「改竄・熱海殺人事件」ザ・ロンゲストスプリング 人は幸せになるために生まれてきた、取調室で愛と憎しみが凝縮し、大きな光を放つ。

「改竄・熱海殺人事件」ザ・ロンゲストスプリングが始まった。すでにモンテカルロ・イリュージョンは始まっているが、両方が同じタイミングで観れることはなかなかない。言わずとしれたつかこうへいの傑作だ。
大音量で始まる、曲はチャイコフスキーの「白鳥の湖」だが、現代的なアレンジが施されている。幕があくとそこに木村伝兵衛が電話でなにやら話している。タキシード姿、手には何か紙を持っている。

そこへカバンを持った熊田留吉がやってくる。新任の刑事だ。富山県警きっての切れ者と評判だが、残してきた女が気になる。木村伝兵衛、見るからに傲慢で不遜な香りを放つ。喋り方、立ち振る舞い、堂々としているのを通り越している。椅子にふんぞり返って熊田に名乗る下リは、つかこうへいの「熱海殺人事件」を観たことがあれば、大きく頷ける瞬間に違いない。「あんたのお母さんは富山の女郎」と臆面もなく熊田に言い放つ。口惜しい表情を浮かべる熊田、してやったりという雰囲気の熊田。そこへ婦人警官の水野朋子がやってくる。「私の女」という木村。そして「俺の女でありながら嫁いでいく」という。水野はこの事件を最後に故郷の静岡へ帰り、嫁ぐ予定だ。犯人・大山金太郎のことが書いてある書類。わざと落として「拾ってください」と言い放つ。ここは名物シーンで、今回のモンテカルロ・イリュージョンにも同じシーンがあるが、名場面がしっかりと受け継がれている、と確信できる瞬間だ。同郷の山口アイ子を殺害し、熱海のパチンコ屋で逮捕された。書類を読む熊田、「お前になにがわかる!」と木村。

3人揃ったところでオープニング、そして最後に登場するのは大山金太郎。ここで4人が揃う。物語が動き出す。

熊田の独白、恵まれなかった環境、これを一気にしゃべる。つかこうへいの舞台は、とにかく”セリフの洪水”と言っても過言ではない。次から次へといろんな言葉が、いろんな設定が、バックボーンが出てくる、出てくる。現代だったらはばかられる言葉もある、しかしつかこうへいにはタブーはない。「女の腐った」などまず、今の基準に照らし合わせると”それは・・・・・”という言葉遣いが随所に出てくる。初見の観客はびっくりするかもしれないが、きっと次第にこの”セリフの洪水”に魅了されていくであろう。木村はどんどんでっち上げようとする。客席からは笑いも起こる。死刑台に送ってくれという大山。木村は「お前はただの容疑者」と言い放つ。「人間は人間を幸せにできるのか」と大山。心に刺さるセリフが次々に出てくる、出てくる。「俺自身が幸せになりたかった」という。

圧巻は劇中に出てくる大山金太郎と山口アイ子の回想シーン。大山と山口の関係性、「五島に帰ろう」と大山は山口アイ子にいう。二人の顛末、この場面から急に『どーん!!!』と変わる。再び「白鳥の湖」、「チャイコフスキーだ!」と叫び、「俺より前に出るんじゃねー」と叫ぶ木村、「人は幸せになるために生まれてきたのです」と大山が!水野は「本当は部長が好きなんです」と言い、木村は「いつでも呼びつけて抱きますから」という。

男と女、人と人、運命なのか性なのか、そうせざるを得ない気持ち、心をさらけ出すのか鎧をまとうのか、揺れ動く、それが人間。哀しみも何もかもが愛おしい、という気持ちになる。俳優陣の渾身の演技、狂気を孕む取調室、そこに”人間”がいる、人生が、”生きる”ということが濃密に描かれている。ラストの木村の立ち姿、手にしたタバコから煙が上がる。何もかもを一身に背負っているかのような眼差し。つかこうへいの「熱海殺人事件」はこれからも脈々と受け継がれていくのだろう、そう思える舞台であった。終演後、リピーターチケットを購入する観客も少なくなかった。観るたびに新しい発見が得られる作品だ。

【「改竄・熱海殺人事件」公演概要】
日程・場所:
<東京公演>
2020年3月12日(木)〜30日(月) 紀伊國屋ホール
<大阪公演>
2020年4月4日(土)・5 日(日) COOL JAPAN PARK OSAKA TT ホール
※ザ・ロンゲストスプリング
<福岡公演 —FM 福岡開局50周年— >
2020年4月11日(土)・12日(日) イムズホール
※モンテカルロ・イリュージョン
作:つかこうへい
演出:中屋敷法仁
出演
<ザ・ロンゲストスプリング>
木村伝兵衛 部長刑事:荒井敦史
水野朋子 夫人警官:馬場ふみか
熊田留吉 刑事:佐伯大地
容疑者 大山金太郎:玉城裕規
<モンテカルロ・イリュージョン>
木村伝兵衛 部長刑事:多和田任益
水野朋子 婦人警官:兒玉遥
速水健作 刑事:菊池修司
容疑者 大山金太郎:鳥越裕貴

[スタッフ]
音響:山本能久 照明:松本大介 衣裳:西本朋子 演出助手:入倉麻美 舞台監督:川除 学 宣伝美術:山下浩介 宣伝写真:神ノ川智早 宣伝衣裳:西本朋子 宣伝ヘアメイク:門永あかね 宣伝:ファイズマンクリエイティブ WEB 製作:メテオデザイン
制作:ゴーチ・ブラザーズ
提携(東京のみ):紀伊國屋書店
制作協力:つかこうへい事務所/アール・ユー・ピー