香料SPICE『新丛林 ニュー・ジャングル』、Pass word is everything、映像とパフォーマンスの融合、哲学的で現代の倫理観を問いかける。

F/T17のアジアシリーズでの特集など、中国のユースカルチャーやミレニアル世代に注目してきたF/Tが今回取り上げるのは、杭州を拠点に活動する「香料SPICE」。現代アートの領域でも活躍をしている中国人アーティスト、チェンチェンチェンとアメリカ人ミュージシャンのイーライ・レヴィによるサイケデリック・エレクトロニックグループ。 実験的なエレクトロニックとポップミュージック、東洋的感性と西洋文化がミックスされたユニークでミステリアスなサウンド、そして、哲学的な歌詞は彼らの最大の魅力。本作は香料SPICEが制作中のSF漫画「ニュー・ジャングル」を自ら舞台化するもので、今公演が世界初演。

開演前、スクリーンに映像、抽象的なデザイン、それがくるくると回っている。座席にはガスマスクのようなお面が置いてある。これは3Dメガネをお面のような形状にしたもの。そして音楽、いわゆる電子音楽、エレクトロニックなサウンド、ノイズ的にも聞こえる。女性が登場し「welcome to new the jungle」という。オープニング、ここで3Dのお面をかぶるよう、スクリーンに指示が出る。皆、一斉にかぶるのだが、これがガスマスクのようなデザインなので、観客からはわからないが、客席に座っている観客が全員マスクを着用、ビジュアル的には不気味であることは容易に想像がつく。音楽、そして映像、万華鏡のごとくに変化、それが3D、タイトルロールが浮かび上がる。英語で「パスワードがないと生きていけない」という文字が英語、日本語、中国語で浮かぶ。確かになんでもパスワード、ちょっと考えさせられるフレーズだ。

「Password is everything」という。21世紀に入って人類はパスワードに支配されているのかもしれない。パスワードを忘れてしまったらログインできない、そんな場面に遭遇することは日常的。チェンチェンチェンが観客に向かって「こんばんは」と話しかける。こういったところは来日公演ならでは。現代社会は価値観の変化が激しく、ドラスティックに変わってしまうことすら、ある。そんな現代をシニカルに捉え、映像で絶え間なく見せていく。なぜ、パスワードが必要なのかを問いかける。確かにパスワードに支配され、振り回されている感もある昨今、あれもこれも全てがパスワード、そしていう「パスワードなんていらない!」と。

終始、無国籍な電子音楽、そして時折ヴォーカル、3Dのお面はずっとつけていることはなく、合図がしたらかぶる。そうすると3Dの映像が見られるのだが、これを見ていると不思議な感じになっていく。この抽象的な映像、様々な事象を捉えているように感じる。まさに「jungle」、そしていくつかの章に分かれており、それが様々な『形』を見せていく。いかようにも解釈は可能である。これは素晴らしい最先端の未来を見せているわけではない。むしろ混沌とした様相を映像は見せている。あたかもメビウスの輪のごとくに無限な広がり、現代はこのままでいいのか?という疑問。テクノロジーは人類に幸福をもたらしているのだろうか?「Password is everything」の言葉、そんな社会に息苦しさを覚えていないだろうか?技術の発達は倫理観に影響を与えていることは想像に難くない。科学が発達すれば皆、幸福になるのかといった命題、人類のほとんどはきっとそうは思っていないであろう。

映像と生身の人間のパフォーマンスとの融合、jungleという言葉に象徴されるように、映像がスクリーンから溢れている。このパフォーマンスと映像が示すことは人々に哲学的な問いかけをしている。答えはでない。そして未来も具体的なものは見えにくくなっている。人類の幸福、人間として生きること、そんな根源的なことを考えるきっかけになるような作品だ。

【公演概要】
香料SPICE『新丛林 ニュー・ジャングル』
日程・場所:2019年10月18日〜20日 池袋シアターウエスト
公式hp:https://www.festival-tokyo.jp/19/program/spice.html
文:Hiromi Koh