ワタナベエンターテインメント 代表取締役 渡辺ミキ インタビュー 「演劇を通していろんなものを、いろんなことを、造り手とのシェアはもちろん、お客様へも伝えること。これが私の課題だと考えています」

ワタナベエンターテインメント、言わずと知れたエンターテインメント業界のリーディング・カンパニーである。演劇に関しては、ここ近年はチャレンジ精神に満ちた公演を行っている。ずっとシリーズで上演し続けている末満健一のTRUMPシリーズや、昨年は末満健一の戯曲『Equal‐イコール‐』をVR演劇にして上演(シーエイティプロデュース共催)し、その斬新さが話題になった他、今年に入ってコミック原作の『ゆびさきと恋々』をミュージカル化。手話を使い、また主人公の心情を歌い上げる優しく心温まる空気感に観客席は幸福感に包まれた。この秋には『物理学者たち』という挑戦的な作品を上演する。このワタナベエンターテインメントの代表取締役である渡辺ミキさんへのインタビューが実現した。

――末満健一さんの作品を数多く上演なさっていますが、末満健一さんという劇作家について、どのようにお考えでしょうか。

渡辺:戯曲、文学の創作は時代を写すものですが、末満さんの作品の特徴のひとつは、現代を舞台にしていなくとも、現代社会が抱える問題や若者の時代の気分を強く反映させた脚本であるということです。
これは何なのかというと、風俗や共有の問題点を表層で扱うことはせず、今を生きる人たちが根底に疑問に思っている哲学であったり、失われてしまったかもしれないある種の宗教観であったり…そういうものを描いているからだと思います。
それにストーリー性が非常に高いです。今、インターネットで情報を得ることは欠かせないものですが、一方その情報への依存が原因で、デマなどに押し流されてしまうリスクも内在します。無意識のうちに、大衆が一つの道へと向かってしまうことがあるように。末満はそんな現代の心の有り様を描くことのできる、稀有な作家ではないかと考えています。
また、末満の作品は、ゲームやアニメ、コミックなどを楽しむ人との親和性も非常に高いのですが、それは「作品が持つ設定、時代背景を持ち、時にはそれを大胆に変えることもありながら、現代に生きる人の習性、共感できる部分を貫き、物語化していくことのできる能力」を持っているからなのだと感じます。
はじめて一緒に『TRUMP』(2013年・Dステ)を上演したあと、「古事記」を題材に、家族愛や若者の目指す夢をテーマに、新作を創れないかと依頼して生まれたのが『夕陽伝』(2015年)でした。試行錯誤で作った末に、岡村俊一さん演出のDステ版と末満さん自ら演出した劇団Patch版(Patch stage vol.7『幽悲伝』)を上演し、成功しました。末満さんの日本史物の代表作のひとつともいえる『刀剣乱舞』の舞台はその翌年にはじまります。

2013年『TRUMP』より。

[shared TRUMPシリーズ 音楽朗読劇「黒世界 ~リリーの永遠記憶探訪記、或いは、終わりなき繭期にまつわる寥々たる考察について~」]

「日和の章」
「雨下の章」

――昨年、ヴァーチャル・リアリティ(以下VR)の『Equal‐イコール‐』でも、キャストとキャラクターをスイッチングするなど、意欲的な手法を取っているなと感じました。

渡辺:『Equal‐イコール‐』ですが、もともとは末満さんが大阪で活動するユニットに書き下ろした作品でした。それを2015年に私のプロデュースで、末満演出で上演いたしました。
この作品には、ストーリーを面白く追っているといつの間にか物語の枠外に逸脱している……という面があります。観客自体が巻き込まれていくという、演劇体験へといざなってくれる脚本になっている。このような構造を作れるという点でも、末満さんは見事な策士です。
昨年、緊急事態宣言が出て、演劇がすべて止まってしまった。そして、うちもですけれど、主催会社にとって、どのように舞台を再開していこうか、もしくは中止せざるを得ないのか、と考え悩む苦難の日々が始まりました。
そこへシーエイティプロデュースの江口さんから、末満さんに朗読劇の新作を書き下ろしてもらえないかとご相談をいただきました。
江口さんの、VRを使い映像のおもしろさを追求する演劇配信のプランを伺い、私は「書き下ろしをするより、もっと最適な作品がある」と、『Equal‐イコール‐』を提案をいたしました。VRを使いたいがための無理やりな演出にならずに、必然性もできて、今までの『Equal‐イコール‐』とは違う働きの戯曲が作り出せるんじゃないかと考えたんです。20年の『Equal』は魅力的な役者さんに何人も集まって頂け、何組もの物語を作ることができ、コロナ禍だから生まれたヒットになりました。

