VR演劇 『Visual Record ~記憶法廷~』最新メディアを果敢に採り入れながらの斬新かつ挑戦的な作品

Virtual Reality(バーチャル・リアリティ=VR)とは仮想世界を現実のように体感できる技術のことで、具体的にはゴーグルを装着して上下左右360度の映像を見渡すことができる。現在はプレイステーションVRのようなゲーム機に利用され、またVR専門シアターなども登場。VR映像を鑑賞できるネット喫茶などもかなり増えてきている。

 

もっともそんなVRではあるが映像メディアとしての可能性をまだまだ十分に追求しきれてない感は否めず、むしろ演劇界のほうが実験的ながらも意欲的な挑戦が成されているようだ。

2018年には『星の王子さま』を原作とする『LITTLE PRINCE ALPHA』が、飛行士の回想をVR、王子が自分のことを語る際はライヴ・ミュージカルという形式で上演され、話題を集めたばかり。

 

そして2019年6月27日(木)から7月1日(月)まで中目黒ウッディシアターで上演される『Visual Record~記憶法廷~』は、観客にVR映像を見せながら裁判に参加してもらうという、新たな舞台演劇への挑戦として画期的な試みで贈るエンタテインメントであり、観客参加型という意味では日本初、いや世界初のVR演劇といえるかもしれない。

今回の企画は、映画『40万分の1』など映画&演劇プロデュースを手掛けるテラスサイドと、KDDIの最新VR同時視聴システムのコラボによるもので、VR映像制作はSupershipが担当。

演出はTAIYO MAGIC FILM主宰で、齋藤工監督の映画『Blank13』の脚本も手掛けた西条みつとし。

脚本は電動夏子安置システム主宰の竹田哲士が、このプロジェクトのために書下ろしたものである。

初演直前の6月27日午後、ゲネプロにお邪魔してみると、いつになく多くのマスコミや関係者が並んでいて、場内もほぼ満席。一瞬驚いたが、これは本番に向けてVRゴーグルの調整を万全にしておかないといけないので、それゆえゲネプロに多くの人が集められたというわけだ。

まだ発展途上の試み、こうした未来に投資し得る実験的題材の場に同席できること自体、貴重な体験。

まずこの作品の世界観からお伝えすると、椅子や机などの「モノ」が目撃した記憶「ヴィジュアル」を「レコード」として断片的に記録できるようになった近未来社会が舞台。これによって犯罪の証拠なども得やすくなり、裁判は簡略化され、冤罪も減少。

そんな中、ひとりの主婦が家の中で殺害された事件の被告人・樋口(岡本至恩)を裁くため、門倉(吉倉あおい)、日下部(堤匡孝)、山崎(山口景子)、森(小築舞衣)の代表陪審員および複数の陪審員(私たち観客がこれを担う)が法廷に集められ、朝比奈特別陪審判事(サトウヒカル)のもとで審議が行われていく。

ここで用いられるのがVRで、観客=陪審員は舞台上の4人の代表陪審員とともにゴーグルを覗きながら(そのつど朝比奈から合図が出る仕組みになっている)、事件にまつわる数々のレコード映像を見て、被告人が有罪か無罪かを推理していくのである。

これは実に斬新かつユニークな手法で、出演者と観客が同一空間にいる演劇ならではの特色を巧みに活かしたもので、まずはこのアイデアを考えついた御仁を大いに讃えたい(これを映画やドラマなどの映像メディアでやっても、さほど面白みはないだろう)

また今回のVR映像は360度全方向のものではなく、割かし人間の視界に沿った上下左右180度範囲内で映されるので、やたらと首を動かす必要はなく、ただし瞬時に細かいところまでチェックしないと大事なところを見落とす恐れもある(もっとも、舞台上の出演者たちがそれぞれ推理を繰り出しながらちゃんとドラマを進行してくれるので、実はぼーっと生きてても、いや見ていてもチコちゃんに怒られるようなことはない!?)。

出演者たちそれぞれのキャラクターは明確すぎるほどに描き分けられているので、いくつかのトリックの連鎖に困惑することはあっても、彼らの佇まいを見守り続けていさえすれば置いてきぼりを喰らうことはない。

微笑ましかったのは、証言台に立つ被告人もまたヴァーチャル映像という設定なのだが、それを本人が生身で演じ、時折強烈な光を用いて登場したり消えたりすることで、VRという最先端を売りにした舞台の中、こうしたアナクロの極み的手法を堂々と披露しているあたりもまた楽しい。

かくしてクライマックス、採決として観客である私たち(=陪審員)に有罪か無罪かの判決が求められ、その結果に応じてドラマは進められていく。

つまり観客の多数決次第で、無罪バージョンか有罪バージョンに分岐するので、これもまた生の演劇ならではの面白さ。そのときそのときの観客の嗜好によって結末も変わるのだから、リピートしたくなる方がいらっしゃるかもしれない。

いずれにしても、最新メディアを果敢に採り入れながらの斬新かつ挑戦的な実験性は、やはり演劇ならではの賜物であり(それに比べると映像メディアは意外に保守的なのかもしれない)、今後の可能性や発展性など未来への期待までも大いに味わわせていただいた。

【公演概要】
日程・場所:6月27日〜7月1日 中目黒ウッディシアター
出演:吉倉あおい 岡本至恩
山口景子 小築舞衣 サトウヒカル
堤匡孝 他
脚本:竹田哲士(電動夏子安置システム)
演出:西条みつとし(TAIYO MAGIC FILM)
美術:江連亜花里
照明:赤田智宏(ALOP)
音響:星野大輔(サウンドウィーズ)
舞台監督:川田康二
企画:サトウヒカル
キャスティング:松永一樹(アカツキエージェンシー)
プロデューサー:玉井雄大(テラスサイド)
VRシステム協力:KDDI
VR映像制作:Supership
制作協力・宣伝:style office
協力:アグア
主催:テラスサイド
取材・文:増當竜也