朗読で描く日本の古典シリーズ 朗読劇「源氏物語〜奥ゆかしき恋の果て〜」叶わぬ恋を一途に追い求め、心惑う男女の情愛。

「源氏物語」は平安時代中期に書かれた長編小説。日本のみならず世界中で翻訳されている、有名すぎる作品だ。原作者である紫式部にとっては唯一の物語作品である。主人公は光源氏、彼を通じて平安社会の貴族同士の権力争いや恋愛、政治的な野望、栄光と没落などを描いている。そして漫画化、映画化、演劇化、ラジオドラマ化、数え切れないくらいにメディアミックスされている。朗読劇は白石加代子によるシリーズ、また平野啓子による語りなどが知られているところ。そして今回の”朗読で描く日本の古典シリーズ 朗読劇「源氏物語〜奥ゆかしき恋の果て〜」”、多数の声優陣がこの不朽の名作に挑戦する。

開幕前はスクリーンに映し出されている手漉きの和紙のような印象の映像、そこに源氏香を表した図が浮かび上がり、そこに水紋、雫の音、趣のある雰囲気を創り出す。そして時間になり、映像が変わる。桜の花びらが舞う。最初に登場するのは女性声優、24日夜の回は大久保瑠美、淡い色の平安時代の宮中にいる女性をイメージした服装、そして語り始める。この物語の作者である紫式部、”恋とはそこにおらぬ人を想う気持ちのこと”と言う。そこにいないからこそ、のもどかしさ、切なさ、それは古今東西変わらない、人間としての自然な感情。そして客席通路から男性声優が登場し舞台に上がる。24日夜の回は光源氏を中島ヨシキ、頭中将は神尾晋一郎、そして大久保瑠美はこの物語に登場する全ての女性を演じる。

「源氏物語」は実に長い。辞典に論文、ハンドブックに入門書、多くの書籍が出版されており、この物語全てを一度に朗読劇にするのはほぼ不可能に近い。54帖あり、そのうち、光源氏が登場するのは1〜40まで。今回の朗読劇は、時系列順に有名なエピソードをつなぎ合わせてオムニバスのような構成にしている。音楽、映像を使うのだが、過剰にならずに作品の世界観をわかりやすく見せる。

光源氏の誕生にまつわるエピソード、1帖の「桐壺」、帝の寵愛を受けたばかりにいじめにあい、ついに落命する悲しさ『限りとて別るる道の悲しきに いかまほしきは命なりけり』と・・・・・・そして帝は失った桐壺の更衣によく似た先帝の四女である藤壺に情がうつる。一方、美しく成長した若君を世間は『光る君』と呼んだが、彼こそが主人公の光源氏、12歳になり、元服して妻に左大臣の娘である葵の上を妻に迎える。しかし、葵の上は4歳年上、なかなかうまくいかず、光源氏は藤壺に対して恋い焦がれるようになり・・・・・・。

時代や身分、周囲の状況により、自由に恋愛できない男と女、そのもどかしさや苦しさ、光源氏はその容姿の美しさや教養など、持てるものは全て持っている、いわゆる『イケメン』であり、「超プレイボーイ」と言われる。確かに多くの女性との遍歴を見るとそう言いたくなるような華麗さ。しかし「プレイボーイ」と言う言葉から連想されるようなものではない。一人一人の女性に真剣に向き合った結果なのだ、ということがこのオムニバスからあぶり出されていく。光源氏は出会った女性たちの容姿よりも、その内面の美しさと奥ゆかしさに惹かれており、真剣に愛する。しかし、彼の出生にまつわる出来事が常に影を落とす。『光る君』と呼ばれても、だ。自分の立場、宮中での人間関係、現代ではなかなか想像がつきにくいが、ある意味、彼にとっては「ストレス」以外の何物でもない。光源氏が17歳、宮中に宿直する源氏のもとに若い公達が集っての「雨夜の品定め」では頭中将は「非の打ち所などない女など、なかなかいないものだ」と言い、さらに上流、中流、下流はどういう人々なのかを語り出す。光源氏は「何に基づいての上中下、三つの階級に分けるのですか」など言っている矢先、左馬頭と藤式部丞がやってきて頭中将が論争を仕掛けるのだが、ここが抱腹絶倒、頭中将役が左馬頭を演じるが、もう超絶早口で!客席からは笑いが頻繁に起こる場面だ。

また六条御息所のシーンは『ホラー』な味付け。嫉妬心から生霊になるのだが、映像もろうそくが・・・・しかもかなり怖い。こういった演出で飽きさせない工夫、そして台本の構成もシンプルにしてわかりやすい。光源氏の人生、結果としての女性遍歴と捉えることができる。ラスト近くは藤壺への言葉、「ただ、あなたにお逢いしたいと、その姿だけを求めておりました」、『それだけ』であるが、されど『それだけ』、大きな深い情愛を感じることができる。藤の花のイラストの映像、笛の音、「人生で大それた望みは持ちませんが」と言う。「源氏物語」イコール光源氏の女性遍歴ではなく、彼の心と人生の物語。時折、お香の香りの心地よさ、そして声優陣の安定した声の演技、多少の手振りはあるが、いわゆる”芝居”ほぼないに等しく、声のみで「源氏物語」を紡いでいく。人が人を想う、恋い焦がれる、その恋が、想いが成就しない哀しさ。人間の感情はいつの世も変わらない。

中島ヨシキは光源氏役、歩き方など、平安時代をイメージし、語り口調も物静かさに漂う気品と内なる情熱を感じさせる。頭中将は神尾晋一郎、この役の他に幾つかの役を演じるのだが、先にも書いたように左馬頭のセリフを一気に間違えずに怒涛のようにしゃべるところは大笑いが起こった。また女性役は紫式部の他に「源氏物語」に登場する女性を多数演じなくてはならないが、大久保瑠美が健闘。

また朗読劇は位置をほぼ固定するところを物語に登場する人物の関係性を示すために立ち位置の移動を行う。またすれ違う際には振り返り、ほんのいっとき立ち止まったりすることによってもキャラクターの感情を見せる。観客は声優ファンが多く、朗読劇に触れる回数が少ないであろうことは容易に想像できる。視覚的にも見せる工夫、そして客席通路を作品イメージにあった衣装をきた女性がお香の香りを振りまく時は、扇子をゆっくりとあおいで、香りを届ける。こういったキメの細かい演出も作品にふさわしい。

【公演概要】
2019年8月20日〜8月25日 TOKYO FM HALL
原作:紫式部
上演台本・演出:土城温美
公式サイト:https://genji.rodokugeki.jp
撮影:阿部章仁
文:Hiromi Koh