加藤健一事務所vol.108『プレッシャー~ノルマンディーの空~』ノルマンディー上陸作戦、天気は晴れ?嵐?運命の分かれ道、さあ、どっちだ。

加藤健一事務所vol.108『プレッシャー~ノルマンディーの空~』が好評上演中だ。コロナ禍により、今年最初で最後の加藤健一事務所の公演となっている。

内容は有名なノルマンディー上陸作戦の物語、映画「史上最大の作戦」(The Longest Day)、といえば往年の映画ファンならわかるであろう。ジョン・ウエイン、ロバート・ミッチャム、ヘンリー・フォンダなど有名スターが多数出演している。そして今回の『プレッシャー~ノルマンディーの空~』の主人公である英空軍気象部スタッグ大佐はこの映画ではほんの脇役にすぎないが、このスタッグ大佐をフューチャーした物語である。

お天気、現代なら気象予報はAI、大量のデータ、ハイパフォーマンスコンピューター (HPC)で今までできなかったことがかなりの精度でできるようになった。しかし第二次世界大戦の時代にそのようなものは当然、ない。実は天気の予測と戦争は大いに関係している。第一次世界大戦前の1897年に無線電信が実用化され、1905年から1910年頃にかけて洋上の船舶が観測した気象資料も天気図の作成に使うことができるようになった。そして1914年、飛行機と飛行船の実用は高層気象の研究に拍車をかけた。そして第二次世界大戦、電子工学と航空機の目覚ましい発達、そんなことを念頭におくと物語が俄然面白くなってくる。そして世紀の決戦、ノルマンディー上陸作戦に際して当時、考えられる最高の技術と予報技術者を”投入”、それがスタッグ博士(加藤健一)であり、クリック大佐(山崎銀之丞)、二人とも世界で最高水準の予報技術者だ。

ストーリーはイギリス人・気象学者のスタッグ博士が招かれたところから始まる。この戦争には何としても勝利せねばならない。大佐の肩書きだが「飛行機に触ったこともない」とスタッグは言う。舞台中央に天気図、1944年6月2日。アイゼンハワー大将[注1](原康義)が入ってくる。スタッグは最初、入ってきた人物がアイゼンハワーとはわからなかった。「写真の方が髪がふさふさしています」と言う、悪気はなかった発言に客席からはくすくす笑いが起こる。「君が新たなルールブックだ」とアイゼンハワーはスタッグに言う。これはかなりの”プレッシャー”だ。何しろ万単位の人命がかかっており、この戦争に勝利するかどうかも、この作戦にかかっている。そこへ、もう一人の気象予報士、アメリカ人のクリック大佐(山崎銀之丞)がやってくる。クリックの予報の的中率はかなりの高水準、それなりのプライドもある。一方のスタッグも膨大なデータを分析する能力に長けている。そして同じ天気図を見て予想は真っ向から対立、スタッグは「大荒れ」、クリックは「晴れる」。プライドと持っている知識のぶつかり合いは必然、だが、目的は同じ。この壮大な作戦を成功に導きたい。丁々発止のやり取り、周囲の者たち、アイゼンハワーはもちろん、サマスビー中尉(加藤忍)、スパーツ大将(林次樹)マロリー大将(深見大輔)、ラムゼイ大将(新井康弘)ら、皆が”作戦成功”のプレッシャーに押しつぶされそうだ。

この時代、通信手段は電話、ベルが鳴り、データが集まる。天気図に加筆する。舞台は時間軸で進行する。こんなおりにスタッグは身重の妻を残してきた。机に写真、子供が無事に生まれるかどうか、これも気がかり。と言うのは第一子誕生の際、妻の血圧(プレッシャー)が問題になっていたからだ。それでも無情に時間がすぎていく。そしていよいよ決断の時がやってきた…と言うのが大体の流れ。
「史上最大の作戦」などノルマンディー上陸作戦にまつわる話を知っていれば、どうなったかはわかっているのだが、このやり取り、データを集めて天気図に反映させる作業などを見ているとかなりのドキドキ感。しかし、緊迫した場面ばかりではない。連合軍、アメリカとイギリス、このお国柄の違い、最初の方でアイゼンハワーはフットボール(アメフト)とラグビーの話をする。ラグビーはイギリス発祥、フットボールはアメリカ、一般人から見ると似ているが、実は得点の取得方法や試合人数、パスの方など全く違う。またスタッグが地域の天候の特徴を語る下りも面白く興味深い。「カンカンに照ってたかと思ったら夕方には嵐になる・・・・・」と言う趣旨の発言をしている。変わりやすいイギリス海峡の気候を語るが、データ重視のクリックはそれでも「晴れ」を主張する。また電話工事にやってくる電気工(新井康弘)が登場してからハケるまで終始しゃべりっぱなし!独特の雰囲気も相まってここも客席からくすくすと笑いが起こる場面だ。舞台転換の合間にかかる音楽が1940年代のジャージーな楽曲、アイゼンハワーがサングラスをかければ「アル・カポネかと思った」とスタッグが言ったりアイゼンハワーは「ナチスの野郎を震え上がらせる」と言ったりする下りは時代の空気を感じる。

