とオーバーラップする、アルトゥロ・ウイのそばにいる人物の運命、つまり、ヒトラーの歴史を紐解けばわかるが、粛清された者もいれば、ヒトラーの側近として力を得ていった者もいる。そういったところも興味深く、八百屋業界という狭い世界に翻案されているが、「このキャラクターは多分、誰それ」と置き換えてみるのも一興。
翻って現代、21世紀に入って早くも20年ちょっと過ぎているが、世界は果たしてあの時代から変わったのだろうか?テクノロジーの発達、SNSで誰もが自分から情報発信もできれば、「いいね!」をたくさんもらえるカリスマインフルエンサーになれる時代。そんなことを考えると、ブレヒトの、この先見の明と普遍的なものを見つめる眼力に驚かされる。ジェイムズ・ブラウンの楽曲の使用については、物語とは直接関係ないが奇しくもジェイムズ・ブラウンが生まれたのは1933年、ヒトラーがドイツ首相に任命された年だ。ノリの良いリズム、場面ごとの曲のチョイスが心憎い。ジェイムズ・ブラウン好きなら、そのチョイスに思わず、膝を叩きたくなる。ヒトラーは演説がうまく、人々は彼の言葉に魅了されたが、この作品でも1幕でアルトゥロ・ウイが小林勝也演じる役者に細々と手ほどきを受ける。顔の位置、手の上げ方、一挙一動、役者のアドバイスが入るが、ヒトラーもプロから習ったと言われており、次第にうまくなり、つけひげでポーズをとる様はヒトラーを彷彿とさせる。

ブレヒト自身は、1919年秋より独立社会党機関紙『フォルクス・ヴィレ』で市立劇場の劇評を担当し、1921年に小説『バルガンの成行きまかせ』を発表、次第に知名度を上げていき、1933年、ブレヒトは入院中だった病院を抜け出して、ユダヤ人であった妻と長男を連れてプラハ行きの汽車に乗り込み、最終的にはアメリカに渡っている。ただ、共産主義だったブレヒトにとってアメリカは居心地の良い場所ではなく、1947年に下院非米活動委員会の審問を受け、その翌日にパリ経由でチューリッヒに逃亡している。この作品は1941年に書かれたもので、ちょうどアメリカに逃亡した年。そんなところにも注目してみると面白い。ヒトラーの時代、日本も軍国主義の時代であったが、21世紀になり、世界は変わったのか?それともちっとも変わっていないのか?そんなことを改めて客席に問いかける、否、世界に向かって問いかける。KAAT神奈川芸術劇場は12月3日まで。京都は12月8日より、年明けに東京公演、1月9日より、年またぎ公演となる。

<コメント>
[白井晃より]
初演から2年弱の間に世界は大きく変わりました。
あの時問題にした政治的状況も一見変化したようで、実は益々深刻になっています。
それだけに、この作品の必要性が増してきているように思います。リハーサルの中で、草彅さん演じるウイも益々鋭角的に研ぎ澄まされてきています。全神経をこの作品に注ぐ姿は清々しくもあります。キャスト・スタッフともに更にパワーアップされて、世界を突き抜く作品がお見せできそうです。この瞬間を是非とも目撃ください。

[草彅剛より]

シカゴのギャング団のボス、アルトゥロ・ウイはとにかく野心に溢れた人物。
ウイの気持ちを受け止めて演じること、そして歌に踊りに、心身ともに大変な舞台だと思っています。
今回は横浜・京都・東京と3都市で上演できることも楽しみにしています。
コロナ感染対策も十分行って、ご覧いなられた方たちに、舞台からエネルギーを伝えられるよう、2022年まで、カンパニー全員で突っ走ります!!

<ストーリー>
シカゴギャング団のボス、アルトゥロ・ウイは、政治家ドッグズバローと野菜トラストとの不正取引に関する情報をつかんだ。それにつけこみ強請るウイ。それをきっかけに勢力を拡大し、次第に人々が恐れる存在へとのし上がる。

<概要>
日程・会場:
2021年11月14日〜12月3日 KAAT神奈川芸術劇場ホール
2021年12月18日〜12月26日ロームシアター京都 メインホール
2022年1月9日〜1月16日豊洲PIT
作:ベルトルト・ブレヒト
翻訳:酒寄進一
演出:白井晃
音楽・演奏:オーサカ=モノレール
出演:
草彅剛
松尾諭 渡部豪太 中山祐一朗 細見大輔 粟野史浩
関秀人 有川マコト / 深沢敦 七瀬なつみ 春海四方
小川ゲン 古木将也 ワタナベケイスケ チョウヨンホ 林浩太郎
Nami Monroe FUMI suzuyaka
神保悟志 小林勝也 / 榎木孝明

公式HP:https://arturoui-stage.com/