2015年『Equal‐イコール‐』

――VRを作っていらっしゃる会社の方に「VRってなんですか?」聞いたところ、「VRには映っているもの全てに物語がある」ということをおっしゃっていて。そういったところからも『Equal‐イコール‐』の世界観とマッチングしているなと感じました。

渡辺:それは嬉しい感想のお言葉です。コロナで本当に大変な中、コラボレーションが成功しました。

2020年VR演劇『Equal‐イコール‐』

――平時だったら、こういう新しい発想は出なかったと。あとは、今年『ゆびさきと恋々』、手話のミュージカルも上演していましたよね。この作品をチョイスした理由は?

渡辺:6月と9月中旬とに本多劇場を押さえていて。それぞれやろうと思っている企画があったんです。それがコロナ禍になってしまって、2020年の秋に企画していた末満のTRUMPシリーズの新作も含めて、一回リセットしました。今やるべきは何なのか。劇場はどうあるべきなのか、出来るだけの感染症対策の上で上演すべき作品を探り、急遽別の企画を立ち上げることにしたんです。
そこで6月公演には、圧倒的な幸福感をもって劇場から帰っていただくことを目的として、音楽の力と演劇の力を懸け合わせられるミュージカルを。9月公演には、現代に生きる意味を見つめ直せる作品を創りたいと思い、私はこの2つを2021年にワタナベエンターテインメントが劇場から発信する目的に掲げました。綿貫さん率いるオフィスコットーネのプロデュース作品は、観客に人生の解釈を別角度から提示する力があると、かねてから尊敬していたので、2021年にコラボレーションが叶えば意味があるなと思ったんですね。
社内会議で、6月のミュージカル公演の目的について、私の考えを伝えたところ『ゆびさきと恋々』をマネジメントチームのひとりが提案してくれたんです。
原作を読んでみたところ、はじめはこの純粋なラブストーリーを、約2時間のミュージカルとして落とし込むのは難しいかと思いましたが、この原作のろう者と聴者の大きな個性の違いのある、乗り越えなければいけない者同士の恋愛を描くストーリーでありながら、障がいを特別に描かない視点が素晴らしく、ハッとさせられました。
例えば、50年前なら『グリース』とか、『アメリカン・グラフィティ』が典型的な学園ドラマとして当時の若者には捉えられたと思うんです。そのように、『ゆびさきと恋々』は2020年代の現代そのもの。ろう者を主人公にした作品ってちょっと昔なら、社会性を帯びたものに仕上がりそうと思いがちですけれど、それぞれの個性の違いを認めて、自分がやりたいこと、好きってことを諦めないところが今を表しています。これを現代版『グリース』にできるのでは、と考えました。
友達や親しい人たちともなかなか会うこともできなくなってしまった今、例えば大学のカフェテリアでワイワイやる時間とか、楽しい時間を追体験しつつも、各々の個性を認めるということをどこかで伝えられたらいいのではないかと思って、これをミュージカルにしようと決めたんです。
あと、これだけ「人と会うな」とか「触れ合うな」「話すな」と言われていますけれど、本来は人と触れ合うことってかけがえのないもの。人の心に影響を与えられるという意味では触れ合いって大事なんだと、この作品を通して改めて伝えたいな、と。そんな心の奥に強い影響を与えることのできるのが、演劇の1つの側面でもありますよね。そう思ったときに、「強く触れ合いたい」「会いたい」という私達演劇の作り手や観客の気持ちと、『ゆびさきと恋々』の根底にあるテーマとを重ね合わせた楽曲を作れる、という確信が持てました。それが物語の中盤に全員が手話をまじえて歌う「わたしの手・あなたの手」という楽曲として誕生しました。
あのシーンは原作漫画にはありませんが、語られていることは原作の伝えたい核に息づいているものを、作家の飯島早苗さんや、音楽家の荻野清子さん、演出の田中麻衣子さん、プロデューサーの私がすくい上げ、「この人物はこのように言うのではないか、このような思いを持っているのではないか」と考えて歌詞をつくりました。普遍的なミュージカルナンバーのひとつとして残っていけるような楽曲と、観客を励ませる作品を目指して完成させたのが、A New Musical『ゆびさきと恋々』でした。
嬉しいことに、初演なのに、想像以上のとても良い評価を頂けました。でも何点か追加や変更もしたいところがあったので、今後ブラッシュアップした再演もやってみたいなと前向きに考えています。頑張ります(笑)。