そして電話でデータが集まり、必死でメモをとる、机のペン立てにはたくさんの鉛筆、2幕の冒頭ではプレッシャーに耐えきれなくなったスタッグが荷物をまとめて出ようとしたらサマスビー中尉(加藤忍)に説得される。そして運命の決断の瞬間、アイゼンハワーは意を決して言う瞬間はドキドキ。
文化や考え方の相違、それぞれが持っているプライド、人間関係、アイゼンハワーとサマスビー、スタッグと周囲の人々、一つの部屋で起こる出来事、気象、自然の摂理、戦争、意地とプライド。どんなに科学が進歩しようと自然の予測は100%可能にはならない。所詮、人間の手に及ばないのだ。そもそも「作戦成功の条件が揃う3日後、つまり作戦決行予定日の天気を予測してくれ」という要求ははっきり言って”無茶ぶり”。その無茶ぶりに果敢に挑んだスタッグ、クリックたち。これだけテクノロジーが進んでも完璧100%的中は難しい。天気は言うに及ばず、昨今のコロナ禍もしかり、次々と様々なことが明らかになっているが、撲滅どころか気温が下がって感染者数が増えてきている。物語の結果は先刻承知であるが、我々を取り巻く状況は先が見えない。今日的な物語、上演時間は2時間50分(15分休憩込)だが、俳優陣の達者な演技で長さを感じさせない。下北沢・本多劇場にて23日まで。来月は京都、兵庫公演が予定されている。

[注1]アイゼンハワー大佐、のちのアイゼンハワー大統領である。時の大統領であるフランクリン・ルーズベルトは「国威発揚をもたらし、高い調整能力を持つ」と評価、1944年3月にアイゼンハワーを大将に任命、中佐になってからわずか4年でのスピード昇進。

<物語>
1944年、史上最大の作戦といわれた“ノルマンディー上陸作戦”の決行予定3日前。 イングランドの連合国遠征本部に、この作戦を成功に導く大事な要因として、天才と呼ばれるイギリス人・気象学者のスタッグ博士 (加藤健一)が招かれた。 作戦の最高責任者であるドワイト・D・アイゼンハワー大将(原康義)の要求は“決行予定日の天気の予測”のただひとつ。予定日の天候が晴れでなければ、この作戦は失敗に終わるのだ。 しかしスタッグ博士の予測は、まさかの大荒れ。だが、アメリカ人・気象予報士で、過去のデータを元に脅威の的中率を誇るクリック 大佐(山崎銀之丞)は、決行日は晴れると主張する。
真っ向から割れる二人の意見。皮肉にも、穏やかな太陽の光が スタッグ博士を嘲笑うかのように照らす…。 嵐のなか決行すれば多くの犠牲者を出し失敗に終わる、作戦を中止させれば長年の準備が水の泡、そしてもし、予測がはずれて 晴れたら…。

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<公演概要>
加藤健一事務所vol.108『プレッシャー~ノルマンディーの空~』
日程・場所:2020年11月11日〜23日 下北沢・本多劇場
地方公演:京都公演 12/5(土)、兵庫公演 12/6(日)
※ホームページに日程詳細を掲載。
作:デイヴィッド・ヘイグ
訳:小田島恒志 小田島則子
演出:鵜山 仁
出演:
加藤健一、山崎銀之丞、原康義(文学座)、加藤 忍、西尾友樹(劇団チョコレートケーキ)、 加藤義宗、鈴木幸二 ・ 新井康弘、林次樹(Pカンパニー)、深貝大輔
チケット(全席指定、税込):
前売 5,500 円、当日 6,050 円、高校生以下 2,750 円(学生証提示、当日のみ)
公式HP:http://katoken.la.coocan.jp/
舞台写真提供:加藤健一事務所
文:高 浩美