A New Musical『ゆびさきと恋々』

――ぜひ、次回も観させていただきたいです。それでは、読者にメッセージを。

渡辺:こんなにエンターテインメントはなにか、演劇とはなにか、と考えさせられる時代はそうそうないです。大試練でもあり、問い直すチャンスの時期でもあると思います。自分ではまだまだ勉強が足りていないと感じることも常々ですけれども、年齢的には結構なところまで来てしまいました(笑)。このコロナの試練をこの立場と年齢で迎えているということにはたぶん意味があります。年齢によって役割は変わってくるものですから。後輩たちとか、これからの演劇を受け継いでいかれる人たちのためにできることを、自分の今までの経験や概念をもって、このコロナ禍の局面を共に悩み、乗り越えていく事で受け渡していきたい。演劇を通していろんなものを、いろんなことを、造り手とのシェアはもちろん、お客様へも伝えること。これが私の課題だと考えています。

――ありがとうございました。9月の公演も楽しみにしています。
<『物理学者たち』インタビュー記事>

《インタビュー》渡辺ミキ(ワタナベエンターテインメント 代表取締役) × 綿貫凜(オフィスコットーネ 代表 ・プロデューサー)  ワタナベエンターテインメント Diverse Theater『物理学者たち』 出演 草刈民代, 温水洋一 作品

<ワタナベエンターテインメント過去公演・インタビュー記事>

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TRUMPシリーズ10周年記念作『COCOON 月の翳り星ひとつ』幻想的な二つの物語、絡み合い、惹かれあう、心と心が呼応する

鞘師里保が再びリリーを演じる shared TRUMP シリーズ 音楽朗読劇『黑世界』 ~リリーの永遠記憶探訪記、或いは、終わりなき繭期にまつわる寥々たる考察について~ 開幕レポート

《インタビュー》STAGE GATE VRシアター vol.2『Equal-イコール-』(リーディングスタイル) 演出 元吉庸泰

STAGE GATE VRシアター vol.2『Equal-イコール-』(リーディングスタイル) 濃密な会話劇がVRでより幻惑的に、錯綜的に。

A New Musical『ゆびさきと恋々』稽古場取材会レポ

《インタビュー》A New Musical『ゆびさきと恋々』演出・脚本 田中麻衣子

A New Musical『ゆびさきと恋々』手と手で紡ぐ、愛と友情と憧れと。

<2021年秋公演概要>
ワタナベエンターテインメントDiverse Theater『物理学者たち』
■日程・会場:2021年9月19日~26日 本多劇場
■作:フリードリヒ・デュレンマット
■翻訳:山本佳樹
■上演台本・演出:ノゾエ征爾
■キャスト:
草刈民代、温水洋一、入江雅人、中山祐一朗、坪倉由幸(我が家)、吉本菜穂子、瀬戸さおり、川上友里、竹口龍茶、花戸祐介、鈴木真之介、ノゾエ征爾
■プロデューサー:渡辺ミキ・綿貫 凜
■後援:在日スイス大使館 ドイツ連邦共和国大使館
■主催・企画・製作:ワタナベエンターテインメント

■「Diverse Theater」とは?
Diverseとは「多様さ」、ワタナベエンターテインメントが新たに立ち上げた様々なクリエイター、プロデューサーとのコラボレーションにより、演劇の可能性を拡げる実験的な新プロジェクト。

■公式サイト:https://physicists.westage.jp/
■ワタナベ演劇公式ツイッター:@watanabe_engeki
■ワタナベ演劇 スタッフ公式インスタグラム @watanabe_engeki_staff

取材:高 浩美
構成協力:佐藤たかし